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「ひみつ」  作者: 名無し
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22−2 達也

 夜景を見終え、帰りの車内には、沈黙が流れていた。お互い、考えることがあったのかもしれない。それとも、俺の抱える心の中の葛藤が、美香にも伝わってしまったのだろうか。


 家にたどり着いて、玄関先で靴を脱いで上がると、後ろから美香が抱きついてきた。やはり不安がらせてしまったのかもしれない。俺は何も言わずに、振り向いて美香の頭をよしよしと撫でてやった。下手な言葉より、こうして態度で示してやった方が美香を安心させられると思った。


「お兄ちゃん」

「ん?」


 美香が縋るような声で俺を呼ぶので、できるだけ穏やかな表情で答えてやる。すると美香は言葉に詰まってしまったようだった。


 こうして俺を見つめてくる愛しい妹を、また部屋に連れ込みたい気持ちはないわけではなかったが、昨日睡眠時間を奪った上に、今日遅くまで連れまわしたのだ。美香も疲れているだろう。それに、今日星空の下で味わった背徳感がまだ残っていて、ためらわれたのもあった。結局、美香を早く休ませるのが一番だという結論に到達した。


「美香、もう遅いから。先に風呂入っていいよ。今日は早く寝た方がいい」


 なだめるように言ったら、美香が一瞬泣きそうな顔をした。今日も一緒に寝ると言い出すかと思ったが、美香はそのまま風呂に向かっていき、そうして寝る時間になると素直に部屋に入っていった。


 拍子ぬけ、というか。胸の空虚感を感じた。つまりは離れたくなかったのは俺の方だった。美香に触れたいという気持ちよりも、この苦しさにも似た感情を埋めて欲しかったのかもしれない。ふとしたときに、兄妹という重たい言葉が心を圧迫して来る。夜景を見ながら感じたのもそれだ。

 

 そんなことを考えながら、一人きりの部屋で、もしかしたらと思い寝らずに待っていた。すると、望んだとおりに、真夜中に部屋の扉がノックされた。美香が来てくれたことを、俺は内心喜びながら返事をする。恐る恐る入ってくるその仕草さえ、愛おしい。


「一緒に寝てもいい?」


 遠慮がちな美香の声に、俺は頷いて答えた。近づいてきた美香を布団に入れてやった。けれどさっき到達した、美香を休ませるのが一番だという結論を忘れてしまった訳じゃない。今日は、俺の態度で美香を不安にさせてしまったから、美香はここまで来たのだ。そんな美香を俺の勝手で抱くのはよくない。それに昨夜に続いて今日も、となると、このままずるずると、毎日なし崩しのようになってしまう。それは避けたかった。


 頭の中でそんな考えたちをぐるぐると廻らせ、今日はただ美香を抱きしめるだけで一緒に眠ろうと決めた。腕の中にいる美香は暖かくて、複雑な気持ちもあったが心は満たされていた。


 けれどその不安定な均衡は、ちょっとしたことですぐに崩れた。美香が突然、ぎゅっと抱きついてきたのだ。思わずびくりとしてしまった。必死で自分を保っていた状態だったのだ。美香は男というものをわかっているのだろうか。このときばかりは無垢な美香を恨めしく思った。


 一瞬自分に抵抗したが、結局は無駄だった。俺は諦めのため息を吐いて、美香にキスをした。触れるだけの短いキスを何度かした後、次第に深く口づける。美香の唇を割って入り、口内を蹂躙していくと、美香がうっとりとした表情で俺を見ていた。そんな顔をされては、正に火に油状態だった。突き動かされるままに美香に触れ、小さく音をたてて唇を離した。


「なしくずしみたいで、今日はやめとこうと思ったのに……美香のせいだよ」


 俺が困って言うと、美香はなぜか笑いだした。けれど笑う理由がわからない。これからされることをよくわかっていないのだろうか。


「こら。わかってるのか?」


 少し怒ったような口調で言ってみても、美香は幸せそうな微笑みを崩さない。こうして俺を受け入れてくれることに、幸せを感じる。美香を抱いていると、身体だけでなく心までも満たされていく気持ちがする。俺をこんな気持ちにさせるのは美香だけだ。ずっと一緒にいたいという思いは、日に日に増していくのだ。それと同時に、消えない背徳感も増していく。それだけが辛いことだった。


 そうして溺れるように愛し合い、目覚めた時に、隣で静かな寝息をたてる愛しい妹を失いたくない。美香の可愛らしい寝顔は、いくら見ていても飽きることがない。あっという間に時間は過ぎ、美香が目を覚ます。美香は寝起きのかすれた声でおはようと言い、照れくさそうに布団で体を隠しながら体を起こした。隠すのも今さら、と思わないでもないが、美香のそんなところが好きだと思った。


 このまま、こんな時が永遠に続けばいいと思った。

 込み上げる想いもそのままに、布団ごと美香を抱きしめて、その頬に一つ、キスをした。


「好きだよ……」


 抑えきれない想いを吐き出すように言って、美香を見つめると、その瞳に俺が映っていた。情事を終えた姿。今俺たちがしていることは、過ちでないと信じたい。何気なく美香の髪を弄っていると、掴みきれない髪の束がさらりとこぼれ落ちていった。


「お兄ちゃん? 私たち……、いけないことしてるのかな……」


 美香が少しためらいがちに言った。美香も少なからず感じていたようだった。兄妹で一緒にいるということの意味。


「血のつながりがなくても、兄妹だよ。ずっと昔から……兄妹だ。非難されてもおかしくない」


 言って、俺は目を伏せた。世間体を重んじる親たちが、俺と美香のことを許すとも思えない。もし反対を押し切って一緒にいることを選んだら、俺には美香しかおらず、美香にも俺しかいない状態になる。お互いがお互いしかいない。たった二人で生きていくということだ。俺はそれでも構わないが、美香にとってはどうだろう、と思うのだ。“不幸”になってしまわないだろうか。


 そんな俺の内心も知らず、美香は必死な様子で言った。


「でも、そんなの関係ないでしょ? 私、お兄ちゃんだけが居ればいい。お母さんたちとか、友達に反対されたって……!」

「……そうだね」


 言って、俺は苦笑した。けれど実際に誰にも祝福されず、二人だけで生きていくことにでもなったら、それはとても辛いことだ。美香が好きだ。美香との未来を考えたい。考えたいからこそ、ずっと一緒にいたいからこそ、一番幸せにしてやれる道を、探そうとしてしまうのだ。


 俺の顔を見て、美香は今にも泣きだしそうな不安な目をした。そばにいるからこそ、俺の気持ちが美香にも伝わってしまう。なだめるように小さなキスをすると、美香の表情が少し和らいだ。俺が、美香を守ると決めた。例えどんなに辛いことがあったとしても、美香を泣かせない。


 その時、ベットの脇に置いておいた俺の携帯電話が鳴った。メールの着信だった。携帯電話を開いてその文面をチェックすると、それはあまりうれしい内容ではなかった。


「美香、母さんからメール。今日、戻ってくるって」

「え……?」


 美香は頼りなく呟いた。いつかは、この二人だけの生活も終わりを告げると、わかっていた。何も美香とのことが終わりになったわけじゃない。けれど不安をぬぐいきれないのだ。握った美香の手は、いつもより冷たかった。


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