クライマー
「転校生?」
いつもの朝、朝食のカレーパンを教室で頬張りながら優也がきょとんとした顔で孝介を見返す。
「うちのクラスに二人来るんだとさ、男女でな」
「こんな時期にか?普通夏休み終わりや学期の始まりに来るもんだろ」
時は5月の中旬辺り。中途半端な時期の転入生に優也は違和感を覚えた。
確かに優也の言うとおり、こんな時期への編入はおかしい。基本的に編入は学期の始めなのが当然。
「こりゃ、なにか訳ありかもよ?」
利人が背をもたれながら話に割って入る。
「なんにせよ、和明待ちだ。あいつならなにか知ってんだろ」
「なんで和明」
すぐさま優也は疑問を抱く。
「あいつ、案外いろいろ知ってるからさ。この前なんか、抜き打ちテストのことを教えてくれたのはあいつだぞ。こっそり行うはずだったけど、なぜかそのことを和明が知ってたし」
「あ、俺もなんか一回あったな。前に畑荒らしする近所の不良たちいただろ?」
「いたな、そういえば」
優也がゴミ箱にゴミを見事シュートしながら、利人のいう畑荒らしを思い出した。
先月、夜中に農業科の畑に何者かが侵入し荒らす事件が数日続いていた。
「その不良たちのよくたむろしてる場所教えてくれてさ、風紀委員の連中連れて行ったらビンゴだったんだ」
「風紀委員って……あいつらか……」
悪寒を感じた孝介が背中を微かに震わせる。
この時点で孝介たちは、和明が情報屋なのかとか疑い始めた。
(情報屋なら……マネージャーのスリーサイズ知ってるかも……)
(いろいろ知ってるなら、遅刻してもバレない学校への侵入場所知ってるかな……)
「お前ら今絶対まともなこと考えてないだろ」
「「まっさか〜」」
優也と利人が同時に言う。そこがまた怪しい2人であった。
「んで、その和明はどこなんだ?」
優也が話題をそらすように教室を見渡すと和明の姿は一切無かった。普通ならすでに教室に入り、眠りこけているはずだ。
「部活だとよ」
「部活ぅ〜?」
意外そうに優也は聞き返す。
「あいつ部活なんかしてたか?」
「去年からずっとやってるよ。忘れたのか?」
「………………なんだっけ」
ちょっとした優也の天然に孝介は少しズコッとこける。そして小さな咳払いをして姿勢を整える。
「軽音楽のボーカルだよ、あいつは」
「あ!そうだった!」
思い出したように優也が声を張り上げた。
「でも、忘れるのも無理はなくない?だって……あいつ歌が下手で他のバンドグループから省かれてるんでしょ?」
利人が少し心配そうな顔をして言う。
和明の所属する軽音楽部はバンドやるのに人数は充分で、一年生、二年生、三年生でそれぞれバンドグループは二つずつある。しかし、バンドグループの生徒たちは和明の歌は下手と判断してどのグループからも外しているのだ。噂では、三年生と二年生のグループは下級生の後輩たちに、和明の歌が驚くほど下手と伝え、下級生のグループにすら入れないよう言っているらしい。
「実際、その歌を聞いたことがあるのか?他の連中は」
「軽音楽の連中は聞いたって言ってたぞ、後輩も聞いたことがあるらしい」
そんな独り身で軽音楽部になぜ和明はいるのか、一度孝介が聞いた時和明は
「馬鹿野郎、今は認められなくてもいつかは絶対認められるさ。俺はそれを信じてる」
と、笑顔で言い放ったという。
去年からこんな待遇を受けている和明は、今でも朝練で誰もいない時に一人で練習してるらしい。
一方の顧問はどんなことを思っているのか?それは知ることが難しかった。顧問の教師は体が少し弱いがために放課後の部活には参加せず病院に通いながら次の日に活動内容だけを部長から聞いているのだ。
「あいつはポジティブっつぅかなんつうか……」
「ポジティブ過ぎやしないか……?」
利人と孝介がふとそんなことを言ってると
「悪かったな、ポジティブでよ」
「「どわーっ!?」」
突然現れた和明に二人ともつい驚いて大声をあげてしまう。一方の優也は笑顔で「よぉ」と挨拶をしていた。どうやら優也は和明が居たことは気づいて居たらしい。
「おまっ……突然現れるなよ!」
「いいだろうが、利人はホントビビリだなぁ……流石女系男子」
「うるせぇ!」
(ま、全く気づかなかった……こいつどんだけ気配薄いんだ……)
「孝介お前絶対今失礼なこと考えてるだろ」
「っ…………」
図星をつかれ、つい言葉を詰まらせてしまう。
「ま、いいや。ところで朝から俺の話題なんて穏やかじゃないなぁ、またなんか俺をからかうネタでも見つけたか?にししっ」
孝介の形に肘を乗せて笑う。なんとも憎めない笑顔だろうか。
「いやさ、新しい転校生のことで聞きたいことがあんだよ」
少しもたつく孝介に替わって優也が和明に尋ねる。
「転校生?あぁ、あの二人のことか」
やはり和明は孝介の言うとおり転校生のことを知っていた。
「この中途半端な時期に転校生っておかしくないか?それでなにかわけありなのかと思ってよ」
「それで俺に聞こうとしたんだな。まぁ、知らないことはないが……特に訳はない、片方は親の急な転勤、そして片方は親の再婚をきっかけにここに転勤さ」
言いながらもっていたカバンを机の上へと下ろす。
「なんで知ってんだよお前はそのことを」
「今朝学園長と話してた。両方ともうちのクラスに来るらしいから仲良くしてやってくれだとよ」
「マジか。てか、なぜ両方ともうちのクラス?」
「うちのクラスは他のクラスより数名人が少ないからなぁ……納得だ」
「流石我がクラスの天才委員長、市河孝介。話が早くて助かる」
そんなことを言ってると、HR10分前の予鈴が鳴り響く。
孝介たちはお互いの席に戻って、支度を始めた。
「フラレンシア学園に親の転勤でこの度新しく転入してきました、宮崎敦史です。よろしくお願いします」
HRの時間、転校生たちの自己紹介をしていた。
宮崎敦史と名乗る青年は170もある身長で礼儀正しく礼をすると一歩後ろへ下がった。
そしてもう片方の転校生が一歩前へでて自己紹介を始める。
「あっ、あの……新しく転入してきました、大崎由佳です……よっ、よろしくお願いします!」
背の低い、大崎由佳という女子は深く頭を下げて顔を少し赤くしながら後ろに下がった。
((なんだこの可愛い転校生は……!))
((なにこのイケメンな転校生……!))
男女ともに心の中はどうやら満足なようだ。それを見ていた孝介と和明はアイコンタクトをすると、だめだこいつら、といいたげな表情で首を横に振った。
転校生二人は担任のいう席へと移動する。由佳は優也の近くの横の席で、敦史は和明の斜め後ろの席、一番後ろの窓際へと向かって歩いた。
「あっ、あの、よろしくお願い……します……」
「よろしくなっ、俺は陸上部の望月優也。勉強でわかんないとこは聞いてくれていいぜ」
親指を立てて笑顔で言うと、由佳はよほど恥ずかしかったのか顔を再び赤くして目をそらした。
(あり……俺なんか変なこと言ったかな)
敦史は和明の横を通る寸前、和明の方をチラッと見た。その視線を感じ取ったのか和明は無表情な敦史に微笑んで返した。
「っ!!」
ガタッ
その瞬間、敦史はいきなり身構えて少し後ろへと下がった。
「へ?」
思わず和明はアホな声を出してしまう。なにが起きたかわからない生徒たちは和明と敦史を交互に見た。
「どうした、宮崎?」
不思議そうに担任教師は尋ねる。教師自身なにが起きたかわからない。
「……いえ、なんでもありません。虫が急に飛んできたので驚いただけです……」
「おう、そうか。女みたいなところあるな。まぁいい、早く席つきな」
「はい、すいません……」
敦史はそう返すと、再び歩き出して席へと向かう。
「……………」
「じゃあ、授業始めんぞ〜」
その場は事が収まり、生徒たちは黒板の方へと向き直した。
(……俺、なにか変な笑顔だったのかな……)
少しショッキングで落ち込む和明出会った。それを察した孝介が口パクで、ドンマイと和明に向かって言った。
しかし、ただ一人由佳は和明の存在に違和感を覚え、和明の背後になにか見えた気がした。だが、目をこすると何もなく、気のせいだと思い自身も授業を受けるために黒板の方へと視線を向ける。
午後12:25分
生徒たちには最高の至福の時間。昼休みだ。
転校生の二人は孤立することなく、クラス内で楽しく食事をしている。由佳は女子たちと食事し、敦史は和明や孝介たちいつものメンバーたちと食事をしていた。
「へぇ〜、じゃあ由佳はお父さんが再婚して、またこの街に戻ってきたんだ」
由佳はクラスの女子でムードメーカーの一人の副委員長である綾瀬奏衣とトークを楽しんでいた。
「は、はい……数年前にお母さんが病気で亡くなって……。昔、私がだいぶ小さい頃この街に住んでたんですけど、先月結婚してまた帰ってきたんです」
「てことは、この街はある程度知ってるわけなんだ?」
「はい、週末に弟とみて回ったので……」
「残念だなぁ、いろんなところ回って街案内してやろうと思ったのに」
顔ではがっかりしながら、口ではニヤニヤと笑う奏衣。
「やーめとけやめとけ、そいつとの街歩きは大変だぞ〜」
「ふぇ…?」
「なによ、孝介。こんな純粋な心の女の子にデタラメ教えないで頂戴」
「デタラメなもんかよ、お前の買い物にあちこち振り回された男子も女子も何人もいるんだぞ。忘れたなんて言わせないからな」
「ぐぬぬぬぬ……」
悔しそうな顔で孝介を見返し、睨みつける。しかし孝介はそんな睨みを無視して野菜ジュースを飲んだ。
「……くすっ」
すると、由佳は二人のやりとりを見て笑った。
「なによ〜?あんたも私をバカにする気〜?」
「そんな!違います……その、皆さん優しい人たちでよかったです。本当は、怖かったんですよ……転校して、しっかり挨拶できるかなとか……」
「心配しすぎだって、俺たちはこの学年の中でも超仲のいい連中ばかりだ、そんな怖がるなよ。なぁ、委員長さんよ」
和明が、野菜ジュースを飲む孝介のほうへと視線を送る。
「ん〜……まぁ、そんなとこだ。はじめは誰だってそう、緊張するさ。でもよ、その緊張ほぐすのがクラスメイトのすることさな」
「ひゅうー♪真顔でクサイ台詞言えましたなぁ」
ケラケラと和明は笑い、孝介をからかう。
「でも、怖かったのには理由があって…………」
「なんぞ?話してみい話してみい」
おっさんくさい雰囲気を漂わせながら、奏衣がニャンコ顏で言う。
「実は……昨日夜に目が覚めて、今日のことが不安で眠れなかったんです……それで、外を見てたらバイクのうるさい音が聞こえて来て……暴走族かな、とは思ったんですけどよく見たら7台のバイクが走ってて……こんな暖かい季節なのに全員黒のロングコート羽織って、骸骨のヘルメットして走ってたんです……」
とたん、クラスがしーんと静まり返り、誰もが食事の手を止めた。それを見た由佳は自分がなにか悪いことを言ったのかと思いあたふたとし始めた。