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 目の前にあったのは、深い瑠璃色をした池でした。透き通っていて水の中が全て見通せます。そしてその池の向こう側には大きな、大きな、木が生えていました。つよしはそれを一目見て(神木だ……)と思いました。

 神木は、一本一本が大木のような根に支えられていました。さらにその根はまるで生き物のようにあちこちに伸びて、神木を支えていました。こんな根に支えられていれば、どんなに大きな台風が来ても、どれだけ雷が落ちようとも、火をつけたって倒れることはないように思われます。幹の太さも凄まじいものでした。年輪を数え出したら一年くらいかかってしまいそうです。そしてひろがる枝。見上げると、視界に全ては入りきりません。ザワザワと広がった枝は、何千本、何万本とありそうです。

 ちょうど夕方で傾いた太陽がその神木の向こう側にあって、木漏れ日が無数の光の針のように差していました。一枚一枚の葉がキラキラと輝いて、つよしはこんなに綺麗なものを見たことがありませんでした。

 つよしがうっとりとその景色に見惚れていると、あることに気が付きました。神木の右側に、あの少年が見えたのです。神木に右手をついて、こちらを見ています。 

 少年は右手を離し、神木の向こうに隠れました。そして幹の左側から、信じられない姿となって現れました。

 最初に見えたのはワニのように大きな口でした。といってもその大きさはワニの比ではありません。その鋭い牙一本一本がつよしの身長と同じか、それ以上ありました。そしてその皮膚は真っ白で、鼻先に長い一対の太さのある髭が生えていました。そして目。大きくてつり上がった目でした。人間でいう黒目の部分は、中心に向かって暗くなる赤でした。そしてその瞳孔は縦に伸びています。つよしはそれを見て、体がブルっと震え、固まってしまいました。ただ怖いだけでなく、何か揺るぎない、誇りのようなものが宿った、強い目でした。次に見えたのはこれまた一対の角。雄鹿のように顔の後ろに向かって生えた、先端の平たい角で、途中で二股に分かれていました。角の周りには顔の下の方までかけて髭よりも細く、それこそ毛髪のような毛がフサフサと生えていました。

 龍は水の中を泳ぐ海蛇のように、空中を飛んでいました。神木の裏からまるで生えるようにニョキニョキと体を表します。三本指の前足、真っ白に真珠のように光る鱗、これまた三本指の後ろ足。尻尾の先端が見える前に、龍の顔はつよしの目の前まで来ました。つよしから神木まではおよそ二百メートルはあろうかという距離があるのにです。

 龍の顔が目の前にやってきて、龍の大きな鼻息がふぅ、とつよしの体に当たって、ついにつよしは腰をぬかしました。龍の鼻息は、香木のようないい匂いがしました。

 「おにぎりとお茶、おいしかったよ」

 龍の声でした。でもそれは龍の口から漏れる「グルゥ……」という獣の鳴き声のような声色でなくて、少年のような声でした。空気の響くような音ではありませんでした。おそらく、一種のテレパシーのようなもので、つよしの頭の中に直接語りかけているのでしょう。

 「きみなの……? あの、白いふくの……?」

 つよしの声は裏返っていました。

 「そうだよ。人に会ったのはいつ振りだろうな。何十年振りかな」

 龍が言います。つよしの意識は段々とはっきりしてきました。

 (やっぱり、りゅうはいたんだ! お父さんはやっぱりウソつきなんかじゃなかったんだ!!)

 つよしは嬉しくて、夢なんじゃないかと思ってほっぺたをギュッとつねりました。痛くて涙が出そうでした。

 (そうだ……!)

 つよしは龍にお父さんのことを聞いてみようと思いました。

 「あのね、ぼくのお父さんがりゅうにあったことがあるって言ってたんだ。だからぼくはきみをさがしてたんだ。お父さんのこと、おぼえてない?」

 「やっぱり君はあの子の子どもなんだね」

 龍は嬉しそうな声で言いました。

 「初めて君を見たとき、思ったよ。似てるなぁってね。そしてその緑色の水筒。あの子が持っていたものと同じだ。やっぱり、そうだったんだね」

 つよしが持っている水筒は昔お父さんが子どもの頃使っていたものだと、おばあちゃんが言っていました。間違いなくお父さんが会ったという龍は、この龍だったのです。

 「あの子も僕にお茶とおにぎりをくれたんだ。だから願いを叶えてあげた。ところで、君の願いはなんだい? 僕を探していたようだけど、何か願いがあるんだろう? 僕に叶えられるものであれば叶えてあげよう。まぁ、僕に叶えられない願いなんて、無いけどね」

 龍が誇らしげに言いました。つよしはハッとしました。(そうだ、ねがい!なにも考えてなかった!)

 「あのね、ぼくはりゅうを見たお父さんを学校の子に“ウソつき”ってバカにされて……。それで、お父さんが“ウソつき”じゃないっていうことを知りたくって、きたんだ。だからおねがいごと、考えてなかった……」

 つよしがそう言うと、龍は大きな目をさらに大きくして驚きました。

 「願い事を、考えてなかった!?」

 つよしは小さな声で「ごめんなさい……」と言いました。

 すると龍は顔を上下に動かすようにして笑い出しました。

 「はっはっは!! 願い事を考えずに僕に会いに来た人は初めてだよ!」

 龍は笑い終えると「よし、なら……」と言って目を瞑りました。少しして、静かに目を開けると「そうか……あの子はもう死んでしまったのか……」と 言いました。龍はつよしの頭の中を覗いていたようです。つよしは龍の言う“あの子”が、お父さんであることがすぐに分かりました。

 うん、とつよしが頷くと、龍は「よし! 僕の頭に乗るんだ!」と言って横を向き、頭をつよしの元へと近づけました。つよしは戸惑いましたが、龍が「毛をひっぱってもいいよ」というので、真っ白な毛をつかんで頭に乗りました。

 「ちゃんと角につかまってるんだよ!」

 龍はそう言うと特に力を入れる様子も見せずにふわりと浮き上がりました。

 さっきまであった太陽は地平線の向こう側に落ちてしまって、夜空が広がっていました。龍は木の葉が宙を舞うようにゆっくりと空へ昇ってゆきます。つよしが下を見下ろすと、神色山と森、おばあちゃんの家がある村が見えました。登り始めた場所と村の位置を見比べると、つよしが今日移動した距離が分かって、とても長い距離を歩いていたことが分かりました。

 つよしがもう怖くて下が見れないような高さまで昇り、龍はその場から移動を始めました。空は地上より風が強くってとても寒かったのですが、龍の毛の中はフワフワしてとても暖かかったので、その中から夜空を眺めることにしました。

 星がキラキラ瞬いて、まるで張り合っているかのように光を放ちあっていました。そして月は見たことのない大きさで、まるで落ちてきているような錯覚さえ覚えました。

 龍が「もう少しだ」と呟きました。龍の頭の上で寝そべっていたつよしは起き上がって龍の向かっている方を見ました。

 龍の真下に広がるのは地上ではなく雲海でした。まるできめ細やかな石鹸の泡のような真っ白な雲が辺り一面に広がっていました。それは月と星の光をうけてぼんやりと光っていました。

 「ついたよ。降りるんだ」

 龍は飛ぶのを止め、雲海に、船が着水するように体を半分沈ませました。

 つよしは雲の上に降りたら沈んで、落ちて行ってしまうんじゃないかと怖くなりましたが、ここまで連れてきてくれた龍を信じて、白い毛を伝って降りました。

 雲は思ったよりしっかりしていました。足を突っ込むと沼のように沈みましたが、沼と違うところはすんなり足が抜けるところです。

 龍が鼻先で、ある場所を指しました。その方に目をやると人影が見えました。雲の上に一人、誰かが立っているのです。

 つよしはそちらの方に向かって、ゆっくり歩き始めました。だんだん人影は大きくなります。背丈からして大人のようです。

 つよしは誰だろう、と考えていました。少しづつ近づいていって、そのシルエットに見覚えがあることに気がつきました。つよしの心臓の音がドキ、ドキ、と大きくなります。

 (そんなーーウソだーー)

 つよしがそう思っていると、人影の方から声がしました。

 「つよし」

 つよしは走り出していました。モクモクして歩きにくい雲の上を、足を一生懸命前に出して、走りました。

 「お父さん!!」

 近くまでたどり着くと、ようやく顔が見えました。その声、その顔。間違いありません。

 雲の上に立っていたのはつよしの死んでしまったはずの、お父さんでした。

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