5−2 達也
例えどんなに理性的な人間であっても、感情の上辺を取り繕っただけの“理性”は脆く、簡単に剥がれるものだ。そんな言い訳を並べて、心の奥底で、俺は彼女を切望している。
「お兄ちゃん……起きてる?」
控え目なノックと同じくらい控え目な美香の声を聞いた時、それは自分の夢の一部だと思った。だから浅い眠りを続けたのだ。
俺が台所でしたことは、美香に嫌悪感を抱かれても仕方のないようなことだ。美香の性格上無視したりすることはないだろうが、ぎこちない態度からしばらくは俺を避けたいのだろうと思っていた。
すっかり目が覚めて体を起こした俺は、床に座ったまま、教室の机で居眠りをする時のように、俺のベットに上半身だけ伏せてすやすやと眠っている美香を見やった。何故こんな事態になったのかと困惑したが、窓の外で鳴っている雷を見て理解できた。美香の足もとに彼女のものであろう枕が落ちている。
とにかくこんな姿勢で寝ても体が休まらないだろうし、夏とは言っても風邪をひきかねない。
美香をゆすって名前を呼んでみたが、小さく唸っただけで起きる気配がない。仕方なく、俺はベットから降りると、起こさないように注意しながら美香を抱き上げ、俺のベットに寝かせた。華奢な美香は見かけどおり軽かった。
美香に布団をかけてやってから、俺はため息をついた。このまま美香と兄妹仲良く眠る、なんてことは不可能だろう。そんなことになったら俺は何をしでかすかわからない。
居間のソファーにでも寝ようと部屋の扉に向かおうとしたら、何かに後ろに引っ張られた。振り返ると、美香が俺の服の裾を掴んでいるようだった。はずそうとしても美香の手は頑なに俺の服を離そうとしない。
悪戦苦闘していると、眠っている美香が何かうわ言のように呟き始めた。
「……や」
「何……?」
寝言に返事をしてはいけない。そんな話を昔誰かに聞いたことがあったが、つい聞き返してしまった。
一呼吸置いて、無意識にだろうが美香は俺の服をより強く握った。
「達、也……」
美香の呟きに、俺は一瞬自分の耳を疑った。何故ここで俺の名前を呼ぶのか。俺の夢でも見ているのだろうか。心臓が鼓動という形で俺の気持ちを表し始めた。飲みこまれそうになる。胸の奥から沸き起こる、切なさにも似た衝動に。
こんな気持ちは間違っている。それでも――美香が、好きだ。
俺は突き動かされるように、ゆっくりと美香に顔を近づけ、自分の唇と美香のそれを重ね合わせた。少しのためらいもなかった。ただ俺は俺の求めるまま、美香を確かめていた。
しばしの口付けの後、唇を離してから美香を見ても、まるで無防備な寝顔のままだった。何の反応もない、ただ一方的な口付け。美香の髪に触れると、俺と同じシャンプーの香りが鼻をくすぐった。美香を失いたくない。そばにいられるなら、例え兄妹という形だってかまわない。
俺は“妹”に対する罪悪感を、「秘密」という形で隠し通そうとしていた。