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某所にて、ある二人の男たちの会話―――
二人の男が机を挟んで椅子に座っている。机の上には酒瓶と2つの飲みかけのグラス。そして、一本のゲームソフト。
しみじみと男が言う。
「乙女ゲームとは怖いものだな」
もう一人の男が否定する。
「乙女ゲーム全般がそうというわけじゃない。『三月兎は狂ってる~聖痕学園~』は鬼畜系R18乙女ゲームだ。普通の神経をしていれば、怖くなってもおかしくはない」
「普通の神経? この私に言うのか?」
男は喉を鳴らして嗤う。
「ところで何故ヒロインに対するのと他の女に対する態度がここまで違う? ここまでくると二重人格だぞ? ヒロインは気付かないのか?」
ゲームの話に過ぎないというのに、もう一人の男の声には嘲りが含まれる。
「捨てられるまで気付かないんじゃないのか」
男は呆れて、信じられないとばかりに頭を振る。
「そんな馬鹿な」
「攻略対象だって飽きるまでは優しくするだろう。正妻にはできる筈もないからな」
嘲りを含む声は変わらない。
その言葉に男は片方の眉を上げる。
「正妻にできない? ヒロインなのに日影の身か?」
嘲っていたもう一人の男は足を組み、指を組んだ掌でそれを抑える。
「ヒロインの長所であり短所である部分が正妻に相応しくないってことぐらい、奴らも気付いているのさ。だからライバルキャラである婚約者たちが正妻になる。鬼畜な攻略対象の餌食になっている娘たちが。婚約者がいなくても、ヒロインとは結婚したりはしないだけの分別はあるが、鬼畜な攻略対象がまともなのはそこだけだ。ライバルキャラがメイドや親戚ならまだ逃げることもできるが、婚約者には最悪な正妻ルートしかない」
「救済はないのか? 男主人公が彼女たちを助けるゲームがあればやるぞ」
もう一人の男は組んでいた指を解き、机の上のグラスを相手に捧げて同意を表してから口にする。
「救済があれば誰も苦労しない。確かにどう考えてもライバルキャラを助けるゲームのほうが売れそうだな」
男もグラスを手にする。こちらはグラスを回して、中の酒を揺らして香りを楽しむ。
「その通り。むしろ、このゲームの需要がわからない。他者の不幸を眺めながら、その元凶と恋愛するなんて悪趣味すぎる」
「鬼畜たちが自分だけには優しいっていうのがウリとしか思えないな」
一人が鼻で笑い飛ばしてからこう言えば、
「嫌な話だな」
と、クッと喉を鳴らして嗤ってから応える。
グラスを傾けた後、もう一人の男の嘲りは憂いに取って代わる。
「まさかアイツまで攻略対象だとは思わなかった。ナギサは――既に接触していると考えていい。あとはこれ以上、近付かないで欲しいんだが・・・」
男も同様に深刻になる。
「無理な話だ。基本的に暴走するのがナギサだぞ?」
「・・・」
「ナギサの婚約者はやはり・・・?」
「ああ。奴と婚約している。どこまでも忌々しい」
歯軋りすら含んだ返答に、男は両方の眉を上げる。
彼にとって目の前の男が他人の悪口を言っているのを聞くのは初めてだった。
「珍しいな、貴方が他人を悪く言うのは」
「ゲームが既に始まっていると知って機嫌良くしていられるか!」
グラスが机に叩きつけられる。入っていた残り少ない酒は机だけでなく、石造りの床に敷かれた豪華な敷物すら飛んだ。
「ゲームは渚が生まれた時から始まっていたんじゃないのか?」
「そうだな」
「他のライバルキャラはどうするつもりだ?」
「関係ない、と言いたいところだができるだけのことはする」
「そう言ってくれると助かる。私にできるのはこの胸糞悪いゲームをプレイすることぐらいだ」
「それだけでも助かる。私の環境ではそのゲームをプレイできない」
「しかし、ナギサを助けられる」
もう一人の男は頷くがまた憂いに陥る。
その目はここではない遠くの、どこかを見ている。
「そうかもしれないが、・・・助けられないかもしれない」
「幸運を祈る」
「ああ」
憂い顔の男は椅子から立つとその場を後にする。
残された男は手にしているグラスを回し、琥珀色の水面を見つめて物思いにいつまでも耽っていた。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
これにて序章は終了します。
ゲームの悪役令嬢だというのは、渚の妄想ではなかったのです・・・