日常と共にある非日常
「大崎、そいつはクライマーだぜ」
静まり返った教室の雰囲気とは相反する口調で優也が言った。
「クライマー……?なんですかそれ……あ、ロッククライミングの得意な人達なんですかっ?」
頭の上にぽんっとハテナマークを浮かべ由佳は首を傾げる。
みんなの顔は違うと言いたいが、まぁいいよくある間違いだという感じに聞き流し生徒のひとりが彼女の頭の上に浮かんだハテナマークを振り払う。
「大崎が見たのは、黒のロングコートでデカイバイク乗って、骸骨のヘルメットしてたんだろ?」
「そうです……あ!1人だけ、ヘルメットじゃなくて、マスクでテンガロンハットを被ってました!」
「そいつがいるってことは明らかにクライマー達だな」
「あぁ、間違いないね。また出てきたとは、最近大人しかったのに」
いつものほほんとした利人も今回は少し表情が硬い。
「あ、あのー……クライマー……って、なんです?」
恐る恐る由佳は聞いて見た。
「その答え、私が答えてあげるわ」
教室のドアが開き、黒髪ショートで両手にピッチピチの黒手袋をつけた巨乳の女子生徒が入ってくる。
「「げっ」」
和明、優也、孝介の三人がその女子生徒を見ると声を上げる。とたん、女子生徒はジロッと三人を睨みつけた。
「なにかしら、居眠り和明君、部活のサボリ魔レギュラー孝介君、お気楽人間の脳筋優也君」
「んだとごらぁ!」
孝介がいきなり立ち上がり、どなる。流石の孝介もイラっときたようだ。一方の和明は目をそらし沈黙し、優也は笑ってごまかす。どうやら、二人は否定できないようだ。
女子生徒は孝介の怒号にも気にせず、鼻でため息をつくと歩を進めて由佳の前へと立った。
チラリ、と腕を見るとその腕には黒縁の風紀委員の腕章。
彼女はこのフラレシア学園風紀委員長・成城理名である。所属は経済学科の2年生で和明たちとは同い歳。
「クライマーは、この街にいる不良グループのひとつよ。確認されてるだけで7名、普通二輪を乗り回していることから年齢はおよそ17から20。週におよそ4回夜にこの街の至る所で出現。素顔も素性もわからないため、警察の手にも及ばない。彼らが出現した次の日には街のチンピラたちが数名、或いは数十名ボロボロで発見される、察するに街の勢力争いをしている可能性が高いわ。あなたがみた骸骨のヘルメット、あれはヘルメットじゃないわ」
「へ?でも、顔を全部覆ってたから……」
仁王立ちで説明する理名に由佳は見たままの様子を話す。
「あれは、ヘルメットに見せかけたマスク。顔を半分覆うのではなく顔を全て覆い、確実に顔を見せないようにしてる。かなり手の込んだやり方で、市販にも売ってないマスクだから誰かの手により作られたものね」
「おーおー、流石だな風紀委員長殿。一体どうやって調べ上げたんだ?」
相変わらずのバカっぷり全開の態度で優也は尋ねた。理名は再び睨むも優也はそんな視線に動じなかった。
「あくまでも憶測よ、あってるかはわからないわ……。あなたたち転校生二人」
敦史と由佳を指差し、鋭い声で言い放った。
「夜間の外出はなるべく控えなさい、この街には暴走族や札付きの不良たちが沢山いる。トラブルをなるべく起こさないためにも、協力して頂戴」
変わんねぇなぁ、と心の中で思いながら和明は目を細くして理名を見つめた。
この学園に入学した当初から彼女は規律などに厳しかった。この学園に風紀委員がないことを知ると、自ら風紀委員を立ち上げ、昨年から委員長を勤めているのだ。
「なにをみてるのかしら、和明」
和明の視線に気づいた理名は見下ろしたように和明を見る。
「いんや、さっさと本題話してくれねぇかなと思ってたところだ」
「…………」
「お前、そのことを話すために来たんじゃねぇだろ?本題は…………この匂い、煙草の匂いを完璧に消す強力スプレーだな?学園のどこかで誰のものかわからない煙草の吸殻でも見つけたか?」
「…………去年から変わらないムカつく男ね、藤倉和明……その全てを知ってるような瞳、全てを見透かす読心術。あんた、何者?」
怒りのこもった無表情で理名は尋ねた。その怒りのこもった声を感じ取った優也は笑顔を消し、孝介はイヤホンをした。
「いんや、俺はただの暇人だよ。暇人だからこそ、いろんな情報が勝手に入って、暇人だから人間観察をしてそいつのことを知る。それだけのことさ」
「……いつか、あんたの素性を暴いてやる」
「勝手に調べな、暇人で貧乏人から出てくるのはつまらないものだけさ……にしししっ」
普段なかなかしないイタズラの笑みを浮かべて和明がいう。
しばらくの睨み合いの後、理名は和明から視線を外した。そして、教室全体を見回す。
「和明君の言うとおり、学園の屋上で何者かの煙草の吸殻が見つかったわ。これは学園内でも由々しき事態、幸いこの学年には犯人らしい人はいないみたいだけど、犯人に心当たりなどがある人は風紀委員室へ来なさい。いい情報、待ってるわ……そして、クライマー達の情報や素性もね」
冷たい眼差しでそういうと踵を返して教室を出て行った。そんな理名をCクラスの生徒やこの教室で食事をしていた他クラスの生徒たちは彼女の後ろ姿を見送った。
「随分、あのクライマーとかいう集団にご執心なんだな」
ふと敦史が言葉を吐く。弁当を片付け机の上に肘をついた。
「恋心でも抱いてるのか?」
「そんなんじゃねぇだろうよ。理由は簡単さ、奴らに仕事を奪われたのさ」
「仕事を奪われた?」
「そう」
半年前からクライマーという存在が現れて以来、いろんなところの不良やチンピラがハンター達らしき手により警察に捕まっている。最初は迷惑行為を辞めさせ、公正させるために理名率いる風紀委員がいろんなところで不良集団を撃退したりしていたが、半年前から現れたクライマー達のせいでめっきり仕事も減ったのだ。クライマー達は、争った不良集団やチンピラ、果てにはギャングたちまでもボコボコにした挙句、次の日には街中に堂々と晒しあげて警察に通報するという手口を繰り返してる。
「一部の連中はアメリカ映画さながらのダークヒーローと言ってるみたいだぞ」
「まぁ……確かに」
その一方で、ハンター達は悪くないのではないか?と思われがちだが、クライマー達も不良さながらの行為をしている。ヘルメットに見せかけたマスクは交通道路法違反となり、中には煙草を吸うところを目撃した者も居るらしい。
ちなみに、クライマーという名前をつけたのは理名だ。英語で言う罪(crime)の意味を指す。
「あいつはなにがなんでもクライマー達を捕まえるつもりだろうよ」
「ふーん……」
あくまでも敦史は無関心だった。敦史の視線は和明を微かにジッと見つめ、彼の心にあったのは和明の謎の洞察力と観察眼のセンスである。
しばらくして予鈴のチャイムがなり全員足早に自分の教室や席に戻り授業の準備を始めた。
「下校の時間です、部活動をしている生徒は部活動を終了し、校内に残ってる生徒は帰宅して下さい」
完全下校10分前の放送がフラレンシア学園で流れる。部活動をしていた生徒たちは一斉に部活動をやめ、あるものは着替え、あるものはそのままの服装で帰宅をする。
帰宅する生徒たちの中に和明や孝介たちの姿もあった。
「部活動お疲れさーん」
肩を並べ帰宅する二人のところへと利人が近づいてくる。
「おう、利人も乗馬お疲れさん」
孝介が返事を返し、和明はハイタッチで返事を返す。
「教室からチラッとみたけど相変わらず上手いもんだねぇ利人ちゃんは」
冷やかしも兼ねて和明が言う。それに対し利人は首を横に振った。
「先輩には敵わないよ、俺なんてまだ扱いがまだまだ……」
そんな利人の態度に和明は少しむすっとする。
和明は少し変わった性格で、自分が相手を褒め、謙遜されるのが嫌いなのだ。しかし、それを知った上で利人は自分を謙遜している。
利人が所属するのは馬術部。利人の実家は牧場であり、生まれつき動物と戯れるのが好きでその中でも馬が好きなのだ。両親は牧場とともに乗馬クラブも経営しているとなればなおさら利人の馬術の才能もあるだろう。このフラレンシア学園へ入学出来たのも、たまたま経営する乗馬クラブへ来ていた馬術部顧問にスカウトされ、本人も馬術部があると知り試験を受けて見事入学を果たした。そして馬術部へと入り今は2年生レギュラーの一人だ。
「あれ?そういえば孝介部活は?今日サッカーないの?」
ふと孝介のほうへと視線を向ける。孝介はその視線に対し流し目で受け流す。
利人はすぐに理解した。この反応は昔から良くする「サボった」の反応だ。もはや馴染み深いこの反応に利人は気にせずやれやれと言いたげにため息を吐いた。和明といるということは大方放課後の教室で仲良くおしゃべりしてたのであろう。そう、利人は勝手に思い込んだ。
「お、あれ敦史じゃなーい?おーい敦史ー!」
教師と話していたのか、教師もそこにいた。利人が手を振り大声で呼ぶと敦史は教師に一礼し、教師は笑顔で返事を返すと別れを済ませたのか和明たちの元へと走ってくる。
「よ、今から帰宅か?」
「見ての通りさ」
敦史の質問に孝介が返す。即座に理解し、肩を並べて共に帰路に着く。
「先生となに話してたんだ?」
「……和明、わかるかい?」
利人の質問に対し、敦史は答えず和明に尋ねた。和明は対して考えもせずに即座に答える。
「大方、初日の学校の感想と生活状況の確認、あとは部活動のこととかだろ?」
「正解。ほんと洞察力あるな和明は」
「そーか?大体勘だぞ?」
「勘にしてはあたりすぎて怖い気もするよ」
会って一日として経ってないのに和明たちは既に仲良くなっていた。とゆうのも早く親しみを湧かせるために和明と孝介が、名前で呼ぶようにさせただけだ。最初こそ戸惑う敦史であったものの、何度か名前で呼んでしまえば慣れたものだ。この連中は親しみやすい、敦史はそう感じたのであろう。
「お前さんどっち方向?」
和明が信号待ちしてる最中に敦史に尋ねる。
「方向?」
「おう、家の方向だ。俺はリーフストリートのほうだけど」
「リ、リーフストリート?」
敦史が困惑したように頭にハテナマークを浮かべる。敦史の後ろにいた孝介がそのハテナマークを手で思いっきりはたき飛ばし和明はその光景に顔を引きつらせる。しかしすぐにもとの表情に戻り敦史に目線を戻す。
「この街は方向ごとにストリートがあってな。北のほうには街の中心部へと続く方角のセントラルストリート。南には俺たちの通う学園やら色んな学園があるスクールストリート。東には山へと続く方角のリーフストリート。街路樹が多いからそんな名前なんだがよ。んで最後に西は映画館やらボウリングやらカラオケやらあるレジャー施設の揃ったレジャーストリートがあるんだ。んで俺の家は東にあるリーフストリートを抜けた先だ」
長々と説明する間に四人はすでに信号を渡って、スタスタと歩いていた。
「俺はセントラルストリートのほうだ」
孝介はそういうと街の中心部にあるであろう高いタワーを指差す。
「俺は和明と同じリーフストリート。親が牧場やっててさ、山の上まではいかないけど少し奥に進むんだ」
「あぁ、そういうことか……なら俺はセントラルストリートだ。学園へ向かってまっすぐ進んで来たのは覚えてる」
「なら、間違いねぇな。俺と同じセントラルストリート方面だ。もうすぐ進めばストリートの分岐点、そこでお別れだな」
「だね」
午後07:00
四人は沢山の仕事や学校終わりの人々や車が行き交う大通り、各ストリートの分岐点である、オリジン交差点へと到着する。
「んじゃま、お別れだな。またな、和明、利人」
「おう、じゃな。孝介、敦史。気ぃつけて帰れよ」
「まったねー」
和明が言い、歩いてゆくと利人は小さく手を振り和明を追う。その別れ際の利人に敦史は手を振りかえした。2人を見送ると孝介と敦史も歩を進める。
しばらく歩くと孝介が敦史に尋ねた。
「そういえば、お前虫苦手なのか?」
「なぜ?」
「今朝教室で席につこうとしたとき虫に驚いたとかいってたじゃん?」
「あ、あぁ……虫に驚いたというか、なんというか……」
「ん?」
突然言葉を詰まらせたような表情をする敦史に孝介は視線を移し聞き返す。
「虫に驚いたんじゃなかったのか?」
「え、あ、いや。虫は苦手……とかじゃなくて、ただ急に来たからビクッと……」
と、慌てて敦史は言う。
「なんだ、んじゃやっぱり虫か」
そういい孝介は前へと向き直る。結果的にはまだ誤解は溶けてないが流石に面倒になってきたのか敦史は笑って誤魔化した。
「あはは……はは……ん?」
途端、敦史は足を止めた。それに気づいた孝介も足を止め、「どうした?」と尋ねる。
敦史の遠い視線の先を見ると、バイクが1台大きなエンジン音をさせ爆走して道路を走ってくる。特に害を与えるような風はなく、ただ道路を爆走してくるだけだ。しかし、普通のバイク乗りとは様子は違う。
「まさか、あれは……」
「間違いねぇ、遠目でも見えるよ」
2人は途端に確信した。遠目でも認識できる黒のロングコート、そしてヘルメットではなく骸骨のマスクと思しきものを被った姿。更には250ccはあるアメリカンバイク。間違いなく今日の昼休みに話していたクライマーと呼ばれるメンバーの一人だ。
歩き出し孝介は言った。
「目合わせんな、不良と関わるとろくなことがねぇよ。それに、素性のわかんねー不気味な連中だったら尚更だ」
「分かってるよ」
面倒ごとの嫌いな孝介の警告に敦史は当然のような返事を返した。どうやら敦史自身も関わるのは御免らしい。
そして、そのバイクが爆走しスタスタと歩く2人の横を通り過ぎた瞬間、敦史はチラリとそのバイク乗りを見た。
瞬間、そのバイク乗りは爆走しながらすれ違いざまに敦史へとその顔を向け、瞬時にして前へと向き直った。
「……!」
敦史はそれに驚き、その驚きを隠せないまま信号を無視して走り去るハンターの背中を見つめてた。
(俺の視線に気づいた……?いや、瞬時にあんなことが……たまたま振り向いただけじゃ……)
その帰り道、敦史はまるで命でも狙う死神や悪魔にウィンクでもされたかのように気が気ではなかった。