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■ 第一章 ■  「異世界へ」

悠仁は休日には自分の所有する山で稽古する事もあった。

何も無い山である。最初はただの「山」だったのを協力者と共に少しずつ開拓していって、小屋を建てて刀を振れるスペースは確保したのである。


小屋は作業場になり、様々な道具が保管されている。

この日は先生から受け取った新品の刀の切れ味を試すべく、試し斬りの準備をしていた。

巻き藁を作り、刀を袋から出して刀礼したその瞬間……


その刀が横向きのまま浮き出してまばゆい光とオーラを放ち、浮かんでいくのではないか!

悠仁はこの様子を信じられないでいた。

だが、この光景は先日の稽古の時でもあった事だ。

そうだ。先生の手から渡された時に電気が走ったようになって気を失ったんだっけな。

あれは夢ではなかったのか……?


しかし、美しい。


神々しい光。


まさに神、とっても過言ではない例え。それほど眩しくも美しかった。

その光が収まった頃には……

目前にあった(はず)の刀が忽然と消えていたのだ!

その代わり、自分の心に叫びかける声があった。

(モンマユウジ! 聞こえますか!)

(あなたに助けて欲しいのです!)

(時間が無いので手短ですが、私を探してください! そしてこの刀を!)

 

(!? 何を言っているんだ? 説明が欲しい!)

(待ってくれ! この刀?私?よくわからない)


だが……その心の声はそこで途絶えでしまった。

聞きたくても聞けない状態になり、悠仁はいったん考えをまとめる事にした。

何を助けて欲しいのか? 時間が無いと言っていたが、どういう意味だろう? 探して欲しい? どうやって探す? そして刀も消えた。 という事は、あの声の人物を探せば刀が戻ってくるのかな?血汗働いて貯めたお金を出して、数年の順番を待ってやっと届いた名刀がこんな風にして消えるなんてな・・そんな夢みたいなことあるのか……?

もしかして今も夢を見ているんだよ。きっと!

悠仁はしょうがないな、とため息をつきつつ、すぐ近くの山小屋に入って、サバイバルナイフをケースに入れて腰に帯刀してこの山の入り口に向かった。


「なんだこれ!」

思わず叫んだ。いや、叫ばずにはいられなかった。

それはいつもの見慣れた光景ではなく、いつもの通り道だった二本の杉の木を挟んだ道の向こう側が「舗装された道」ではなく、民家も見えなくてただの山路であった。その山路はこちらの山から延びる感じではなく、こちらの山が脇道になった感じになっていて、そこから出た舗装されていない山路が延びていたのだ。

悠仁は元の世界ではその先に民家があった事を思い出して、その家を探すつもりで歩き出した。


少し歩いて、悠仁は思考を早めた。

「これはひょっとして現実の世界ではない?」

「だとすると身の危険も考えられる。急いで戻らなければ!」


その危機感は正しかった。

戻ろうとする所をある人型が遮った。

その顔は醜く、とても人間と呼べる代物ではなかった。耳はとがっており、鼻が豚のように平たく丸く突き出ていて、その下には二本の牙が突き出ていたのだ!

その目はこちらを見つめており、いかにも殺気を放っていた。そしてその手には石に紐で縛られたような斧のような物が握られていた。その胴体はでっぷりと小太りしていて、身長は150センチから160センチくらいに思われた。


悠仁は全身の汗が逆流し、冷えていく思いだった。

呼吸が早くなる。(ドックン!ドックン!)

悠仁は右手で腰に帯びていたサバイバルナイフを抜いて手にして、これを見せないように後ろ向きにして構えた。自分が素人の場合、そのサバイバルナイフを前に突き出すが、幸い相手はサバイバルナイフに気付いていない様子だったので、これを見せず、素手の左手のファイティングポーズをとった。この選択はある意味正解と言えた。

初見で相手の得物を把握できていない時は時には不意打ちにもなる。

悠仁はじりじりと距離を取る。

相手の力量もわからず、どんな動きをしてくるのかもわからない。そんな中で、決して慣れているとは言えないサバイバルナイフの扱い。

不利な事が多いので慎重に距離を取っている。

もしかしたら相手の方が警戒を解く事も考えられる、という事に期待して……

だが、案の定その醜悪な生き物は間合いを取るようなことはせず、ただ手にしている石斧らしい武器を振り回して突進してくる。

悠仁にはゆっくり考える暇もなくただひたすらこれに対応するだけだった。

悠仁がこれまで経験して来た間合いの取り、武器術、そして攻撃手段。

悠仁は基本的には刀、杖、そして少々の特殊武器と拳闘が主な攻撃手段だった。

醜悪な生き物が間合いに入り、その最初の攻撃は持ち手による斜めの振り下ろしだった。

これを反転するようにギリギリでかわしていく。

1発、2発。そして醜悪な生き物の動きが大きく流れて手が伸びたところを、悠仁は意を決して右手に隠し持っていたサバイバルナイフを一気に振り下ろした。


(バシュッ!)

悠仁の一撃は醜悪な生き物の手首を的確にとらえ、その手に握っていた石斧のような武器を落とさせた。そしてすかさず脇腹、そして脇を狙ってナイフを突き刺した次に脇差を振るように振り抜いた。そしてそのまま背後に回るようにして距離を取った。

醜悪な生き物は手首、そして脇腹と脇から大量の血を流している。

意外にもその血の色は赤かった。

息絶え絶えな醜悪な生き物。その醜悪な顔が一層醜く、目と口を吊り上げてこちらを強く睨みつけていた。

その殺気に怖気づくことなく、悠仁は気を抜かず対峙していた。

その醜悪な生き物は右の脇と手首をやられているので右手は使えないはずだ。

悠仁はそれでも冷静に距離を取り、機をうかがっている。

すると、醜悪な生き物は腰に持っていた塊のような物をこちらに投げつけて来た。

これが何なのだからわからず避けるのも難しいと思ったので、とっさにサバイバルナイフを立てて前に向けて斜め後ろに行くようにはじいた。

すると突進してきたので、大きく斜め前に避けた。

危なかった。これを真横か後ろに避けていたら捕まっていただろう。

そして醜悪な生き物がこちらを振り向くよりも早く、悠仁は振り返って首をサバイバルナイフで狙い撃ちした。

思い切って突き刺した。

すると、その執念で残っていた力で腕を掴まれて危機を覚えた。

だが、それは数秒程度で終わり、既に事切れていた。

こうして悠仁の人生初の命を懸けた戦いは終わった。


[ステータス]

名前:門間悠仁 種族:ヒューマン レベル:戦士2

武器:サバイバルナイフ

生命力:86 魔力:0

力:15 敏捷:24 耐性:8 知力:37 精神:27 運:7

スキル:流離人1 見切り1 身体捌き1



急に悠仁の網膜を通して脳内にイメージでこのようなステータスウィンドウが浮かび上がってきた。

「これは‼ ゲームでよくあるステータス画面!」

「ということは……俺は現実じゃない世界に来ているのか?」

すると、倒した醜悪な生き物の名前が表示された。

「亜人:オーク 戦士3」

あれはオークだったのか……それもRPGゲームには殆どと言っていいほど出てくる亜人系の生き物。あんなのをサクサク倒すのは骨が折れるぞ・・・今回は一匹だったから良かったが、数匹で群れていたら無傷では済まなかっただろうな……

この現実にぞっとして、気持ちを引き締めるとともに、もっと強くならねば!と決意するのであった。

悠仁は周囲を警戒しながら、倒したオークの死体を観察した。

この男、これまで小動物さえ殺害した事は無い。それに、捌いたとしても魚程度だ。

このような異世界に飛ばされていきなりの生き物の殺害が人型であるオークなのだ。

ゲームとかの話になると、倒した時点で経験値が貰えて死体からお金が出てくるという感じなのだが、この世界はゲーム世界だと考えるには妙にリアル過ぎる。仮にバーチャルリアリティの世界だとしても、この触った感触に、したたり落ちて飛散した血しぶきと血痕、そして慣れない血の臭い。これのどれもがリアルであると言わざるを得なかった。

なかにはこのようなモンスターを倒すと何かの魔石になったり、すぐに灰になったりするというのを聞いた事があるが、この世界で「それ」は無い(のかもしれない)。

このおびただしい血を流して死んでいる死体を解体する気にはなれなかった。

何しろこの世界に飛び込んできたばかりである。それに、タブーなど何もわからない。

ただ生きるのに必死だった。無抵抗でいたら立場は逆転したであろう。

とにかく、情報が少なすぎるのだ。

この世界がどういう世界なのかもわからない。何故この亜人がいるのかもわからない。そしてここで襲われたという事も理解出来ない。恐る恐る屈みこんで、オークが身に付けている物をチェックする。

こうして手の届く距離になってみてやっとわかった事だが、「どぶ」の臭いがする。

その嫌な臭いに顔を背けつつ、吐き気を抑えながら死体をひっくり返したりしてみる。

何か持っていないか?と荷をまさぐってみた。すると、多少のお金?らしきコイン状の物が少々入った小さな袋が出てきたので、これを回収した。その他、めぼしい装備などは身に付けていない様子だったのでこのまま切り上げた。これ以上は厳しい。

元の世界では死んだ人は葬式の時に対面した程度で、触れた事は無い。

そう言う人は死体漁りを躊躇なく出来るものではない。時間をかけて観察したのだ。そうしていくうちに抵抗感が薄まり、死体から物を探す事は出来るようになっていた。ただし、このような「醜い亜人」に限る。そして、悠仁はこの手で殺めた死体を引きずって、道から外れたところに草などをかぶせて隠した。死体がそこにあって、その仲間が集まってきたら厄介な事になる。ひょっとしたらこの世界の人間もいるかもしれない。何にせよ、死体は一つだけなので片付ける事にしたのだ。


それから、装備を充実させるべく、元の飛ばされた山小屋のある位置に戻っていったのだった。

足を踏み入れると、違和感と共にいつもの見慣れた山に入って行った。

そして山小屋に入り……

その中に入っていた以前から所有していたそれほど高額ではない無銘の真剣。これを帯刀する為に、作業ベルトを着けて、道具袋に大工道具をいくらか入れ、これを頒布製のショルダーバッグに入れて次々と装着して行く。それから実際刀を振ってみて、動きに支障が出たりしないかチェックしてみた。

元の世界で稽古を続けた型をある程度やってみた。やはり、専用の帯に袴などじゃないと刀の位置が決まらないのでその点は落ち着かない。既に身に着けているGパンに通したベルトと、作業用のベルトを上手く調整して、刀の鞘が上手く動けるようにしておいた。

この世界で生きるのなら、もっとしっかりした専用の帯など作ったりしてみようか。


暗くなった夜の為にも、手回し式のランタンも携帯し、寝袋にライターやマッチなども含めたサバイバルグッズも揃えてオークが居たところに戻ってみた。

正確にはその場所よりやや数十メートル離れた位置に木の陰になるように身を潜めて辺りを観察した。

案の定、その場所には同じオークが1匹うろうろしていた。

どうやら先ほど倒したオークを探しているのかもしれない。ふと、携帯している時計に目をやった。どうやら先ほどのオークの死体の観察から1時間は経過しているようだ。

ここでこのオークを撃退してしまって良いのだろうか?この時点では結論が出せず、ただじっと身を潜めていた。オークはまだ辺りを見回したりして落ち着かない様子だ。その手には長い棒を持ち、その先端にはやはり石のような尖った物が付けられていた。これは石槍だろう。リーチは向こうの方が長いはずだ。

ここで2連戦という命のやり取りをする気にはなれなかった。一つしか無いこの命。そして元の世界に戻るための手段を考えなくてはいけない。その為にもここで無駄に死ぬわけにはいかない。せっかく手に入れた刀を取り戻したい。だが、その刀を手にしたとたんにこの世界に飛ばされた。という事は、その刀が元に戻れるきっかけになるかもしれない!

わずかではあるが、希望を見出して口元が緩んだ。

そして石槍を持ったオークを更に注視してみる。

(注視?)

すると脳内から網膜を通して目の前のオーク前に半透明のウィンドウが出てきて、オークの詳細が出てきた。


[ステータス]

種族:オーク レベル:戦士3

武器:石槍

生命力:64 魔力:0


見る限り、先ほどの死体になったオークと同じレベルだろう。

しかし、怖い。万が一攻撃を受けてしまってこちらが死ぬことは十分に考えられる。そしてあの悪臭を放つオークの事だ。恐ろしい病原体を持っているかもしれない。そう考えると、下手に飛び出さないのは正解のはずだ。

格好つけて傷を負って死んでしまいました。では洒落にならない。

道場で先生も「実際の命のやり取りでは怖くてスタスタ歩けるわけがないでしょう? しっかり間合いを取る事です」と話していたので、この言葉も生きている。

すると……数百メートル先から二つの人型が見えてきた。

一方はオークで、もう一方はどうやら人間っぽい。この世界に来て初めてまともな人間に会えるのだ。どうやらオークが人間を追いかけているようだ。

ここで放っておくわけにはいかない。折角の人間だ。そして醜悪な生き物に追われている。これを助けず見殺してしまったら目覚めが悪い。

すると、自分の近くにいたオークが向こうからやってくる人間とオークに近づこうとしたので意を決してそっと目前のオークに見つからないように飛び出した。

悠仁はオークの背中からその隙だらけの首を狙って居合いで刀を片手で振り抜く。そしてそのまま膝裏の腱を斬り割く。そして武器を持っている方の後ろ肩を真っ向で斬り、距離を取る。

この技は流派の業であり、本来は座った位置から振り抜いた刀を戻して相手の脛を斬って繋げる業なのだが、この様に相手の柔らかそうな所を狙わせて頂いた。道場では出来る限り相手の柔らかい急所を狙って刀への負担を減らすように教えられている。この目前のオークは反撃できないまま仰向けに倒れる。虫の息だ。

こういう世界に来てしまった以上は、最後まで気を抜かない事だと思う。その教え通り、心の臓を一刺しして息の根を完全に止めた。そして走り寄ってくる人間と後ろのオークを注視する。


[ステータス]

種族:ヒューマン レベル:村人2 戦士1

武器:粗悪なナイフ

生命力:54 魔力:0


[ステータス]

種族:オーク レベル:戦士2

武器:粗悪な鉄の剣

生命力:71 魔力:0


オークが手にしていたのは粗悪とはいえ、鉄の剣だった。石の武器と比べたら遥かに殺傷力が違う。恐らくはヒューマンの方が武器を奪われて逃げているのだろう。

そのヒューマンが何やら叫んでいるようだが、何も「聞こえなかった」。

悠仁は逃げる男と追いかけるオークの間に入った。刀を前方の下向きに傾け、オークを見据える。

(このオーク何も考えずやみくもに突っ込んでくる! ただの脳筋か!)

距離が次第に縮まってくる。残り約30メートル。そして残り20メートル。刻々と近付いてくる。

悠仁は何とか突進を止められないかと考えた。あんな速度で走って急に方向転換は出来ないはず。だが、運動エネルギーは多く、万が一貰ってしまったら大ダメージは避けられない。

残り10メートル。5メートル。相手は待ってくれない。オークは手にしている鉄の剣を急に振り上げた。

この振りかぶり。道場では絶対するな!と教えられている。

何故ならその動作そのものが「テレフォンパンチ」という、相手に「今から攻撃しますよ」と知らせるサインであるからなのである。そしてその動作自体がワンテンポ遅れるものであるし、隙自体も大きい。 

これを逃す悠仁ではなかった。いつの間にか、刀を持った手は「開いただけの左手」によって返されて刃が左を向いていた状態からやや右を向いたのでこのままオークの剣を持つ手首を狙って振り抜いた。

まるで稲妻の瞬間のように。

ここでは手首を丸ごと切り落とさなくてもよい。手首の腱を斬れば何も持てなくなるのだから・・・これによってオークは剣を持てなくなって後方に落下させたが、勢いはそのままついている。悠仁はやや転身させてオークの首の右側を袈裟斬りした。そのまま悠仁は転身のお陰で真っ向からぶつかる事無く、やや反転した体に合わせる形で転身出来たので少ない力ですり抜けるかのように駆け抜けて行った。

オークは勢いがまだ残っており、もつれるようにして倒れて行った。

倒れたものの、完全に息の根を止めたのかはわからなかったので、気を抜かず備えたまま倒れたオークに近づいてみた。手には武器を握っていないので反撃は無いはずだ。反応できる距離になって、また心の臓を刺してとどめを刺す。これによって更に2体のオークを確実に倒したのだ。


その近くで追われていた戦士がこちらを見つめていた。

その顔には恐れがあった。どうやらその戦士は熟練者でもなく経験の浅い戦士だったようだ。スキルでは村人とあったので、ただの村人が剣を握ってオークと戦っていた所を奪われてこの現状だったのだろう。この戦士は掘りの深い欧米人のような顔立ちをしており、金髪碧眼であった。この成りを見るだけでも日本人ではないのは間違いない。


「○▽×*+¥……」


何言っているのか全くわからない。

悠仁はジェスチャーで肩をすくんで何とか対応を試みた。

戦士{この男、言葉が通じないのか?何者だ?}

戦士は怪訝な表情になり、警戒している。

悠仁は横納刀で刀をサッと納め、自分の口と耳を塞ぐ形で相手にジェスチャーを続けてみた。

戦士{この男……口がきけないのか?それにしてもオークをあっという間に2匹も?}


数分の沈黙。

悠仁は倒したオークの後方に落ちていた剣を拾うと、戦士はこちらを一層注視してきた。

「……」

悠仁はこの拾った剣を目前の戦士に差し出す様にかざしてみた。

すると、戦士は頷いた。

(これは置いた方がいいだろう)

悠仁はこの剣をそっと戦士の方に向けて地面に置いた。そして遠さがってみた。

すると、戦士はやや警戒心を解いたように剣の元に近づいてこれを拾った。

戦士は手を軽く上げて一礼した。そしてそのまま立ち去って行った。


あの戦士に色々と尋ねてみたかったのだが、急いでいる様子だったし、言葉も通じない中では難しいだろう。ただ戦闘にならずに済んだのは幸いな話。

それよりも大事なのは今後の事だ。そろそろ日も暮れる。食事の準備もしないといけないし、持ってきている食事はそんなに無い。食料を確保しないと行けないのは目に見えている。

死体になり果てたオークの死体から使えそうなものをまた回収しておく。

やはりオークなので何も大したものは持っていなかった。最初のと同じく、コインのような物が入った袋が見つかったのでこれもまとめておいた。

このオーク、お金を計算して「お金を使って買い物したりする」知能を備えているという事なのだろうか?それにしてはみずぼらしい装備なので、どこかでさらってきた物かもしれない。あれこれ想像で考えても解決はしないので、自分の装備を再度チェックした。

自分の山に戻るとそこには小川があるので、そこで血脂がついた刀を洗い、刀油を塗っておいた。

すると、中型犬くらいはありそうな動物が一匹死体の臭いを嗅ぎつけてやってきたようだ。

どうやら犬っぽい気がするが、妙に目つきが悪い。禍々しいものを感じる。だが、こちらに気付く気配はない。

大抵の野生動物は警戒心が高く、嗅覚も聴覚も人間を遥かに上回る感度を持つ。だが、その死体まで30メートルくらいしか離れていない状況で気付いていないとは思えない。

刀の鯉口を握り、じりじりと近付こうとする。だが気付かないので、あえて気付かせるつもりでゆっくり立ち上がってみた……が、やはり気付かないのだ。

犬のような生き物はこちらを正面にいつでも見られるはずなのに、見えていないかのように死体を漁ろうとしているのだ。

悠仁は更に近付いてみた。


[ステータス]

種族:ダークハウンド レベル:4

武器:無し

生命力:58 魔力:20


(ダークハウンド……?)


すると、犬のような動物であるダークハウンドは不意を突かれたように大きく後方に飛びのいだ。

自分の立ち位置を少し確認すると、元の世界ではそこから先が「舗装道路になっていた所」だ。恐らくはその境目からこちら側は気付かれなくてこちら側からは見えている状態なのだろうか。結界みたいなものだろう。

となると、即座に行くしかない。悠仁はダークハウンドの方に向かって駆けていった。

我に返ったのか、ダークハウンドは目を鋭くしてこちらに飛びかかる。

ギリギリまで引きつけて、飛んで無防備になった所を居合抜きで伸ばされた鋭い爪が生えているその黒い前脚を狙い落とす。姿勢を崩したダークハウンドをすかさず斬りつけてとどめを刺す。

すると・・・

そのダークハウンドが死体のまま残らず灰となって何かキラキラ光る紅いものを残していった。

死体が残らず消えた、という非現実なものを見せられた今、これは魔物ではないのか?と思うようになる。灰になって紅い物体を落としたのだ。一見クリスタルのような、血色のような赤いルビーのような宝石であった。

綺麗だなぁと思いつつこの紅い宝石をじっと見つめている。


[ステータス]

名称:紅魔石 レア度:☆3


またもや半透明のウィンドウが出てきてこのアイテムの名前とレア度を知る事が出来た。

(この注視によって得られるスキルは便利だ! このような得体の知れない物さえ鑑定してレア度が表示出来るとは!)


改めて自分のステータスを確認してみる。

(注視!)

[ステータス]

名前:門間悠仁 種族:ヒューマン レベル:戦士3 侍3

武器:無銘刀  サバイバルナイフ

生命力:92 魔力:0

力:18 敏捷:29 耐性:9 知力:39 精神:32 運:17

潜在スキル:流離人2心眼2

スキル:見切り2 身体捌き2 刀操法2


スキルが前回より変化してきている。

特に、「潜在スキル」という項目が出来、心眼が身についた。これは予想では自分や相手、アイテムなどの情報を得られるスキルなのではないか?だとしたら言葉の通じないこの世界では重要な手段になる。そして、侍スキルもレベル3になり、ここに飛ばされて来たばかりの頃より希望は出てきている。


やがて、日も暮れかけて来たので、食事と休息の為にもと最初飛ばされた小屋に戻った。

悠仁は薪を集め、手動式のランタンが照らす淡い明かりと、炭と薪がゆらゆらと小さくて赤黒い明かりを発しながら燃える炉で暖を取りながらスープを作る。

水は砂、小石に布などを使った浄水のやり方を知っていたので、簡易式ではあるけどペットボトルで透明度の高い水を抽出していたのだ。山小屋に1週間分の非常食が保管されていたのは救いだった。だが、1週間を過ぎると本当に何も無くなる。元の世界に戻る手段が見つかっていない以上、ここでも生きられる手段を確保しておかなくてはいけない。

昼間打ち倒した3体のオーク。あれは食べられるのだろうか?

血の色は人間と同じ赤色だった。だが、異臭が酷かったのでそこまでの思考と行動力に行き付かない。一方、ダークハウンドの方はすぐに灰になって死体が残らなかった。

それでは何を食べるべきなのか?

この世界の特産物もわからない状態。せめてこの「心眼」で食べられるものを鑑定出来れば生存率は大幅に上がるはずなんだ。

明日には食べられそうなものを探してみようか。

もしかしたら食べられそうな動物が見つかるかもしれないが、この近接のみだと厳しいかもしれない。何か武器でも作るのもいいかな。

悠仁は鋼線をいくつかカットして、棒手裏剣を数本作り、この棒手裏剣の一本を槍の先端に見立てて簡易な槍を作ってみた。狩り用にと投げ槍にも出来るはずだ。

手裏剣は腰の道具袋に差している。

まるで戦争をしに行くかのような装備になってしまったのだが、昼間だけでも3体のオークと1匹のダークハウンドと戦闘になっている。これを考えればこの結界と思われる区域の外は安全とは言えない。だからこそ必須になるのだが、装備の総重量が重くなり過ぎないよう、そしてすぐに戦闘に移れるよう装備の選定は重要になってくるのだ。

たくさん持ちすぎて動けなくなるようでは話にならない。かといって武器ばかりでは困る事も多くなる。仲間がいれば多少は分担出来るのだが、今たった一人でやらなくてはいけないのだ。

非常食は袋インスタントラーメンであった。飯合に入れて沸かしたお湯に入れて作った屋外のインスタントラーメンは美味しい。

だが、このような場所に放り出されて心細くなっているのも事実。

思いにふけった頃にはあたりが暗くなったので、「結界」という亜人や魔物が入って来れないという現状を祈りつつ、無理矢理にでも早めに寝る事にした・・・・


*******


「……!」

「モンマユウジ! 助けて!」

(……! またあの声だ!)

「私はあなたの居る所から西の方にいます」

(君は・・・誰なんだ?)

「待ってるから……ね……モンマユウジ……」

(なぜ俺の名前を?)

「……」

やがて声がかすれていき、前と同じく声の主は闇の彼方へと吸い込まれて行った……



 何時間ほど眠っていたのであろうか……?

あの夢を見てじっとしていられなかった。

俺って本当、お人好しだな。わかっていても助けに行っちゃうんだよ。

あんなに必死に何度も助けを求められて、これを放置していたら次第に罪悪感でいっぱいになって目覚めが悪くなるのは目に見えている。だから行くんだ。

これって理由になるのか?いいや。どうでもいい。元の世界に戻れるチャンスかもしれない。そう考えると行かなきゃいけない気がする。


薄明るい朝を迎え、歩き出す方向も決まったのだから携帯食も積んで旅に出る事にした。

左手の親指を鍔にかけ、いつでも抜けるようにしてあたりを警戒しながら進む。

この山路はどう見ても何かの通り道だ。こんな山奥に用があるとは思えない。きっとどこかに繋がっているんだろうな。

ここは夢の人物が言っていた通り西に向かってみよう。

代わり映えのしない山の中では他に行き先が思い浮かばないのだ。

悠仁は明日の食糧確保の為にも延々と続く山路をゆく。


どれほど歩いた事だろう。

警戒しつつも、何かが現れる気配はない。

すると、雑木林が途切れてきて平地が見えてきた。

これは民家、もしくは誰かに遭遇できるかもしれないな?


悠仁はふつふつと湧きあがる期待感を抑え、警戒を怠らないよう、足取りを速める。

すると、何やら建物が見えてきたので向かってみる。

建物はレンガと石をブロック調にしたヨーロッパスタイルの小さい家であった。


憧れるな~俺こういう家に住みたいと思っていたんだよな。でも、地震の多い元の世界では耐震性の問題で木造中心になるんだよね。ということは、この一帯は地震が無いという事なのかな? 少なくとも日本じゃなさそうだ。

意を決して民家を尋ねてみようと思った。


悠仁は水筒に入れたお茶を少しずつ口に含み、口腔をスッキリさせて民家のドアをノックしようとした。

ドアがわずかだが押し開かれている。

悠仁は慎重にドアの隙間越しに中を覘いてみた・・・


「……」


そこには人の気配は無かった。そして自分の左右後ろに視線をやる。すると、何か動くものが見えた気がした。

(誰かいるのか?)

悠仁は警戒を解かないまま人影の見えた方向に忍び足で近付いた。

するとそこには、誰かが数人いた。

どうやら一人の女性を三人の男が襲っているようだ。

悠仁は元の世界の日本ではあまり見られない光景を見てしまった。

(助けねば)

悠仁は心眼でその四人を注視してみた。


[ステータス]

種族:ヒューマン レベル:村人1 裁縫1

武器:

生命力:24 魔力:0


[ステータス]

種族:ヒューマン レベル:盗賊26 戦士6 

武器:シミター 盗賊のナイフ

生命力:264 魔力:0


[ステータス]

種族:ヒューマン レベル:盗賊5 蛮族2

武器:斧 盗賊のナイフ

生命力:97 魔力:0


[ステータス]

種族:ヒューマン レベル:盗賊8 戦士4

武器:鉄の剣 盗賊のナイフ

生命力:82 魔力:0


よく見るとレベル2桁がいる! 大丈夫なのか?

下手したら殺されるんじゃないのか?この中に入ったとして、返り討ちは十分考えられるぞ。元の世界でなら警察に通報するか、助けを呼ぶ、逃げるという選択になるのだが、ここでは周囲には誰の助けも求められそうにない。それでは逃げるのか?

確かに、ここで無理に助けて命を粗末にすることは無い。そして自分がこの世界に飛ばされなければ関わる事の無い人たちだ。だが、これを放置する精神を持ち合わせていない。

目前の盗賊たちは下品な顔つきで一人の女性をじりじりと壁際に追いつめている。悠仁との距離は何とか近づけて10メートルほどになった。。


(何か物を向こうに投げて注意をそらす? それとも真ん中のレベルの高い方を先に倒す?)

一人だけレベルがケタ違いの盗賊。こちらが気付かれないか?と不安になったりもしたが、どうやら気持ちが完全にその女性に向いている。3人とも女性に釘づけのようだ。ここで注意を逸らして機を失うには惜しい。即座に3人を倒す事を考えよう。

悠仁は覚悟を決めた。

高レベルの盗賊が武器を後方に置いて、女性の両足を掴んで完全に無防備になったので、ここぞ!とばかり忍び小走りで近付いて、がら空きの後ろ首を抜き打った。そしてそのまま右にいた盗賊に向かう。

右で座って女性を抑えていた盗賊が驚愕し、こちらを見つめた。一体何事だ?といわんばかりの顔で状況を把握出来ていないようだ。それでも懸命に左手を床に着けて起き上がろうとしている。この左手を斬り落とし、バランスを崩して横向きに倒れた盗賊の空いた胴を斬る。

この瞬間で高レベルの盗賊は既に首を斬られて即死、襲っていた女性に乗りかかるように突っ伏せていた。その右の盗賊も胴を斬られて虫の息、残るはあと一人の盗賊。

悠仁は刀を前下段に構え直して見据える。

残った盗賊は鉄の剣を握ってこちらに視線を向けて八相の構えをとった。


「……」

(この盗賊意外と冷静だな。何かあるはずだ……)


悠仁は右足を半歩踏み出した。

その圧力に圧されたのか、盗賊は腰ポーチからナイフを取り出して投げつけて来た。悠仁は刀を立てて小さくはじく。そしてまた何か投げてきたので、すかさず刀を立ててはじこうとするが、次に投げてきたのはジャガイモくらいの大きさの固形物だった。これを斬ってしまい、その中から嫌な粉末が飛んできたので腕で顔をすぐに覆った。

投げつけて来た盗賊はチャンスとばかり、剣を突いてきた。

対峙する悠仁は刀を立てて相手の剣の切っ先を集中して見つめる。

その切っ先から目を逸らさないように真っ直ぐに刀を立てたまま進んだ。そして、切っ先がわずかではあるが、外を向いたので二つの剣がぶつかった時には相手の切っ先は悠仁の体から逸れていた。対する悠仁はその刀を立てたままだったので、「この首筋を斬ってください」と言わんばかりに目の前に盗賊の首筋があった。

このまま首筋を斬るように右手を棟に沿えて押し引いて、距離を取った。


「ビュッ……」

盗賊の首筋から大量の血が飛び散っている。動脈を斬ったのだ。その首を抑え続ければ止血は出来るかもしれない。だが、その止血法を知らないのか、盗賊は憤慨したままだった。

やがて失血して崩れた。

悠仁はその止まらない血を見つめながら、ゆっくりと近付く。そして盗賊の足元に来た時、最後の力を振り絞ってか、盗賊は悠仁の脛を狙って剣を振ってきた。それに対する型を体が覚えていたので、刀を前下に出して身体捌きで踏ん張る。そして相手の力が無くなったので、悠仁は左膝を下につけ、その流れで腕を回転させ、柄を両手で握って斜め前に見えている首に体の向きを一瞬で合わせてそのまま斬りおとした。


「ううっ……」


悠仁は3人を倒した後はだるくなってその場で崩れるように座った。

(あの盗賊・・・毒を投げつけて来たのか・・? それにしても全部倒せたようだな。)

悠仁は「これはまずい……」と感じて、所持していた薬を一通り出して水筒のお茶で飲んだ。

これは単なる気休めに過ぎない。何を投げつけられたのかもわからない。


「……」

「……」 


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