化物の賛歌
「それじゃあ、私たちはこれで失礼するわ」
2度目のお代わりで飲んだ茶を飲み干して茶碗をそっと置いた。
時間は5時54分。あれからずっと雅とシエラの演奏を聞いていたのだが時間はあっという間に過ぎ、つい長居をしてしまった。いつもの厳格な笑顔に戻る理名の顔も心なしか疲れが取れたように郁には見える。彼も彼なりに理名を心配していたのかも知れない。
「さっきの話は今日の会議で話を通しておくから結果が決まったらまた教える。完全下校の時間まで……ここにいるのかしら?」
「ふふ、理名が怒るから居ないわ。大丈夫、もう少しだけお茶をしたら7時半迄には下校するから」
優香は言いながらそっと静かに茶碗を片付けていった。それを敦史は手伝おうとするも、茶道部の生徒に止められる。
「片付けをお客様にやらせる訳には行きませんので」
笑顔でそう言われれば敦史は拒むこともなく片付けを任せその場に郁と共に立つ。既に理名はドアに立ちふたりを待っていた。あまり待たせるわけにも行かず2人は足早に彼女の所へと駆ける。
「では、これで失礼するわ」
先に男子2人を外に出して最後に理名は廊下に出る。
「また、3人でも理名ちゃん1人ででも遊びに来てね。部活中でも大歓迎するから」
手を振りながら手を振ると敦史と郁は笑顔で了承したようにぺこりと頭を下げる。一方の理名は、気が向けばね、と言ってドアをしめてしまう。
「全く……早めに見回りを今日中に終わらせようと思ったんだけど……」
「たまにはいいじゃないか、理名は根を詰めすぎだから最近。部活点検といい、服装検査といい、ね?」
「……はぁ、そうね。なにか焦りすぎてたのかも知れないわ……」
こめかみに手を当ててため息を漏らす理名。ようやく理解したかのような顔だ。少なからず彼女自身は自覚はあったのかもしれないが、それにしては気づくのが遅すぎである。
「倒れないように、程々にね」
「わかってるわよ、余計な心配は要らないわ。時間も押してるし私は会議に行ってくるから、2人はもう帰りなさい。寄り道はあまりしないこと」
彼女はそういうと時計に目をやり郁の持つ部活点検のことを記入したボードを受け取り会議室へと小走りで向かっていく。その後ろ姿を郁は手を振って見送れば踵を返した。
「えーっと……俺は?」
完全に忘れ去られた感のある敦史は郁に声をかける。
「彼女の言う通りにするさ、でもまだ帰らないけどね。流石にバス来るまでバス停で時間潰すことも無いし教室に行こうと思って」
「なら、俺も行くよ。教室にカバンあるし」
2人は並んで教室へと向かった。その途中で郁は敦史に今日の部活見学はどうだったか尋ね、敦史はまだ全てを見てないのでなんとも言えないと答える。
「でも、茶道部のあの3人は凄かったな……」
「はは、まぁこの学園有名人たちの1人だからね」
「そうなのか?」
「まぁね。この学園内で学力も優秀だし理名含めたあの4人はかなりの金持ちなんだ。何より優香は資産家の娘、雅の家は昔から由緒ある料亭の一人息子、シエラはセントラルシティプラザのファッション会社社長を両親に持ってるし。貧乏人の俺達とは大違いの次元の連中さ。理名だって、警視総監の娘だよ?」
「あ……お、おう……なんでそんな金持ち多いのここ……」
「さぁね、なんでこの学校選んだのかは俺も分からない。多分大体の親はキャリアのためにこの学校に来させるけど……彼女たちはどうなんだろ」
歩く途中、郁は敦史を止めトイレへと入り敦史もまた丁度いいと思ったのか自分もトイレへと入った。
「特にあの4人はこの学園の大和撫子四天王だよ。綺麗だし、美形だし、金持ちの坊ちゃんとお嬢様だしね。おまけに競争率が高い」
用を終えて郁は手を洗い胸ポケットからハンカチ取り出し手を拭いた。
「競争率?それってつまり……」
敦史も用を済ませれば自分も手を洗い始める。郁の言う競争率とは、恐らくは恋人死亡という事なのだろう。そんな風に思ってると郁は正解と言わんばかりに肩を竦めて苦笑しながらため息を漏らした。
「そういうこと、雅は気配りも出来るしなにより紳士。シエラもあんなオネェだけど男女問わず人気があって誰にでも優しいしフレンドリーなんだ。シエラになら抱かれてもいいとかいう男もいるくらいにね」
それを聞きながら敦史はゾッと背筋震わせる。ほんとにそんな男がいるのか、と。だがしかしシエラのあの優しさはまるで母親のようで理名でさえ信頼を置くのだからそういうことを思う男が居てもおかしくはない。
「理名は他人には厳しいし、なによりガードが固いからあまり誰も告白はしないけど人気は高い、特にMな男女たちに」
(だろうな……)
「それに比べて優香は真逆で、シエラみたいに誰それ構わず優しい。去年のバレンタインなんか学年の男子や女子たちにチョコやクッキー配ってたんだよ」
「全員!?」
トイレから出ると驚きのあまり大声をあげてしまう敦史。2年生の生徒数は300人をくだらないというのに全員分の菓子類を用意するだなんて大したものだ。流石にこればかりは敦史には想像がつかない。
驚くその敦史を笑うと驚くのも無理はないと告げる。
2人は階段を上がり更に郁が続ける。
「とにかくあの4人は才色兼備、スポーツ万能、料理の腕も抜群ときた」
「へぇ……それで知り合うのも当然か。この学校にいれば同じ人は惹かれ合うっていうしな」
「そういうこと。あの4人はそれぞれ忙しくてなかなか揃って会うことはないんだ。ギャラリーがたくさん集まるし、なかなかあんなお茶会はしない。今日はラッキーだったね」
確かにあの4人が揃いお茶会をしていた今日のあの風景を見ていてとても美しかった。あの美しさに見惚れないのはいないだろう。あれにギャラリーが沢山集まればほかの人も見ることも出来なければあの4人もまったり出来ない。
「だから、理名はなかなかあの3人とお茶会したがらない。ギャラリーがうるさいからね」
人と接するのが下手なのかは分からないが、あまり他人との交流をしなさそうなイメージが確かに理名にはある。郁が言うには他人と交流するのが好きでない割には学校生徒全員の名前や所属など覚えてるようで、それはそれで凄い。
やがて2人は目的の階に着くと郁は2-E教室前に立ち止まる。
「どうせなら一緒に帰る?」
郁は教室のドアを途中まで開けて敦史に尋ねた。敦史はそれにOKと答えると自分の教室である2-Cへと急いで荷物を取りに行く。
「……ん?」
入ろうとした時、教室のドアの窓が何かで覆われてるように見えた。普通なら教室の中がガラス越しに見えるのだがまるで黒い布か何かで遮られていて見えない。鍵もかかっている。
(おかしいな……完全下校時刻までは鍵は空いてるって聞いたんだけど……)
手元の腕時計を見ればまだ6時を過ぎて少ししか経っていない。まだあと1時間程はあるはずなのだが、と思いながらドアをノックする。返事はない。
「……職員室で鍵借りてくるか」
そう思って踵を返そうとしたその瞬間、カチッとドアの鍵が開く音がする。
(全く、中にやっぱり誰かいたのか……こんな悪戯……)
「んぐっ!!」
入った途端に誰かに腕を引っ張られ口元を手で塞がれ地面に押さえつけられる。手を振りほどこうとするも何人もの手が敦史を抑えているせいで不可能だ。しかし外も既に暗くカーテンで閉じられ電気もついていないせいで何人いるかは把握できない。
(なんだ、これ……!)
「ごめんね〜宮崎くんっ」
夜目に目が慣れてきたとき、自分の口元抑えているのが誰かわかった。 奏衣が彼の口元を抑えていたのだ。
「声をあげられると困るから、ねっ……」
しーっと言われると敦史は暴れるのをやめて大人しくする。なにかされるかわかったものじゃない。
「あ〜あ……来ちまったな敦史」
地面に押さえつけられた敦史が上を向けばそこに立っていたのは和明だった。それを見ると敦史はなにか言おうとして再び暴れだす。ぱっ、と奏衣は彼の口から手を離した。
「お前これなんのつもりだ……」
「なんのつもり?さぁな。風紀委員の野郎に言うことはない」
「ふざけるな、こんな所でなにしてんだ……」
口元は開放されたものの体は複数の手に掴まれたまま敦史は和明を見上げ睨みつけた。
「……知りたいか?俺達が放課後のこの教室で何をしているのか……」
和明は敦史の前で片膝ついて同じ目線の位置になり、見ればその手には縄が握られていた。すると奏衣は敦史の両手を掴んで無理矢理前に突き出させると和明はそれを縛っていく。
「…………」
「立てよ」
和明の目はとてもいつもより穏やかさは無かった。額から汗を流すとそっと立ち上がり、抵抗しないのがわかったのか彼を押さえ込んでいた手は離れていく。
「まずは見せてやるよ。お前の反応と意見を……敵になるかどうかはその後で決めてやる……」
逆に睨みをきかせてくる和明を睨み返すと、彼は目を逸らし「つけてくれ」と誰かに声をかけた。
「うっ…………」
暗闇をずっと見ていたせいか電気がついた一瞬視界が眩み、ふらりとする。
「……は……えっ…………?」
敦史は驚愕した。目の前の光景に。自分の想像とは違う目の前の光景。
教室内の数十の机は2箇所に集められ、大きな卓と小さな卓でわけられていた。大きな卓にはカジノにでもあるようなルーレットが大きく机いっぱいに展開されてあり、もう一つの小さな卓ではポーカーが行われていた。
「ようこそ、敦史くん。夢の国へ」
悪戯のような、してやったりのような顔をして和明は言った。そこには恐らく部活がまだ終わっていないのであろう他の生徒達以外、ほぼこの2-Cに在席する生徒達がそこにはいた。
「え、おま…………え?」
未だ動揺が消えない敦史のその反応にここにいるほとんどが笑う。これは自分へのドッキリだったのか、と言わんばかりの動揺加減だ。
「これが、このクラスの秘密さ。放課後、たまにこうして俺達はギャンブルをする」
「でもこれは……」
「そう、校則違反だ。けど安心しな、俺たちが賭けてるのは金じゃねぇ。それぞれが持ってきたお菓子や物ばかりさ」
親指でくいくいっと後ろの個人ロッカー示せばそこには大量の菓子類や飲み物が置いてあった。
クラスぐるみでこんな事をやってる所に何よりも敦史は仰天していた。一体どうやってここに持ち込んだのかとても気になる。クラス見渡せば優也と利人の姿、そして同じ転入生である由佳までもがそこにいた。
「俺たちがお前が風紀委員になる事に少し抵抗があったのは、こういう事さ」
つまりはこういう事だった。途中で割って入ってきた奏衣の説明によれば彼らは去年からこの放課後のゲーム(彼女たち曰く賭博ではないらしい)をやっていて、最初はちょっとしたお遊び感覚で少人数でやっていたものがいつの間にかクラス全員巻き込むまでに広がりやめるに止められなくなったとの事だ。だからせっかくの慣れ親しんだ楽しみが、こんな事をしている彼らにとって天敵である風紀委員の耳に入るのが嫌だったらしい。
「さて、ここで質問だ敦史」
目の前に和明がたち、目を見つめる。
「ここでもしお前が見逃してくれるのなら……喜んでこの遊び仲間に入れるし手を出さない。だが……」
がしっと敦史の両脇を男子2人が掴む。途端和明はブレザーの胸ポケットから小さな注射器を取り出した。
「これでお前の記憶を消す」
「!?」
これで驚きがまた1つ増えた。なんと、あの温厚で優しいフレンドリーな和明が脅迫、もとい脅しをした来たのだ。それを誰も止めることがなくその目はとても真剣である。
(ま、マジかよ……)
このまま悩みながら答えず無言を貫いていると彼の手にもつ注射器が徐々に徐々に敦史の首に近づいてきた。本気だ、彼のしていることも彼らのやっていることも全て本気だ。
やがて、首の数ミリ手前まで注射器の針が近づくと敦史はため息を吐いた。そして近づく針が停止する。
「わかった……内緒にする……俺の負けだよ」
そうして、敦史は観念すると和明は注射器をしまい敦史の手を縛る縄を奏衣は解いていった。
「よく言った、敦史っ!」
ばしっと優也が敦史の背中を叩く。痛い、流石馬鹿力。手加減を知らない。
「だーから言ったろ、俺たちの敵になるって。ま、今は違うか」
「ん?」
後ろを向くと、ドアからなんと郁と一緒に孝介が入ってきた。髪は濡れ、シャンプーの香りが漂うと言うことは恐らくはシャワーを浴びてきたのだろうかそんな雰囲気漂わせ和明と目線が合うと拳同士をぶつけあう。そして気になったのは孝介の後ろについてくる郁。お前も?と目線で尋ねると郁は肩を竦めて返事する。言わずともわかる、恐らくは自分と同じ方法で引き込まれたのだろう。
「さて、転入生2人揃った所で……」
「そうね、はじめよっか」
「っしゃー!ゲームさいかーい!!」
「YEAH────!!!」
和明と奏衣の開始の合図に合わせて優也と利人がひゃっほうと叫んで飛び上がる。そうして、全員各々で遊び始めた。それぞれの菓子や飲み物手に取ればそれを賭けていく。
「んじゃ俺はこのコーラを、黒の25。1目賭けだ」
「あたしは……」
「俺は……」
「ディーラーは俺だな、ノー・モア・ベット」
クラスメイト達はルーレットの方で大盛り上がりだ、その中には利人と優也、おどおどする由佳の姿がある。
一方小さなテーブルの方では和明、孝介、郁、敦史が4方向に奏衣を前にするように半円形を作り座っている。
「敦史、ポーカー得意なんだって?」
奏衣がカードを1枚1枚丁寧に配ってる中、和明が尋ねた。
「もちろん、前に住んでたところじゃポーカーの敦史って呼ばれてたんだぜ」
へっへっへと自慢するように言う和明。そんな彼なりの挑発に和明がにやりと笑う。
「和明も、このクラスじゃ凄腕のギャンブラーだよ。誰よりも稼いでるんじゃないかな?」
郁がちらりと配られている手札を見ながら言う。
「へぇ……それは楽しみだ。所で……イカサマは……?」
「……バレなければよしっ!」
「乗った」
和明と敦史が嬉しそうに睨み合う。そんな中、2人を嘲笑うように孝介がふんぞり返る。
「おいおい、俺がいるのを忘れるなよ。俺だってポーカーは大得意だぜ」
「俺もね。得意という程ではないけど、勝率の方が高いんだこれでも」
孝介と郁もノリノリである。男ってほんと勝負事になると単純なんだから、と嬉しそうにため息吐けば完全にカードを配り終えた。
そして、男同士の熾烈を極める戦いが始まる────。
「「OPEN GAME」」
「……了解、すぐに伝える……」
フラレシア学園裏門付近にて。シロの首に纏うマフラーが風に靡く。5月になり本来ならば徐々に寒さが無くなっていく季節、そろそろこのマフラーともお別れでタンスの奥にしまうものだが、シロは一年中このマフラーを巻いている。カラーバリエーション、そして柄も豊富なのを彼は沢山所持している。
(マフラー……ある、と……おちつく……)
裏門の道路脇で愛車であるバイク、Ninjaに跨り風にあたっているとシロはつい首元のマフラーにほっこりとする。ほっこりしながらも手元の端末弄れば忘れないうちに電話をかけ始めた。
「──こちらmouth。……予定通り……トカゲは……籠へ、荷物は部屋に……保管中。繰り返す、予定通り、トカゲは……籠へ、荷物は保管中。 これより、予定ポイントに……向か、う……オーバー……」
端末の画面を閉じれば、先程着ていた学生服ではなくいつ着替えたのか、或いは所持していたのか分からないロングコートの内ポケットへと端末を入れあ。そして足元に置いてあった長く大きなギターケース程の大きさの荷物を軽々と片手で持てばそれを担ぎベルトで固定する。更にバイクミラーに掛けてあったフルフェイスヘルメットを深く被って一気にバイクにエンジンをかけ、流れるように大通りへと走り去って行った。
──18時35分、本校舎から少し離れた場所にある講堂内の集会用会議室にて。
「──それでは、茶道部と和楽器部主催であるこのお茶会に関しては満場一致の可決という事で宜しいですね?」
特に反対意見も出ず各委員会の会長と学園重要職員たち全員が大きく拍手をしこの話は可決となる。
ここ、広い集会用会議室では優香の提示した内容に関する審議が行われ理名は黒板の前に姿勢正しく立ち、会議室後ろ中央で自分の顎髭を弄る穏やかな顔の老人を見た。するとその老人は、うむと首を縦に動かす。
この威厳あるのか無いのかよく分からない淡い灰色のスーツを着用し白髪オールバックな高齢の老人こそ、ここフラレシア学園第28代理事長兼校長の岩動元丈である。御年78歳。来年定年退職予定。
「それでは、本日の会議を終了致します。完全下校時刻まではまだありますが用が無ければ長居はしないように。それでは解散です。気をつけ、礼……」
しっかり挨拶を終えると全員お辞儀ししばらくして委員長や職員たちは配られた資料などを持ち各々会議室を後にした。理名もまたほかの人たち同様に会議室を出ようとした時、理事長に声をかけられる。
「今回も会議での進行役ご苦労様じゃな、ほっほっほっ」
「ごめんなさいね、風紀委員長の貴女にまかせてしまって……」
元丈の隣に立つ、白髪混じりの茶髪で黒いスーツを纏ったこの年老いた女性はこの学園の教頭である、岩動叶子。御年70歳、この理事長の妻である。
「いえ、このぐらいいつでもやりますよ」
「ほっ、それはなにより。それで今日から服装検査が始まったがどうかね?」
「はい、数名ほど服装違反の生徒が居たのでもちろん罰を。それに……ただ仲が良いという事で見逃してしまう風紀委員も何名かは居たので彼らにも同様の罰を与えました。去年よりかは服装違反者は減ったもののやはりまだ変えようとしない生徒もちらほらと……」
「ほっほっほ、少しくらいは大目に見てあげることも大事だよ成城くん」
高らかに笑いながら元丈は理名の肩をポンポンと叩いた。
「あまり無理はしないように、校則を取り締まるのはいいけど貴女や貴女たち委員会がそこまで気負う必要もないわ。いざとなれば他の委員会の生徒達が手伝ってくれるっていうし、職員たちもいるから」
叶子もまたそういうと理名にほほえみかける。その2人の優しさに彼女はまた少し心が安らぐ。
「わかっています。ですが風紀委員全員とは言わずとも私や他の風紀委員たちは卒業までにこの学園に貢献したいので……」
理名のその真剣な揺るがない言葉と視線に叶子は口元緩ませ、元丈は高らかに笑った。この理名の心意気に感心したのだ。そうともなれば嬉しさのあまり笑顔が零れてしまうのも必然だ。
「この街の悪党退治にも精をだしてくれてるようだし……私たちは貴女のような正義感の強い生徒を持てて学校側としても鼻が高いわ」
「うむ、君はよく頑張ってくれている。その調子で精進していきたまえ、君のその精神は我々も見習いたい。お父様とも近々会食がしたいので御両親によろしくと、伝えておいてくれ」
「はい、分かりました。伝えておきます」
その後なんてことは無い世間話を楽しみ、しばらくして時間も時間なので理名はさよならと挨拶をすればその場を去っていった。
理名は靴を履き替え、鞄を取りに行くために本校舎にある文化学科の教室へと向かった。道中これから帰宅する生徒やこれから部活終わりの生徒たちに出逢えば軽く会釈や知り合いのクラスメイトにすれ違えば軽く挨拶を交わしていく。
(気負いすぎ、か……)
今日はその言葉を何度も聞いた。郁、シエラ、優香、おまけに教頭や理事長にまで言われてしまっている。
(……卒業まで3年、3年しかないのだからこのぐらいどうってことないわ。私は、やらなくてはいけない。世界は無理でも、この街から犯罪を消さなければ……)
『7時になりました。部活動をしている生徒は部活動を終了して帰宅準備をしてください。4月から9月までの完全下校時刻は19時30分です……7時になりました……』
部活動終了のチャイムと共に放送部のアナウンスが流れる。それを聞いた付近を歩いていた陸上部は走るのをやめて歩きながら部室へと戻っていった。
(今日は時間の進みが遅かったわね……やっぱり、久しぶりにお茶会をしたからかしら……)
そんなことを思いながら月明かりに照らされて輝く噴水を見る。噴水周りに縁取られたたくさんの戯れるギリシャ調のマーメイドの彫刻たちは今にも動き出しそうな雰囲気だ。
「…………!?」
その噴水を美しく照らす月明かりの元を見上げたその途端の出来事であった。
この噴水は学園の中心に位置しているものの本校舎からは100メートル程離れ、更に正面にあるため時計が見上げることができる。そして今夜の満月は丁度その屋上と重なる場所にあった。
そこを見上げた途端、そこにはこの学園とは異なる存在がそこに立っていた。黒のロングコートを身に纏いその顔は遠くからはっきりとわかる程丸く、月明かりの影になっているとはいえ理名には髑髏のマスクを被って居るのが見える。そう、鮮明に。
──そこにはクライマーが1人……嘲笑うように、見下すように立っていた。
「クライマー……ッ!!」
──本校舎3階、2-C教室。
ピピピッ。
風紀委員専用小型無線に通信が入るり途端に騒いでいた和明たち全員は沈黙する。ボタンを軽く押して郁と敦史は通信をONにした。
『緊急事態発生よ、クライマーが学校内に現れたわ!繰り返す、学校内にクライマーが現れた。場所は本校舎屋上、校舎内で待機してる風紀委員は逃げられないように屋上を封鎖、本校舎の出入口も封鎖よ!』
郁と敦史は顔を見合わせるとプレイ中のポーカーを中断して廊下へと飛び出せば屋上へと向かって走り出した。
「まずいな……」
「どしたの和明」
猛スピードで出ていく2人をみて和明が唸り出す。
「学校内にクライマーが出たってことは……真っ先に理名はこの時間まで校舎内に残っている奴らを疑うだろうな……」
「げっ、それやばくない?」
「……全員急いで片付けよう、ルーレットは幸いにも収納出来るしそれをほとぼり覚めるまでその掃除用ロッカーの後ろに隠すんだ」
「了解っ」
奏衣が反応するより早く他のクラスメイトたちが早めに片付け始めた。更に和明は菓子類を片付けるように指示し、即座にゴミ箱へと菓子の包み紙やらを捨てていく。
「いいか、全員口裏合わせろよ?何か聞かれれば放課後暇だったからトランプをしていた。それなりの罰はだされるかもしれないけど仕方がない」
そう言ってポーカーで使っていたトランプ三つ分を机の上にばらまいた。トランプで遊んでいたと見せかけるためだ。
「…………」
片付けなどを手早くすましていくのを眺めながら孝介は立ち上がった。そしてしばらく背伸びすると廊下へと出る。
「ん?どこ行くんだ孝介」
たまたまそれを見ていた優也に声をかけられると孝介は背を向けたまま「トイレ」と素っ気なく答え、優也は納得する。
「…………」
廊下に出るとゆっくりと静かな足取りで孝介はトイレへと向かう。トイレは階段のすぐ近くにあり目と鼻の先だ。トイレの前に到着するとすぐに用をたせるようにスラックスのベルトを緩め、入ってゆく。その瞬間、猛スピードで階段を駆け上がる音が耳に入る。入っていく間際に黒髪がたなびくのが見えた。恐らくあれは理名だろう。
「……物騒な事になりそうだなぁ……めんどくせ……」
「一体、何でこんなところにクライマーが……!」
屋上に向かう途中走りながら敦史は隣の郁に尋ねる。走りながら「わからない」と答える郁。
「けど、この学校にいるってことはここの生徒か或いは他の誰かだ!これであいつらの正体が少し絞れた……!」
屋上へと続く4階の最後の階段をあがり2人は屋上のドアへと辿りついた。息を切らしながら一息つくと、アイコンタクトをとって互いに頷けば既に解錠されているドア蹴破り屋上へと突入した。
「どこだ……!」
「いた!」
郁が指さしたのはこの本校舎の頂上で学園のシンボルマークが描かれた屋上よりも少し高い所にクライマーは立っていた。
「そこを動くな、クライマー!」
「…………」
髑髏のマスクを被ったソレは声を発することも無く沈黙したままそこに立っている。
直後、息を切らして理名が屋上へと上がってきた。そしてクライマーの立つ場所の真後ろへと腰から3段式の警棒取り出して逆手に構える。数秒後、幾つもの階段を駆け上がる音が聞こえれば3人の風紀委員腕章を付けた生徒達が理名たち3人と合流する。クライマーが何処にいるのかを探し理名たちの視線の先に目をやれば驚き隠せないように噂通りのその顔のクライマーを見上げた。
「…………」
すると髑髏マスクのソレは体の向きを変えて風紀委員たちの方へと向けば見下ろすようにして彼らを見る。
「何故ここに居て何をしに来たのかは後でゆっくり聞いてあげるわ。正体を明かしてもらうついでにね……」
「…………」
沈黙。クライマーは何も答えない。昨夜のクライマーは随分とおしゃべりだったが、また別のクライマーなのだろうか、はたまた語ることは何も無いのか。そんな疑問が理名の頭をよぎる。
「諦めなさい。そこから降りればここには私たちがいるし無事に突破出来ても、本校舎の玄関は既に封鎖。そしてここは屋上……姿を現す場所を間違えたわねクライマー!」
睨みつけ大事を張り上げた次の瞬間、理名は腰からチェーンと連結させた手錠をクライマーの顔に向かって投げる。それを防ぐため、クライマーは瞬時に対応して腕でガードする。
(残念ね、その手錠は特別製よ……)
理名のその手錠はこの学園の優秀な機械学部の生徒に特別に作ってもらった手錠だった。手首や足首に向かって投げればセンサーが感知して拘束する。
(顔に投げれば腕でガードをする、ガードせず無闇にそこからかわしたら下に真っ逆さまに落ちる。ならば自然とガードするしか方法はない)
「甘すぎだな」
「?!」
ようやく発せられた声は明らかに加工された声。その声が発せられた直後、飛んできた手錠をクライマーは受け止めるどころかそれを掴んだのだ。
「ぐっ……」
予想外の展開に汗を流す理名。しかし、この程度で彼女が諦める筈も無くむしろ彼女は冷静さを取り戻し脳内の考えを巡らせる。そして理名のとった行動は……
「なら……これはどうかしら!」
左手にはまだクライマーに握られたチェーン型手錠を自分の左手だけでがっちりと離さないように掴みながら空いてる右手でまたもう一つの手錠を投げつける。そしてクライマーは再びそれを難なく左手で受け止めた。それこそ、彼女の狙いである。
「……なるほど。この私と綱引きでもしようというのか」
「お生憎様、私も力には自信があるの。貴方よりもね」
クライマーは見下ろす、理名はクライマーを見上げる。2人の間には共に握られたチェーン。
「ふん……逃げないように私を留めておくわけか、だが私がこれを離せば……」
「離せば今の貴方が踏ん張るのに使っている力の反動で後ろに下がってそのまま地面に真っ逆さま……そのまま空に飛んじゃうわよ。それに……」
途端、一発の拳がクライマーに真横から襲いかかった。反射神経なのか、それとも条件反射なのかクライマーはそれを見事に躱す。
「私に気を取られ過ぎたわね……」
左を見れば、そこにはいつの間にか接近していた郁がそこにいた。
理名は、クライマーの意識を己だけに集中させその間に郁に接近させた。と言っても指示を出した訳ではない、郁が彼女の意図を自動的に察知して動いたのだ。
(気付かないうちに接近されるとは……)
「ちっ……なんつー反射神経だよ……」
「郁、遠慮なく殴りなさい。許可する、気絶させても構わないわ」
「了解……っ!」
瞬間、一気に拳の連撃がクライマーを襲う。その連撃の速さはとてつもなく、普段の物腰柔らかな優男のような郁の姿からは想像出来ない程の攻撃だ。
しかし、一発として当たらずそれどころか動きの全てを知ってるかのように躱されてしまう。郁の突きの速さも相当なものだがクライマーの回避はそれを上回るものだ。そんな苦戦する郁を見て回避出来ないよう動きを留めるために理名はクライマーも互いの両手に持つチェーンを理名は引く。
狙い通りクライマーの体勢は前のめりに倒れそのスキを逃さないように郁は足を高く上げてカカト落としを決める。
だが、それを逆手に取られた。理名がチェーンを引き体勢崩した直後、クライマーはパッと両手のチェーンを離せば前のめりに倒れなんとそこで前転して手でその場所から跳躍する。そして風紀委員たちのすぐ真後ろに立てば、その勢いでフェンスまで行き飛び越える。
「甘いんだよ、お前は」
パッとフェンスを掴む手を離してクライマーは屋上から降りていった。
「此処は5階だぞ!」
「嘘だろ……!」
口々に驚く風紀委員たち。理名が慌ててクライマーを見る。そこにあったのは1本のワイヤーと引っ掛け器具。つまり、初めからこうやって逃げるつもりだったのだ。してやられた、そんな顔をする理名は休む間もなくフェンスの柵に先程の手錠を付け、長いチェーンで下へと特殊部隊のように降りていく。
「みんな、急いで階段から追いかけるんだ」
郁の素早い指示に風紀委員たちが階段を降りていく。郁とその場の高台から降りて階段を下っていった。
(……どうなってやがる……)
敦史はいまの状況を飲み込めずにいた。なぜ屋上にクライマーが居て、わざわざ理名含めた風紀委員を屋上に集めて逃げていったのか。その場から一切動かず敦史は考えを巡らせる。途端、敦史はなにかを思い浮かべたのか屋上から出ていった。
「…………」
理名より一足先に地面に着地しラベリングロープを瞬時に畳んで校舎と校舎の間にある駐輪場へと入れば建物の陰へと逃走する。
「……こちらCloak、ポイントB到達。荷台にエンジンかけろ」
『こちらトラック野郎、了解。オーバー』
「止まれ、クライマー!」
建物の陰、無事隠れたと思ったがどうやら他の風紀委員たちが潜んでいたらしい。
(ちっ……情報ミスだな……ここなら安全って聞いたのによ)
「動くんじゃない、手を上げろクライマー。でないと撃つ」
「……おいおい、まじかよ……」
風紀委員の手元を見てCloakという名前のクライマーは両手を上げた。なんと、風紀委員たち数名の手にはテイザーガンが握られていたのだ。
風紀委員と睨み合い、手を上げながら後ろへ後ろへと後退するCloak。やがて陰から出れば月明かり照らす駐輪場へと出た。数秒後、後ろで理名が拳構えてこれ以上下がらないように立ちふさがる。
「これでもう逃げられないわよ、クライマー……広翼展開!」
合図とともに数名の風紀委員がCloakを囲む。完全に逃げ道は絶たれた。
「……こちらCloak、トラック野郎応答しろ」
囲まれてるにも関わらずCloakはマスクに内蔵されている無線機を使った。
『こちらトラック野郎、どうした』
「囲まれた、少し遅れる」
『了解、時間設定を』
「…………」
マスクの中から自分の囲みながら徐々に迫ってくる風紀委員たち。人数はおよそ10、そのうちテイザーガンを所持しているのは2名、そして真正面には交戦する気満々の理名がいる。
「1分だ。1分よこせ」
『わかった、1分オーバーしたら出発するからな』
通信が切れる。そしてCloakの言った言葉を聞いていたのか聞いていなかったのか理名はより一層近づいてきた。
「1分ってことは……これから仲間と合流する気ね。させないわよ」
「残念だな、1分は合流するまでの時間じゃあない」
途端理名が足を止める。
「……なんですって?」
「馬鹿が、ここまで近づいたのが間違いだったな」
「!?」
バサッとCloakはコートを開いた。そしてなにかのピンが飛び2つの金属音が地面に落ち転がる。
『ナイトビジョン起動』
その転がる際理名はそれに書かれた文字を見る。そこには「smoke」と書かれ咄嗟に理名はバックステップで下がり目と鼻を閉じた。
「伏せなさい!!」
「遅い」
瞬間、辺り一体に大量の煙が広がり理名を除くその場にいた風紀委員全員を覆い隠した。
「げほっ、げほっ……!」
「うわっ……!」
煙の中では何が起きているのか分からなかった。咳き込む音が聞こえればそれに続いて殴る音や倒れる音が混ざる。そしてしばらくの沈黙、理名は煙が晴れるまで動けない。中の状況が全く把握できないのだから当然のこと。
(まさかこれを狙って……)
突如、地響きにも似た爆音がこだまする。その音は理名にも聞き覚えのある爆音。そして煙が晴れかけたとき、建物の陰からアメリカンバイクが現れ華麗にドリフトして理名の後ろを走り去った。
「ちっ……クライマーが包囲網を突破、正門と裏門を封鎖して!」
『了解です!』
無線で連絡すると自分は晴れた煙まで向かい倒れる数名の風紀委員を助け起こす。足元に転がるテイザーガンも拾い、所持していた生徒へと渡した。もはやクライマーを追うことは出来ない、相手はバイクでこちらは追いかける足がないのだ。
(どうなってるの……一体どうやってあんな所にバイクを……あそこの裏は工業科が使うトラックがあって……)
「おーい!」
「ん?」
反対側の校舎の向こうから明らかに風紀委員でも教師でもない、普通の制服を着た金髪、褐色の女子生徒が驚いたように走ってくる。顔立ちからするに外国人な気がするがこれまで見たことのない顔だ。
「なんやねん、今のバイク!この学校どないなってんの!?」
顔立ちは明らかに外国人だというのに日本語が流暢だ。ハーフなのだろうか。ついつい理名は彼女の顔を見つめてしまう。
「な、なに見てんの……?うちの顔なんか付いてる?……って、うわっ!なんやのこれ、怪我人ばかりやん!?」
理名の後ろでまだ尚気絶している生徒や殴られ怪我をした生徒を見て金髪の女子生徒は驚いて飛び上がる。そして気絶している近くの男子生徒起き上がらせれば「おきや、はよおきや」と頬を叩く。
「一体なにやったらこないなことになんねん……ヤンキーのかち込みか?」
「…………貴女、見たことのない生徒なのだけど……誰?」
真新しい女子制服とネクタイ、流暢な日本語、この学校の事を全く知らない様子から察して──。
「ウチ?ウチはキアラ。キアラ・ガルシア、日本名は早乙女キアラや」
自己紹介していると、自分の抱き抱えてる男子生徒が目を覚ました。キアラと名乗る女子生徒はそれを見ると安堵した顔をみせ近くの柱に背を預けさせる。
ふぅと息漏らせば立ち上がり自分の制服の埃をはたく。
「まさか入学する以前に、入学手続きの日にこんなことになるなんてなぁ……電車間違えるし、この学校くる途中にお巡りさんに4回も道尋ねるし、無事学校着いたおもたらハンコ忘れるし、おまけに帰ろうとしたら変なバイクに引かれかけるし、ほんでここで人がぎょうさん倒れとるしなんやねんもう……厄日か、うち今日厄日なんか!?」
涙目でブツブツぼやきながら最後の一言を駐輪場に響くほど大声で言って理名にずいっと顔近づければ思わず理名は頬を引き攣らせる。お前がなんなんだと言いたげな顔である。
「……ん、少しごめんなさい」
キアラから数歩離れると彼女に背を向けて小型無線に耳を傾ける。
『申し訳ありません、委員長……裏門に現れたクライマーに、突破されました……』
その報告に驚きを隠せない理名。それで、と静かにあくまでも冷静に尋ね返す。
『裏門を突破どころか、ありえないんですけど……その……と、飛び越えたんです……バイクで……』
「……そう。仕方が無いわ、ありがとう報告をわざわざ。怪我人は?」
『いえ、幸い1人も……』
「ならいいわ、貴女たちはもう帰りなさい。正門の風紀委員たちにもそう伝えて、私たちは怪我人の介抱するから」
『わかりました』
無線を切り眉間を抑える理名。バイクで裏門飛び越えるという無茶をやるクライマーに対してようやく彼らに対する過小評価を自分の心の中で認めた。そんな、自分で自分に呆れていた時腰に付けていたまた別の無線が入る。
『こちらF13、タイムビッグブリッジ付近港倉庫に暴走族の集団が集まっているという通報を受け現場に到着。今のところ目立った以上はありません、本部からの指示を求めます』
『こちら本部、しばらく経過観察して逐一状況報告を。抗争が始まる様子あるならば付近に応援を送ります』
暴走族程度か、と溜息を吐く。クライマーが学園に侵入し怪我人もいる。もはや今はその程度は相手できないと判断し無線機を切ろうとしたその時だった。
『本部、こちらF13暴走族の所に黒ずくめの3人が近づいていきます……あれは……?』
「こちら成城理名、F13聞こえる?」
無線を切ろうとした手を止めすぐさま口元に無線近づけて尋ねる。黒ずくめという単語に理名は確かめたいことがあったのだ。
「その黒ずくめの3人組の顔はわかる?」
少しした間があき、すぐに返事が帰ってくる。
『いえ、分かりません。フードで顔を深く隠してるので……なにか、話をしてるようですけど……あっ!』
「なに、どうしたの?」
再び無線の向こうが沈黙。風のだけがしばらく聞こえてきて数秒後、再び見張りの警官の声が返ってきた。
『いえ……今は特になにも問題はありません……もう少し様子見をしてなにかあり次第連絡します』
「わかったわ、常に回線をオンにしておくからいの一番に私に報告して」
『了解です』
ぷつりと無線を切り理名は顎に手を当てて考え込む。不自然に学校に現れたクライマーの1人、そしてたいした事もせず逃走。更には港の倉庫で現れたクライマーらしき黒ずくめの3人組。
(まさかこれは……いや、そんなことは無いはず……陽動作戦……?この私を?)
わからない。何一つ分からなかった。なぜ陽動する必要があるのか、なぜ自分が会議を終えたあのタイミングで現れたのか。自分の周りで「ねぇねぇ」と連続して声をかけてくるキアラを横目に無視しながら理名は考え続けた。
──タイムビッグブリッジ付近、高台にて。
「ごめん、ね……」
高台にはパトカーが一台、そしてバイクが一台駐車してありパトカーの中では警官が1人手足拘束され口元封じられながら後部座席に放り込まれていた。外には背の低いクライマーの1人が立ち、しばらく一息つくと髑髏のマスクを脱いだ。
「やっぱり……マスク……暑い……」
白に近い特徴的な銀に近い髪を整えパタパタと手で顔を仰ぐと背に担ぐ長方形の大きなケースを下ろしてその場に置いた。
「ポイント、は……ここかな……」
辺りを見回し港付近の倉庫を遠目で見ればこくこくと自分で納得して先程背負っていたケースを開く。その中からは自分の背よりも大きなライフルが姿を現した。んしょ、んしょと担げば慣れた手つきでライフルスコープを取り付けてその高台で堂々と構える。幸いこの高台は人通りが少なく、見られる心配もない。
「……こちら、mouth……脅威排除。目標ポイントに到着」
ライフルのグリップを握りスコープを覗くと見えるのは25と書かれた倉庫。少し見るところを変えるとその倉庫の前で黒ずくめの3人と暴走族の頭領らしき男が2人の側近らしき男を連れて睨み合っていた。それを見るとマガジンをライフルにリロードする。
「……交渉、開始」
「こちら、Striker。了解、交渉開始する」
黒ずくめの内の真ん中に立つ1人が返す。その声はまだ若く聞こえなんと女の声だ。しかし声が野ざらしということ、つまりは今はマスクをしていないようなのか本来の声が丸晒しだ。
「てめぇらか、俺達を呼びつけたのは」
暴走族の頭領である男が仁王立ちしながら黒ずくめたちに尋ねる。その中で先程Strikerと名乗っていた女の声の持ち主が、そうだと返す。
「仲間30人も目の前にして3人とはいい度胸だな。俺達がこの街一番の……」
「うるせぇ、めんどくさい前置きはナシだ。単刀直入に言うぞ、お前らはとあるマフィアの麻薬密売を手助けして運び屋も請け負ってるな?」
「……なんのことだ、俺達がヤクなんざするわけねぇだろ。いいか、俺達はそんなことは」
「とぼけんな」
Strikerはドスをきかせた声で一歩その男に近づきフードの奥から睨みつける。今夜の月明かりは明るくStrikerの顔が微かに見え、紅い髪の毛が見え隠れする。
「調べてるからわかってるんだよ、おまけに情報もある。昨日の夜に行われた取引現場の映像も抑えたし、今朝お前がトラック業者の仲間の1人に麻薬積んだトラック運転させて明日の取引で使うためこの25番倉庫に入ってることは知ってる。忠告だ、この倉庫のキーを渡して手を引け。お前たちの存在を邪魔に思う奴らがいる、近いうちお前たちは殺されるぞ」
「…………」
その声も、その月明かりで微かに覗く声も本気だった。彼女の言うことも全て本当のこと。取引はしているし、この倉庫に荷物もある。この仕事を始めた頃に雇い主からは「死ぬかもしれない」と言われた。だが守ってくれるとも言われている。雇い主は大きなマフィア組織の1つである幹部だ。殺される心配はない、男はそう思い強気に出る。
「はっ、俺達を殺すことは出来ねぇ。バックにはデケェマフィアが」
「うるせぇ、海外のマフィアどもがお前らみたいな街のクズを助けると思うなよ。お前らはただの捨て駒に過ぎない、そのうち捨てられるぞスッパリと。死にたくないならあたしらに従え、安全な場所で保護してほとぼり冷めるまで面倒を見る」
「……断れば?」
「その命を頂きます」
Strikerの右に立つ、これもまた女性のだ。しかしStrikerのようにギスギスはしておらず冷静で、声もお淑やか。
「ふ、ふふ、はははははは!! おい、聞いたかお前ら!こいつら、こんなガキどもが俺達を殺すだってよ!!はははははは!!」
男は高らかに笑い出すと後ろでバイクに乗る暴走族の仲間たちの方を向く。それに釣られ彼れも馬鹿にするように笑い出した。
「……はぁ、flower……こいつらもう片付けていいか?」
「待ちなさいStriker、もう少し話をしないと……」
Strikerとその隣に立つflowerという女2人がそう言い合ってるとその後から2人よりも背の高いフードの黒ずくめの1人が肩を叩いて、割ってはいる。
「まーまー、2人とも落ち着きなさいな。Strikerも、あと1度だけ話をしてみなさい。それでダメなら……片付けましょう」
その声は男でありながら女のような妖艶さを持ち合わせ物腰柔らかだ。
『queenの言う通り……僕も……それがいいと、思う……』
「はぁ……1度だけだぜ……」
呆れたように言うとフードを深く被り男に声をかける。
「おい、もう一度言うぞ。最後の警告だ。この倉庫のキーを寄越せ、それだけだ。それさえ出せば安全は保障する、五体満足でな。ただし従わないなら……殺す、一人残らずな」
また、ドスをきかせた声で言う。本気だ、嘘なんかではない。だが、こんな自分たちより若いガキどもがどうやって殺すつもりなのか。
(どうせガキだろ、俺らほど修羅場をくぐってねぇ……俺達は殺せねぇ……つまりは、ハッタリだ)
「断る。俺らにはちゃんとメンツってのがある、殺せるもんなら殺してみろ糞ガキ。大人を舐めんなよ」
「ここまで言ってわからないのかしら、貴方たちは」
Strikerとflowerの間からqueenが前に出る。どうやら、彼(?)はなんとしても引かせるつもりらしいのか、queenは男の目の前に立てばフードの中からじっと見つめる。
「いい加減そのお馬鹿な頭で考えなさい、アンタたちを殺すように命じたアタシたちの雇い主。そして助ける手段を提示してるのもアタシたちの雇い主だっていうことよ」
「貴方たちは踏み越えてはいけない領域を超えた、この街で麻薬を売り捌く。その時点で私たちの雇い主を怒らせました、それで助けてくれるというのはなかなかありませんよ。大人しくその鍵を渡してくれれば手荒な真似はしません」
queenの後ろからflowerが横に並ぶように前に出る。
「……けっ、しつけぇ……俺達にも俺達のメンツってモンがある。そう簡単には……」
「交渉決裂だ」
Strikerの言葉の後、銃声が2回響く。数秒後、男は両膝をついてその場に崩れ落ちた。男は何が起きたかわからない、後ろの声が終わるよりも銃声が響き男の両膝は赤く染まっていく。ようやく自分の両脚をStrikerというフードを被った女により撃たれたことを認識すれば辺り一帯に響き渡るほど夜の港倉庫に悲鳴があがる。その悲鳴は遠くの高台から見ているmouthにも認識できた。
『Striker……手が、早い……』
「しゃーねぇだろ、交渉は決裂だ」
ぺっ、と唾を吐き持っていた拳銃を男の後ろ両側に立つ仲間2人に向ける。それを見たその2人は両手を上げれば頭領であるその場で喚く男を担いで後ろに下がる。
「ち、く、しょぉ〜……!!!」
男は担がれながらジタバタ暴れると更に喚き始めた。
「もう……Striker……」
「はぁ……仕方ないわよ、あの子考えないんだから……」
flowerとStrikerが呆れたように言う。
「なんだよ。ちゃんと考えたし言ったろ、あれが最後の警告だって……ッ!!」
突如Strikerは身を翻した。なんと後ろからいつの間にか迫られており、気づいた頃にはすぐ後ろで鉄パイプを構え振り下ろす直前で回避が間に合わずつい拳銃でガードをする。
「ッぐ……!」
拳銃に当たたった衝撃は拳銃を持っていたStrikerの手にも即座に伝わり痛みのあまり拳銃を手放し地面に落ちたそれは破壊される。
「よくもッ!アタシの銃を……ッ!」
振り下ろされた鉄パイプを上にあげられないようにStrikerは素早くそれを左脚で踏んだ。そして鉄パイプを持った男はしまったという表情受けStrikerから遠ざかろうとしたその瞬間、流れるように鉄パイプの上で左脚を軸にして回転しその勢いであげた右脚を使い男の顔を蹴り飛ばす。バキッと鈍い音がすれば男の頭は蹴りのあまりの威力に耐えれなかったのか180度回転し体と頭の向きが真逆となりその場に転がる。
Strikerはなんとやはり威力と回転が強すぎたのかフードがその反動で脱げてしまった。
「げっ……!?」
月明かりに照らされたその顔は真紅のように紅い髪と後ろから長く垂れる束ねられたポニーテール、そして特徴的な切れ長の目はフラレシア学園に通うシロとともにクレー射撃部に所属していた、黒澤香織という女子生徒だった。
「ちッ……」
正体がその場の全員に知れ渡り、暴走族のメンバーの1人は途端に携帯をとり撮影しだした。その瞬間、撮影をしようとしていた暴走族のその1人は頭が跡形もなく吹き飛ばされる。頭を失った体はその場に血を大量に撒き散らして倒れその血は近くにいた暴走族の服に飛び散る。付近の暴走族たちは悲鳴をあげ腰を抜かした。それは高台から様子を見ていたシロからの狙撃。
「正体……バレた、セカンドプランに移行……」
リロードし薬莢が隣に置いてあったガンケースへと上手く入る。そして静かにもう一度引き金を引き発砲する。
「にししっ、了解ッ!!」
シロからプラン移行のメッセージを聞くとStriker、もとい香織はどことなく嬉しそうに着ていたフード付きのマントを脱ぎ去る。
「もう、ほんっとにしょうがないわねっ!!」
「正体知られたら……仕方が無いわっ!」
それに続きqueenとflowerが同様にそのマントを脱ぎ去った。そこに姿を現したのは、美形なモデルのような男とお嬢様のような雰囲気ある女性。
そこにいたのは、茶道室で楽しくお茶を飲み雑談していたうちの2人……シエラと優香だった。シエラの手には黒い鞭が握られ、優香の両手には見るからに弱そうなヨーヨーがクルクルと回っている。
「ひぃ、に、逃げ……」
「逃がさないわよ」
逃げようとしたメンバーの一人の首をシエラの手に持つ1本の黒い鞭が襲いかかりその首をしめた。そしてそのまま頭を地面へと叩きつける。叩きつけられた場所には脳髄や脳漿が飛び散り頭の半分が砕けた。
「こ、この化け物……!」
「あら、失礼ね……」
瞬間、右腕のヨーヨーが男の顔にぶち当てられる。普通のヨーヨーよりも硬く重いヨーヨーは打ち付けられよろめくその男の頭の上に左手に持つヨーヨーが物凄い威力で叩きつけられ頭蓋骨の砕ける音が響いた。そしてヨーヨーは優香の手の中へとへとまるで生き物のように素早く戻っていく。
『死体処理屋にはもう連絡した、警官やその付近半径2キロから3キロの通信系統はハッキングしてあるからせいぜい時間を稼げても10分』
「もう、香織ちゃんが撃たなければこんなことにはならなかったのにっ」
バシッと空中で鞭の音を鳴らしながらシエラが困ったようにいう。本来ならば何度か説得して穏便にすませるつもりだったのだがStriker(香織)が撃ってしまったために交渉は失敗となった。
「まぁ、いいじゃない。今はこいつらを片付けましょう。久々に楽しくなりそうだわ」
ふふっとそれこそお嬢様のように笑うとヨーヨーを上下させて遊び出す。
「手ぇ出すなよ、シロ……」
スカートのポケットに両手を入れるとすぐに手を出し、その両手にはメリケンサックががっちりと握りられていた。それをナイフやフォークを打ち合わせて遊ぶように両手のメリケンサック同士をぶつけ合い金属と金属のぶつかる音を響かせる。
『全ての単車のエンジン部分は破壊した……あとはその場から走ってでも逃げるなら……撃つ』
また1人逃げようとした暴走族の頭を3人の見てる前で吹き飛ばし無線越しにリロードする。
「もう……もう一度降伏するか聞いてみる?」
「よせよ、シエラ。掟はわかってるだろ。こいつらにはもうあたし達の正体はバレた、一人残らず消すんだよ」
「そうね……仕方ないわ、シエラ。この子たちに運は無かった、とだけ」
「…………はぁ」
呆れため息を漏らすシエラ。なんとか生きてる者達だけでも助けられないかと思案するが、周りの惨状をみてすぐにそれも諦める。辺り一帯所々血塗れで、もはや助けるも何も無いし話をする余地も無さそうだ。既にほとんどの暴走族が抵抗するようにバットやパイプ、中には木刀を構える奴もいる始末。
そして開き直ったように自傷する笑み浮かべれば近くに転がる頭のない死体の背中を鞭でひと叩きする。すぐさま白の特攻服の上から血が多量に滲み出してきた。
「なら、早く片付けましょう……」
「よっしゃっ!んじゃまぁ……」
「楽しませて頂戴……」
「あっ!あたしのセリフっ!」
「ふふ、言ったもの勝ちよ香織」
何度見ても悲惨なものだ。シロは高台からその一部始終をスコープから覗いていたが、3人の元へと自暴自棄になったものや殺された親しい友の復讐のためにその3人を逆に殺そうとする者もいた。しかしそんなもの、あの3匹の獣はものともせずに無慈悲に殺していく。
優香はお嬢様のような優しい笑顔とは裏腹にその顔は狂気に満ちていた。ヨーヨーを男の両手にそれぞれ巻き付け、一気にヨーヨーを引けば男の両腕が綺麗に切断され、腕のみならず脚や首をも笑顔で切断していった。まるでそれは一輪の美しい華に獲物を誘い込み食す、食虫植物のように。
優香同様に香織も笑っていたが、優香と違うのはそのはっきりとした狂気に満ちた笑顔。優香のように裏のある笑顔とは違い香織のそれは直球的な狂気の笑みだ。そんな笑み浮かべながら彼女は容赦なしに自分よりも背の高く、筋肉量の凄い男でさえ沈めていく。鳩尾を何発も素早く殴り更には倒れた所で馬乗りになれば顔面を原型残さずに殴っていき相手がもう動かないと見るやターゲットを変えて同じように殺していった。その手際はまるで貧弱な子鹿を叩き潰し殺していくように。
逆にシエラの方は笑顔がなくとても真剣な表情をしていた。真剣、とはいえど無表情。無表情ながら鞭で脚に巻き付けたり腕に巻き付けたりして地面に叩き付けて骨を折ったり吹き飛ばし。そして時には初撃同様首に巻き付け叩き付けたりすればそのまま窒息死させたりと、軽やかに鞭を扱うその姿やその動きはまるで演奏者、或いは指揮者の如く美しい。
そして、mouthもまた彼女たちと似ていた。彼は常にマフラーで口元を隠しているため笑っているかはよく分からない。しかし、あの3人と周りを監視しながら逃げるものの頭を狙撃しているとき、それもヘッドショットに成功した時時折彼の口から子守唄にも似たようなものが聞こえてくる。
「……ding-dong……ドアを開けて………ここは、ど、こ〜……なーにも知らない〜……貴方はどこいくの……そーらはしれ……遠くまでー……」
(シロのやつ、また歌ってるな……)
「あらあら……」
(今夜はシロちゃん上機嫌ね〜……)
本人は無意識のつもりなのだろうか無線をオンにしている彼らには筒抜けである。しかし、3人は呆れることなく彼の口ずさむ歌にむしろのせられていた。そして3人もまた彼のことを「狂っている」と一言心の中で呟く。
────そして、暴走族の頭領を抜かした最後の1人である男の頭を優香がワイヤーヨーヨーで絞め、首を切断する。
終わる頃には3人とも私服が返り血塗れとなっていた。残された頭領は両膝を正確に撃ち抜かれているせいで一歩もその場から動けず、ただただ仲間が一人一人殺されていくのを見ていくしか無かった。その顔は怒りと悲しみが織り交ざり、復讐心とその場から逃げさりたいという感情が一杯で、「あ……あ……」としか声を出せずにいた。
香織はその膝立ちの彼の目の前まで行くともはや放心状態に近い顔を見ながら胸ポケットや特攻服のポケット等を漁っていく。探してる途中、彼の後ろに回り込んだ優香は左右のヨーヨーを彼の両腕に巻き付けた。
「別に、襲ってはこねーよ」
「あら、さっきそれで油断してたのは貴女でしょ?」
「けっ、そーですよ。ったく、まーた新しいの頼まなきゃならねーからDeathにどやされちまうよ……お、あった」
ちょっとした雑談をしながら彼のズボンの後ろポケットから見つけ出せばそれを自分のポケットにしまい、優香は拘束を解いた。
間もなくして2台のトラックが駐輪場の数メートル手前で停車する。トラックのサイドには「冷凍食品運搬用車」とでかでかと書かれてはいるものの、運転席とトラックの荷台の中からでてくる上下の青い作業着を着用した複数人の男女たちはなんとも怪しく胡散臭い。
「你好、今日は君たち3人なんだね」
深く被ったキャップを少し上にあげ、返り血塗れの香織たち3人に親しそうに狐目の中国人らしき男性が声をかける。
「相変わらず予定よりお早い到着だな、cleaner(掃除屋)」
「こんばんは、香織ちゃん。顧客は待たせないのが僕のモットーでね……あーあ、こんなに汚しちゃってもう。派手にやったなんてシロちゃんから聞いたけど……まさかここまでとはね。おーい、こっちの方を手早くおねがーい」
中国人の男は荷台付近に待機する部下か仕事仲間に手を振ってそう言えば片付けを開始させる。
この男の名は、王飛暗。cleanerと呼ばれる死体専門の掃除屋である。本人曰く永遠の20歳らしく、どうやら香織たちとこうして親しく話すということはかなりの付き合いがあるようだ。元中国マフィアの親玉として君臨していたが今では解散しその当時のファミリーでこの街のセントラルシティにある中華街で中華料理店を経営しているとのこと。死体専門の掃除屋といえどただの副業であり決してこれを料理に混ぜることはしない。恐らく彼に従い今作業している部下のような彼らもファミリーの一員なのだろう。
「こんばんは、シエラちゃんと優香ちゃん。今夜も綺麗じゃないか、真っ赤な血がとても良いアクセントを醸し出してるよ。もちろん香織ちゃんも、ね」
飛暗は本気なのか冗談なのかわからないそんな読み取れない表情でそういうと2人に小さく手を振る。シエラと優香はありがとうと返事するも香織はぺっ、と唾を吐き捨ててまだ生きてる暴走族の男を見た。
「こいつ、どーするよ」
『それ、は……掃除屋、に……引き渡す。Deathが、そうしてくれ、って……』
「あ〜らら〜……」
飛暗は彼の目の前に近づいて目線を合わせるためにその場に屈むと彼の目の前で手を左右に振って意識を確認する。その目は遅いながらも彼の手をゆっくりゆっくりと追いかけた。
「こりゃだめだ、警察に引き渡せばいいとこ精神病院で長年メンタルケアする事になるかサイアク自殺だね」
立ち上がればお手上げと言ったように右手をヒラヒラさせてまだ尚放心状態に近い彼から離れる。
「だから、Deathがあんたにそいつはやるってさ。まぁ……あたしが両膝撃っちまったけど」
「ほんとかい?それは嬉しいね、新鮮な内臓とか目玉とか手に入って高く売れるし本国のお客さんも喜ぶね、謝々」
そういうと懐からペンと1冊小さなノート取り出せばビリッと1枚取り、そこにサッサっと何かを書き込んでいく。
「え〜っと、ハンコ、ハンコは……っと……これでいいや」
地面に流れる大量の血を親指の腹をにほんのちょっと浸すとその親指を紙に押し付ける。
「はいこれ請求書。新鮮な内臓とか提供してくれたし今回の死体掃除は半額でサービスね、ふふん」
嬉しげに請求書差し出せば優香は丁重にそれを受け取り畳んで胸ポケットへと仕舞う。
やがて時間も時間でありながらシロの催促もあり3人はその場から去ることにした。「彼にもよろしく伝えといてね〜」と飛暗に言われシエラと優香は小さく手を振って別れを告げれば香織はそれを無視して疲れた顔をしながらバイクへと跨った。
「こちらStriker、そろそろ行くぜ」
『わかっ、た……13号線で、合流……する……』
「了解」
「さて、と行きましょうか」
言いながら先程使った鞭を腰のホルダーにシエラは納め、優香はヨーヨーをジャケットのポケットへと仕舞ってバイクへと跨る。
「優香、あたし腹減った」
「あら、定期報告しないと彼やほかの人たちが待ちくたびれて怒るわよ?」
「だぁーってめんどくせーんだもーん……優香の家で飯食っていこーぜ……」
バイクのハンドル部分にぐったり項垂れる香織の頭をシエラは優しくそっと撫でる。その温もりについ香織は「うー……」と、嬉しいのか嬉しくないのかわからない声を上げた。
「はぁ……仕方ないわね。定期報告終えて、この請求書と倉庫のキーを渡してから……私の家で食事しましょ?」
「なら、ついでに優香ちゃんの家でお泊まりしましょうか?シロちゃんも呼んで4人で今日の打ち上げみたいな感じで」
香織の頭をまだ撫でながらふと提案するシエラ。その提案に優香はそれもアリかも、というように考え込む。
「いつでもお泊まり歓迎でしょ、優香ちゃんは。アタシもいいかしら?」
「ええ、もちろんよ。お友達だもの、使用人たちに伝えておけば問題ないわ」
「決まりね。香織ちゃん、アンタはどうするの?」
「………………………………うん、いく」
撫でられ、答える余裕がないのか単に迷っていたのかそれでも香織はイエスと答えた。その可愛らしい答え方についつい両脇に位置を置く2人は香織を挟みながら笑ってしまう。
「だー!もうっ!うるせぇ、いくぞ!!とっとと報告して、とっととメシ!!」
がーっと喚き出せばミラー部分に掛けてあるフルフェイスのヘルメットを取り深く被った。その照れている可愛らしい一挙一動にまたも2人は微笑んで自分たちも深くフルフェイスヘルメットを被る。そして、3人同時にバイクのエンジンをかければ以前のような爆音は出さずに香織が先頭を走りその後ろを残りの2人がついて行った。
月明かりの下、残されたのは2台のトラックと大量に転がる死体と幾つも壊された改造バイク……そしてほんの数名の掃除屋とたった1人の精神異常者だけが取り残された。
────数日後、新聞の一面を「街最大の暴走族全員行方知れず」と書かれた記事が発表され警察も市民も、時津市街全体謎の脅威に怯えることとなっていった。