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 お父さんの目の前、手をのばせば届くような距離の所で、つよしは雲に足をとられて転びました。するとお父さんの方から一歩近づいて、つよしを抱き起こしてくれました。

 つよしはあの大きな建物の、暗い部屋で触れたお父さんの冷たさを思い出して、一瞬ビクリとしましたが、自分の脇に触れるお父さんの手の温かさを感じて、お父さんに飛びつきました。

 お父さんは優しくつよしを抱きしめました。つよしは全身で温かさを感じました。懐かしいお父さんの匂いがします。

 「ちょっと大きくなったか?」

 お父さんはつよしの頭を撫でるように触りました。

 「また泣いて」

 笑いながら、つよしの頬を伝う涙を右手の人差し指でぬぐいました。つよしは自分では気がつかないうちに泣いていたようで、ポロポロ涙がこぼれていることに今、気が付きました。

 「お父さん。でもね、今日はがんばったんだよ。りゅうをさがしてね、もりに行ってね。学校でね、りゅうはいないって言われたんだ。でもお父さんはウソなんてついてないっておもって、それでね、さがしたんだ」

 うん、うん、と相槌を打ちながら、お父さんは丁寧に聞いていました。

 「そしたらね、まよっちゃって、雨もふってきて、ぼくなきそうになったけど、がまんしたんだ。お父さんが言ってたから。ないてたら、かめんナイトになれないって」

 お父さんはつよしが腰に巻いた変身ベルトに気が付きました。

 「あっ!これ無事だったのか。よかったぁ。ちゃんと受け取ってくれたんだな」

 がんばったんだな、とお父さんはつよしの頭をまた撫でてくれました。

 「あの時は言えなかったけど、誕生日おめでとう」

 つよしの目から、また涙が溢れました。震えた声で「ありがとう」と言うと、お父さんの胸に飛び込みました。

 「つよし、何のお別れの言葉も言えずに、こんなことになっちゃってごめんな。さみしかったろう。気持ちはわかるよ。ごめん。おれも悔しかったよ。つよしが大きくなっていくのが見れなくて。でもこうしてあえた。つよしががんばったおかげだな。ありがとう」

 つよしは顔をあげて、お父さんの顔を見つめました。お父さんも片膝をついて、つよしの顔を見つめ返します。

 「つよしっていう名前をどうして付けたか、昔話したな。つよい子に育ってほしいっていう意味でつけたんだ。時にはさみしくって、辛くて、泣いてしまう時もあると思う。でも、つよくなってほしい。大切なものを、守れるように。つよし。強く、元気に、幸せに生きてくれな」

 つよしはうん、うん、とうなずきながら答えました。お父さんはニコリと笑ってつよしの頭にポンと手を乗せました。そして、少しさみしそうな顔をしました。

 「お別れだ。つよし。あえてうれしかった」

 つよしは一瞬驚いたような表情をして、いや、いやという風に頭を横に振りました。

 お父さんはつよしの手を握りました。温かい手でした。

 「生まれてきてくれて、ありがとう。つよしが生まれてきてくれて、幸せだったよ。愛してる」

 「おれのこと、忘れないでくれな」とお父さんが続けて言うと、つよしは強く頷きました。

 「わすれない。ぜったいに、わすれないよ」

 お父さんはうん、と言って笑うと立ち上がりました。

 「龍も。ありがとう。二度も願いを叶えてもらっちゃったな」

 龍は誇らしげにフゥっと鼻息を鳴らして、体を浮き上がらせ、頭をつよしに近づけました。

 つよしは初めて龍の頭に乗った時のように毛をひっぱって頭に乗りました。お父さんの方を向いて、手を振りました。お父さんは「お母さんのことをよろしくな」と言いました。

 「つよし、笑顔!」

 お父さんは両手の人差し指で口角を上げるような仕草をしました。つよしは悲しくて仕方なかったのですが、お父さんの方を向いて同じような仕草をして、精一杯の笑顔をして見せました。

 お父さんが手を振ります。つよしも手を振り返します。龍はゆっくりと体を浮き上がらせ、その場から離れました。

 つよしはすぐに泣き出しました。もう我慢する力はありませんでした。

 やがて泣き疲れて眠ってしまいそうになりましたが、最後に龍に聞きました。

 「ねぇ、どうしてお父さんにあわせてくれたの?」

 龍は答えます。「君のお父さんが昔、僕にあいに来た時の願い事が『お父さんにあいたい』だったんだ」

 つよしは思い出しました。そういえばお父さんに、どんなお願い事をしたのか聞くのを忘れていたことを。つよしはおじいちゃんにあったことがありませんでした。お父さんのまだ小さかった頃に死んでしまったということを聞いています。

 つよしは納得して、龍の頭の上の、フサフサした毛の中で眠ってしまいました。


 そしてつよしが目を覚ますと、そこは森の中でした。神木の生えていた場所ではありません。

 立ち上がって少し歩くと、なんとそこは森の入り口でした。さらにそれだけではありません。何よりつよしがびっくりしたのは、空に太陽があったことです。

 沈んだはずの太陽がオレンジ色の光を放って地平線のすぐ上にいたのです。つよしはそれが朝日なのか、夕日なのかわかりませんでした。

 おばあちゃんの家に戻ると、お母さんとおばあちゃんが二人でご飯を作っていました。やっぱりあの太陽は夕陽だったのです。

 「おかえり」「どこにいってたの?」と二人がそれぞれ声をかけます。つよしはやっぱり夢を見ていたのかな、と思いましたが、おばあちゃんの家にいる間つよしが自分の部屋のように使っている、かつてのお父さんの部屋に行ってリュックの中身を外に出していると、龍のものと思われる真珠のように輝く小さな鱗が一つ出てきて、夢ではなかったんだということが分かりました。

 龍は「僕に叶えられない願いなんて、無いけどね」と言っていたので、お母さんとおばあちゃんが心配しないように、時間を巻き戻してくれたのでしょう。

 つよしは縁側に座って沈んでいく夕陽を見ていました。おばあちゃんが「ご飯だよ」と呼ぶので、部屋を出ようと立ち上がった時、森の方で黒く長い影が空を飛んでゆくのが見えました。それは一瞬でしたが、きっと龍だったとつよしは思いました。


 つよしは旅行から帰ってきて、学校が始まりましたが、龍の鱗を見せびらかすようなことはしませんでした。

 ただ、こんなことがありました。つよしがいつものように自分の席で本を読んでいると、体の大きなあつし君が、クラスメイトの一人の男の子をからかっていじめていたのです。

 その子はこの前のつよしのように泣き出してしまいました。あつし君とその友達はそれを見て笑っていました。

 つよしはそれを見て、心が痛みました。本を置いて、あつし君の元に行きます。

 「やめなよ」

 つよしが言うと、あつし君達はつよしを見て鼻で笑いました。

 「なんだよ。”よわし”」

 「なんか言いたいことでも、あるのかよ」

 つよしは絞り出すように言います。

 「やめなよって、言ったんだ」

 あつし君が一歩、つよしの方に歩み寄ります。

 「なんだって? もう一回、言ってみろよ」

 大きな体で威嚇するように、つよしを見下して言いました。つよしはあつし君を見上げ、しっかりと目を見据え、声を張り上げました。

 「やめろ!!」

 その声の大きさにもそうですが、あつし君はなにより、つよしのその目に圧倒されました。

 それは龍の目のように、何か揺るぎない、誇りのようなものが宿った、強い目でした。

 あつし君とその友達は何も言い返すこともできず、動くことも出来ませんでした。

 「あともう一つ」

 つよしは続けます。

 「ぼくの名前は“よわし”じゃない。“つよし”だ」


 この日から、つよしのことを“よわし”なんてバカにする人はいなくなりました。

 そして、つよしが人前で泣くこともありませんでした。

テーマは『であい』でした。読んでくださった方、いらっしゃいましたら、ありがとうございました。

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