■ 序章 ■
「ヒュンッ‼」
「ザッ‼」
複数の心地よい風を切る音があたりにこだまする。
「ビシュッ‼」
「……」
そして沈黙と共に熱気が静かに鎮静していく。
複数の湯気たつ背中が一同に並び、それが一斉に一面に向かって折れていく。
数秒の沈黙ののち、再びこれが起こされた。
そしてその向こうに座っていた格調の高い一人の人物が立ち上がる。
その動作に一歩遅れるように背中の一同が立ち上がったとき・・
あたりの空気は和らぎ、ねぎらいの言葉が交わされる。
「先生、お疲れ様でした!」
「皆さんお疲れ様でした!」
ここは「居合」という、刀を用いた武術を研鑽し、学ぶ道場であった。
この世代、武器を理由なく帯びた状態で公の場に出てしまったら、それだけでも検挙の対象になってしまう。「銃」、そして「刀剣」。
この日本は人間同士が血と血で争っていた時代は終わり、ひと時の安寧を保っている。
銃は警察官や自衛隊、そして猟師といった、一部の職種に限り所有が認められ、その他の人の所有は認められない。
また、刀剣については「武器としての所有」は認められておらず、美術芸術品として多くの血汗で受け継いできた伝統を残すべく、「美術刀剣」扱いでの所有を証明書付きで許可されている現代である。
そんな時代に練習用で刃がついていないとはいえ、各個様々な気持ちを持ちつつ、刀を振っているのだ。
それは千年以上の歴史をもつ日本の刀という文化を大事にしようとする気持ちの表れなのか、あるいはその日本人の血がそうさせるのか?
一人一人とらえる所は違うであろう。 それでも刀を振らずにはいられない。
「気が付いたら自分は刀を振っているのだ」
そこに理屈はいらないのではないか?と
ある所では、「何故そなたは刀を振りたいのかね?」と質問される機会もあるかもしれない。
これに対して、質問されたこの男は
「わかりません。気が付いたら刀を手にし、握っていました」
と答えるのみであった。
何故ならこの男自身、武術を極めたわけでもないし、道場の門を叩いて入門している身であるし、ここで「答え」を求めるのは酷な事ではないかと思う。
この男の名は門間悠仁。年齢は40代ではあるものの、その年齢を感じさせないいで立ちで、身長170センチと大きくも小さくもない身長であるが、格闘技を嗜んできた甲斐もあり、それもムキムキではなく格闘技の為のすらっとした引き締まった体に筋肉質。
顔は「超」はつかないが、そこそこ良い、といった端正な顔たちをしていた。
目はギラギラしており、眉毛はきりりと整えられて、鼻筋が通ったいわゆる「闘う男」のような雰囲気が良く似合う男であった。日本男児である。
「門間さん、お疲れ様でした」
「先生お疲れ様でした」
「そうそう、門間さん。頼んでいた真剣が届きましたよ」
「ありがとうございます!」
男は身震いした。道場お抱えの日本有数の鍛冶師が打った、鉄をも断つという刀。
これを前にして平然としていられるはずが無かった。
どうしても道場お抱えの鍛冶師が渾身の思いで打った会心の出来の刀が欲しかったのだ。
コツコツ貯めてやっと買えた待望の刀。
刀のバランスはお任せで、その他多少は自分好みに発注してある。
その刀の代金の残金を先生に渡し、刀を先生の手から受け取った瞬間、体中に電気が走った。
(ビリリッ‼)
(うぉぅっ!)
電気が走った瞬間、一瞬気を失った。
いや、時間的には一瞬だったかもしれないが、恐らくは数分程度の時間に感じられたのだろう。
*******
「……モンマユウジ‼」
「聞こえる? モンマユウジ……」
「助けて……」
(なんだ……この声は? 夢を見ているのか?)
(俺は一体……?どうしたんだ?)
悠仁はまだ起きている現状を把握できず、混乱していた。
真っ暗な闇の中の小さな明かり。その中におぼろけな形をした人物がいて、必死で手を伸ばしてきていた。
悠仁はこれに対して(なんの抵抗心も抱かずに)ただただ手を差し伸べるだけであった。
そして、顔は見えないが、必死で伸ばして来ようとする手を思わず掴んだのだ。
すると、想像出来ないほど強い力を感じ、その力に抗えずただ引かれるままに引かれて行って、闇の中の小さな明かりが次第に強い光を放って自分はそこに吸い込まれて行った……
「……」
「大丈夫ですか?」
ポンポンと肩を叩かれて悠仁は「はっ」として我に返った。
そこにはきょとんとした先生が心配そうに呼びかけていた。
「あっ……大丈夫です! 先生ありがとうございます!」
「良かった。興奮したのでしょうか?素晴らしい刀に触れて何かを感じ取ったのでしょう。これは大変喜ばしい事です。願わくば、大事に扱って頂きたいです」
「はい。びっくりしました。言葉にならない何かを感じました。大事にいたします!」
「それでは今日はお疲れ様でした。気を付けてお帰り下さい」
「はい。先生もおやすみなさい」
悠仁は不思議な体験の興奮がまだ冷めない中、今日の稽古の事、先生の言葉などを思い出しながら受け取った刀の入った刀袋を大事に抱えて帰路についたのであった。