quest.8 液状生物《スライム》
俺のもといた世界。さらに言えば日本。俺の単なる思い過ごしという可能性もあるが、某RPGの影響かだれもが一番はじめの雑魚敵と言えばスライムを思い浮かべた。
それは俺も例外ではなく、やはりはじめはあのプヨプヨした愛玩動物をバッタバッタと斬り倒していくものだと思っていた。
アリアの魔法によってステラの町路地裏から数分、たどり着いたのは予定通り森の入り口だった。それはどこかはじめのダンジョンというものを思わせる、ビギナーといった初心者オーラをぷんぷん放った場所だった。
てかこれ本当、俺なんか行けそうな気がする。いやフラグとかそういうのじゃなくて。
俺はゴミの山で拾った我が剣をしっかりと握って、空を仰ぐ。
鳥も飛んでいない。森の奥も暗いし、なにかあるのだろうか。これもまた、ダンジョンっぽくて尚良い。
「合流地点はこの森の奥だったよな」
「あ、はい。ここレーゼの森のしばらく進んだところにある小屋です」
なるほど。
てか、なんかアリアがまた妙に畏まっている気がするが、俺何かしたかな? いや、いくら考えようとも答えは出てきそうにないので考えるのをやめる。
「よし、行くか!」
「はい!」
ここまではアリアの力を借りた。ここからが、俺の仕事だ。ボディガード。俺はそのためにこの少女に付き添ってここまできた。他にすることなんてない。たとえこれが魔王退治までのシナリオの中の一ピースだとしても、紛れもない俺の時間だ。
それに、ここにはもう一つの目的もある。慎重にかかろう。
それからしばらく。
足元にあるのは、当たり前だが土と草、それと石も少々。周りを見渡しても視界に入ってくるのは悠然として生い茂る木々ばかりだ。まれにさまざまな色彩を見せる花もあるが、基本的には木ばかりである。
なんだろうか、このこれじゃない感は。俺はもっとこう、ファンタジックで幻想的なものを期待していたのだが。そうでなくとも、もっとあるじゃないか。世にも珍しい草花の一つくらいあってもいいじゃないか。これなら元の世界にあったどこかしらの森のほうがよっぽど雰囲気でてると思うぞ。
まったくどれだけ歩いても魔物なんて出てこやしないし、やる気あんのかこの森。
「なぁアリア、この森は魔物が出るから危険だとか言ってたよな」
だから俺はあんなに張り切っていたのに、これでは馬鹿みたいじゃないか。
「はい。この森では時折魔物が姿を見せるので注意して通らないといけないんです」
「それってさ、どのくらいの危険なの?」
「えっとですね、一時間に一匹か、運が悪いと二匹ほどだと聞いたことがありますから、大体危険度Gくらいでしょうか。それでもまだ遭遇していないということは、私たち運がいいですね」
「ほぉー」
危険度のことはこの世界の人間でない俺には良くわからない。だが唯一つわかることは、俺がどれだけ馬鹿な状況に立たされているかということだ。
運がいい? 違うな、むしろ運が悪い。二匹と遭遇したから運が悪いなんてそんなことはない。むしろそれ以上に嬉しいことはないだろう。
何度も言うが俺には戦闘経験もくそもないのだ。それはつまりここらの一番レベルの低いところで経験をつまなくてはこの先まずいということだ。これは本当に詰む。だから頼むからスライムでてきてくれぇぇぇ!!!
「……イチノセさん、なんかすごく深刻そうな顔をしていますけど大丈夫なんですか?」
え? そんな顔してるの俺今。
「ああ、大丈夫だ、問題ない」
この台詞を言うにあたって若干声の調子が低くなる。おそらくこのネタは彼女には通じていないのだろうが、それでも少し恥ずかしかった。自分でやったのに。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ああ、本当に大丈夫だから」
あまりの恥ずかしさに俯いてしまった俺にアリアが本気で心配の声をかけてきた。こいつ結構純情だな。なんだかこっちが必要以上に汚く感じるよ。もう。
それからしばらくまた歩く。なんとも無駄な時間な気がするが、それでもこれも仕事だと思って、我慢するとしよう。
――と、思ったときだった。
ガサガサと茂みが揺れたのだ。その音にもう俺はもう舞い上がっちゃって舞い上がっちゃって、ふー!!! 来たよ来たよ、やっとご登場だよ。
期待を乗せた眼差しで茂みを向き、尚且つ剣を強く握る。そしてじっと、獲物のご登場を待つ。アリアも勿論うしろの方で待機している。
もうこっちは準備万端だぜ? いつでも来い!
ガサガサ。
もう一度茂みが揺れる。それとともに俺は飛び出した。アリアは守られる側だから今回は前に出ない。すると……、
「う、うさぎ……」
揺れた茂みから出てきたのは、一羽のウサギだった。これがバラエティー番組か何かだったら、きっと今のでキャストの全員がこけているだろうな。
「なんだよ、驚かせやがって。ただのウサギか……」
なんか、よくありそうなシチュエーションだな。茂みから獲物が飛び出してきたかと思ったら実はまったく別の普通の生物で……ってあれ、でも、何でこのウサギ動かないんだ……?
そのウサギは茂みから出てきて一度も身体を動かしていない。――何かがおかしい。
「これは……」
――やばい奴だ。
ガサゴソと、今度は先ほどのものよりもゆっくりと音が聞こえる。そしてそれとともに降りる薄っすらとした影。アリアの顔に驚きの色が浮かんで見える。
――飛び出してきた『ウサギ』の形が、溶けてなくなった。
「っ!!」
背後から迫る影が一瞬にして肥大し、そして一気に飛躍した。先ほどのウサギは獲物を誘うための罠だったのだ。
これは空を見上げる時間なんてない。俺はわずかな隙に一気に踏み込んで、奥の茂みまで前転した。
そして次に音が聞こえる。強力な酸で物体の溶ける音だ。だがそれは、学生が化学の実験で発てる音とは比べ物にもならなくでかい。
俺には魔法は効かない。だが物理的攻撃は通用する。あまり下手なことはできないな。
「てか……」
俺のいた場所の土や石をどろどろに溶かしたそいつに、今目を向けているのだが、
「こんなのありかよ……」
緑色で、半液状で、ねばねばしていそうなそいつは、まるで……
「スライムでかっ!」
しかも普通に強そうなんだが?! これはいささか、不味いかもしれない。
次から次へと辺り構わず溶かしまくるスライム。アリアには遠くまで避難してもらっているからいいが、それでもいつか危険が降りかかるだろう。文字通りの意味で。
だからそれまでに決着をつけなくてはならない。だが、一体どうやって……。魔法を使えれば簡単に倒せるかもしれないが、あいにく俺にはそんな便利チート使えない。できることと言えば、剣で斬ることくらいだ。
「どうしろってんだよ……」
考えろ、考えるんだ。答えはそう遠くにはないはずなんだ。確信はない。だが、俺はこんなところじゃ終わらない。
だが、剣を当てたらそこで勝負は負けで終わってしまう。
――その時、俺のポケットの中で携帯が振動した。例のごとくメールを受信した合図だ。まったくなんだよこんなときに。いやもしかしたら大事なもんかも知れないからとりあえず見るけどさ。これでくだらない内容だったら殴り倒してやる。
俺は軽くスライムと距離をとると、ポケットから携帯を取り出してメールを確認した。アリアには死角になる位置で。
無題
from:
『クリア』
「……クリア……?」
送り主不明のメールの文章を見て、俺は呟いた。
刹那、身体中の力がいささか削り取られたそうな錯覚を覚える。それとともに、目の前にいたスライムが身体の時を止めた。なぜだか、溶解音も聞こえてはこない。
俺はこの状況に意を決して剣を構え、前へと出て行った。布に巻かれた柄を握り、刃を敵へと向けて、そして腰を下ろし剣を思い切り引いて――敵目掛けて斬り上げた。
「はあああぁぁぁ!!」
――っ!!
確かな手ごたえがある。物を斬った。そうとしか言いようのない感覚だ。
それは確かだったようで、先ほどまでどろどろと動き回っていたスライムが、今はもう静止して真っ二つになっている。切れ目の中心には赤い核のようなものがあり、それが急所だったのだろう。
にしてもあれは、魔法か? いやでも、女神の言う話だと俺に魔法を使うのは不可能なはずだ。だとしたら一体何が……? まだまだ情報が足りないな、これからもっといろいろ調べていかないといけないか。
とりあえず今は、貴重な戦闘経験をつめたことを素直に喜ぶとしよう。
「アリア、遅くなったが終わったぞ」
「はい、ありがとうございます。それにしても、イチノセさんは本当に強い魔法を使うんですね!」
無駄に目を輝かせてアリアが言う。だが残念、俺のは魔法なんかじゃないんだな。でも、真実を話すのはタブーらしいから、魔法ということにしておくが。
「いや、そうでもないさ」
苦笑いで返す。
もうアリアの合流地点もそう遠くない。急ぐとしよう。
またしばらく更新しないかもです。
ごめんなさい;