渚 ~出主通学園の寮の自室1~
あの異世界での生活が夢にすぎないなんて、そんな馬鹿なことって・・・ある?
悪夢だとしてもあんなに酷いものはない。
幸せな夢だとしてもあんなに良いものない。
良いことも悪いこともすべてあった。
好きになった人も嫌いになった人もいたし、ムカつく魔族(ヒト型魔物)を締めに行って呆れて帰ったりそのまま締めたり、魔物集めの旅に出たはずの息子が結婚して(嫁も連れずに)帰って来たり、イロイロあった。
トラブルメーカーな子供たちと孫たち。
楽しかったな・・・。
ああ、あの世界のことばかり考えてちゃ駄目だ。
死霊術師の息子なんか、ハーレム形成のチートを嘆いていたっけ。あの子、生身の相手と付き合えるかな?
気になるけど、ホント気になるけど、ここはあの世界じゃない。
ここは私の世界。
私はここで生まれて、ここで育った。
異世界に行ったのは夢?
それとも本当に行ったの?
外見の年齢が若返ったのはどうして?
何が起きているの?
今日は・・・
今日はいつ?
召喚されてから時間はどれくらい経っているの?
それとも、ただ眠っていただけ?
今何時?
カーテン越しに入ってくる陽の光からは昼だということがわかる。
部屋の中にかかっている壁時計によると、時間は16:08。
「メール! そうだ、メールを見ればわかる!」
見回してみても、寝室はベッドやウォークインクローゼット、化粧台と椅子ぐらいしかない。
「スマホは・・・? スマホがなければ、パソコンを見ればいいじゃない。私、アッタマ良い♪」
頭が悪いから出主通学園に来てるってことは、突っ込まないで。
私はノートパソコンのある隣の居間に移動して、テーブルの上に置いて起動する。
画面の端に表示されている日付は20XX/11/26。
召喚された日付を覚えていないから、これだけじゃわからない。
メールソフトを起動して、実家の執事からの連絡を確認する。
20XX/11/26が最後のメール受信日だ。
送信済みトレイに入っている最後のメールは20XX/11/25。
召喚されたにしろ、長くても1日くらいしか経っていないらしい。
良かった・・・。
とりあえず受信メールを開けると無味乾燥な文章。それを見て、何故か身体に力が入る。
要約した意味は「本日も何もお変わりありませんか?」。
返信ボタンを押し、「特になし」とだけ入力して送信ボタン。
送信時の効果音が鳴る。
ほうっと息をつき、私は椅子の背にもたれた。
実家は嫌いだ。
執事からの業務連絡? 生存確認連絡であっても、嫌いだ。
落ち込んでいるうちに、日も陰り、部屋は薄暗い。そういえば肌寒い。11月だし。
「松明の光と初夏のそよ風」
トゥバンに教えてもらった術を使って、明かりをつけ、室温を上げる。
勇者として旅をしている間やその後、アルゲディやトゥバンは術を教えてくれた。勇者だけに私も術の素養があるらしく、中級程度までなら使える。