quest.7 休憩《ブレイク》
そういえば、女神からのメールが届いていたはずだ。時間もあるし、それを見るとしようか。アリアも奥の方で休んでいるし、勿論他に人などいない。
(それじゃ、見てみるか)
ポケットから携帯をとりだし、メールの受信ボックスを確認する。
というか、この世界は豊かなくせして、文明がしっかりしているくせして、機械技術なるものがまるで見当たらない。まさにファンタジー世界といった感じだ。
おそらくは魔法の力で文明を発展させていったのだろうな。その過程で技術の進歩がなかったというだけだろう。
まぁ、それでもまわっているのだからいいのだろうな。
いい加減話を戻すとしよう。
俺は受信ボックスの中の、一つしかない新着メールをそっと開いた。
無題
from:
『魔法について、というか、あなたに魔法が効かないわけ、でしたね。
それについては、少々小難しい話になります。
まず、大前提なのですが、この世界の魔法の力をもってしても、無から有を作り出すのは至難の技、いや、ほとんど不可能なのです。そこで、魔法の力を魂に干渉させて、この世界では魔法としているのです。
これについては発動、着弾ともにどうようで、発動畤には術者の魂に術者の魔力を干渉させ、そのうえで対象に干渉させることで、実体化具現化しダメージとなるのです。
そして、あなたに魔法が効かない理由ですが……まぁ、ここまで来ればわかるかもですが、あなたの魂は、あなたの中にあるようでないのです。強いて言うなら、肉体と精神はこの世界に、魂だけはもとの世界に、といって感じですかね?
ですからあなたには治癒魔法の類いも効果がないので、気を付けてください。』
以上。
なるほど、大体わかった。
つまり俺個人にチート級能力はないが、実質俺は魔法が効かないというチート級のステータスを誇っているわけだ。
でもまぁ確かに、回復の類いも効果がないのは少し痛いか。こんなファンタジー世界で一ヶ月、魔王を倒すために冒険っぽいことをしなくちゃいけないのに、魔法による補助が受けられないのは辛い。
それに今は武器すらないし、防具もない。まぁ、防具に関しては魔法無効ステータスがあるからいいが、いや、おそらくこれも万能ではないのだろうが、武器に関しては本当に問題だ。以前にも言ったが、俺には武術剣術の心得なんてありゃしない。この世界のガチバトルで生きていくには、少々分が悪い。
「あぁ……。どうすっかなぁ」
ため息混じりに呟く。
アリアには見られないように彼女の位置を確認してからメールを見ていたのだが、その必要もなかったかもしれない。ふと見てみると、隅の方の空いたスペースで彼女はぐっすりおやすみ中だった。
てかおい、そんなところでよく眠れるな。俺なら絶対無理だ。
いや、もしかしたらそれほどまでに疲労していたのかもしれないな。安心したようにわらって寝てやがる。
どうやら、あまりアリアに魔法を使わせるのはよくないみたいだな。今後は気を付けよう。
おそらく、そうなれば俺がボディーガードとして彼女を守らなければならなくなるのだろうが、ここで武器の問題に戻る。
武具を揃えようにも、メールにあったヒントの《青いフード》は今ここにいる。貴族である彼女なら、確かに金は持っていそうだが、しかし今は追われる身、そう簡単に買い物などできないだろう。
これは……若干詰んでないか?
ため息混じりに思う。
「……ん、ふわああぁぁぁ……」
「ん?」
路地の隅から不思議な声が聞こえる。いやまぁなんだかわからないわけでもないが。
アリアのあくびだ。そんなこと誰かに言われるまでもなくわかる。いや、実際は俺たち以外いないわけだから誰に言われることもないが。
「なんだ、寝てたのか」
彼女の身長の所為か、小さくあくびをする姿はとてもほほえましい。
「ぁあ、おほようございます」
寝ぼけた調子でアリアは答えた。
そして、霞む目を擦りながら、ふとした質問をアリアは投げ掛けてきた。
「前々から思っていたのですが、マコトさんは本当にこの国の言葉がお上手ですね?」
あぁ、ま確かに普通な考えたらそうなるわな。……っかマコトさんって……。あでも苗字が後に来るみたいだからそうなるか。少々気恥ずかしいが(なんか新婚みたいで……)、まぁそれがここのルールなら従うしかあるまい。そもそもこの世界からすれば、名前を逆さに伝えた俺が悪いのだ。
……だが、そこで引き下がらず真名を伝えるのが、俺なのである。真だけに。
「あー、アリア……さん? 俺の名前なんだけど、真が名前で、一ノ瀬が苗字な。俺の国だと名前の読みが逆なんだよ」
「え!?」
アリアが驚愕の表情を浮かべ、たかと思うと途端に顔を真っ赤に染めて俯く。
おいおいどうした。いや、どうせまた訳のわからん理由なのだろうが、訊いたらまた気まずくなりそうだ。いや、勿論訊くが。
「どうしたよ?」
あえて真顔で尋ねる。
「だって、だってですよ? それじゃ今の呼び方、まるで新婚さんみたいじゃないですか!」
おぅ……。
まさか、アリアと脳内同レベルということなのか? いや別に下に見ていたとか、バカにしているとかではないのだが、時折お馬鹿な様子を見せるし、なによりあいつがおつむ弱かったからか、どうしてもショックを受けてしまう。
「ど、どうしたんですか、すごい嫌そうな顔して。もしかして、私と結婚するのはそんなに嫌ですか!??」
恥ずかしがっていると思ったら突然ものすごいショックを受ける。情緒不安定かよお前。しかもショックを受ける方向がおかしいし。
「別になんでもない。ていうかなんでアリアと結婚するのかがわけわからん」
「そんなぁ〜」
あぁ……なんだろうかこのぐだり具合は。このままで本当にこの先やって行けるのか。
「それよりも、しばらく寝てたみたいだし、体力の回復はできたのか?」
俺は話を本題に移そうとする。だって、茶番だろうこんな話。
「それは、はい。魔法を発動させるのには問題ないです。でも、完全ではないので合流地点までは行けませんよ?」
「問題ない。とりあえず今はこの町を安全に脱出できればいいんだ」
そう、そうすれば時間も稼げるし、なによりこの世界での経験が積める。RPGの初期町付近はスライムの巣窟と相場が決まっている。戦闘経験が皆無な俺にとっては、この行程は必要不可欠だ。
それに、つい先程ゴミの山に今だ使えそうな剣が落ちていた。なんか格好良かったので拾ったが、これで戦えそうだ。
「わかりました。それでは、森の入り口までいきましょう。今の私に行けるのはそこまでです」
「わかった。頼む」
それから、アリアがまた少し眺めの呪文を詠唱する。それと共に現れた魔方陣の上で風が俺たちの周りに集まり、そして少しずつ浮かせていった。
「行きます!」
アリアの掛け声と共に、路地裏から一瞬で空へと飛び上がる。次第に遠ざかる町の景色に体が震えるが、二回目にもなると少し慣れが生じていた。