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 森の中をつよしは彷徨いました。勇気を持って森に入ったつよしでしたが、ここは大人でさえ迷ってしまう神色山の森。まだ背の小さなつよしには、まともに森を進むことすらままなりません。誰も通った痕跡のない雑草だらけの森の中。つよしは肩で息をしていました。

 歩いていると、落ちている木の枝を見つけました。それは程よい長さと太さの枝で、雑草を掻き分けるのにもってこいでした。つよしはそれを拾い、何度かブンブン振ると、なんだか強くなったような気がして勇気が湧いてきました。つよしは枝で目の前の雑草を払い、進みます。

 しかし、進めども進めども、龍の宿るという神木は見つかりません。目の前に広がるのは木々と雑草、そしてかつての神色山の噴火で出来たと思われる、奇妙な形の岩石だけでした。

 もちろんつよしは知りませんが、もう太陽は真上を昇りきっていました。つよしはだんだん不安になってきて後ろを振り返りますが、そこには前と同じような木々が広がっていて、自分がどう歩いてきたのか分かりません。少し戻ってみよう、と来た道を戻っているつもりで歩き始めますが、それは自分が歩いて来た道ではありませんでした。見たことのない形の、つよしの背の三倍はあろうかという岩石が現れました。つよしにはその岩石が怪物のように思えて、怖くてその場を走って離れました。

 さらにそれだけではありません。突然、つよしは誰かに見られているような気がしてきました。

 根拠はありません。雑草のザワザワとした音や、怪物のような岩石のせいでそう感じただけかもしれません。でも今のつよしを怖がらせるのに、それらは十分な理由でした。

 つよしはまたも現れた怪物岩を木の枝で叩きました。

 (びっくりしたなぁ……)

 三回程叩くと、唯一の武器であった木の枝はボキリと折れてしまいました。さらに心細くなったつよしはトボトボと歩きます。しかしさらにつよしを追い詰めるように不運は続きます。雨が降ってきたのです。

 雨具を用意していなかったつよしは、このままでは濡れてしまうと思い雨宿りできるような場所を探しました。

 走っていると、木の根に足を引っ掛けて転びました。顔から地面にに突っ込んで口の中に土が入りました。

 「いてて……」

 ペッペッ、と土を吐いて立ち上がると、足をくじいてしまったようでズキッと痛みました。

 足を引きずるように歩くと、目の前に大きな岩で出来た、ほら穴とまでは言わないけど、大きなくぼみのような所を見つけました。つよしはかがむようにして、くぼみの中に入りました。その中に入ると雨が体に当たることはなくて雨宿りすることが出来ました。

 つよしが自分の体を見てみると、ちぎれた小さな葉っぱの欠片や土で汚れていました。

 (お母さんがいてくれたら、やさしくはらってくれただろうな……)

 下ろしたリュックから真っ白なタオルを出して顔をぬぐいます。タオルを見ると茶色く汚れました。気づかないうちに汚れていたようです。

 体を拭いていると、腰にしている大事な変身ベルトにも泥が付いていました。さっき転んだ時に汚れてしまったのでしょう。つよしは自分の体を拭くのをやめて、タオルの綺麗な所でベルトを拭きました。

 (もし……お父さんがいてくれたら、楽しかっただろうな。まよったりなんかしなかっただろうな……)

 雨は激しさを増して、ザァザァと騒がしい音を立てました。それはセミの声も消し去るほどで、その音のあまりの大きさに、つよしはくぼみの中で縮こまりました。

 もう龍は見つからないんじゃないだろうか、どうやって帰っていいんだろうか、雨はずっとやまないんじゃないか、と嫌な想像が頭を巡って、もう泣き出してしまいそうでした。お母さんやお父さんのことを思うと、もう寂しくってたまりません。

 くぼみの中で体育座りをして、両足をぎゅっと抱きしめていました。濡れた服と風が、つよしの体温を急速に奪います。つよしは小さくなって、夏だというのにガタガタと震え出しました。

 冷たい体に反して、目の辺りがじんわり熱くなってきました。瞳がうるうるしだします。

 (お父さん……)

 両腕をほどいて、腰に巻いたベルトを見ました。お父さんが誕生日につよしに手渡してくれるはずだった、仮面ナイトの変身ベルト。

 『でもつよしはすぐ泣くからなぁ。泣き虫じゃあ仮面ナイトにはなれないぞ?』

 お父さんの声が、頭の中に響きました。

 もっと小さな頃からつよしは泣き虫でした。幼稚園でも何かあるとすぐに泣いてしまって、それをお母さんが仕事から帰ってきたお父さんに報告すると、お父さんはつよしの頭を撫でながら「男の子だろぉ? あんまり泣いてばっかじゃダメだぞ?」と言うのでした。

 つよしは必死に涙をこらえました。(なかない、なかない)と自分に言い聞かせました。

 うるうるした瞳から涙がこぼれることは、ついにありませんでした。つよしは泣くのを我慢する事が出来たのです。

 (そうだ!おなか空いてたんだ。おにぎり、おにぎり……)

 つよしはあまりの緊張でお腹が空いてことを忘れていました。時計を持っていないつよしには分からなかったのですが、今はもう三時過ぎです。

 リュックの中からお母さんの作ってくれたおにぎりを出しました。アルミホイルにくるまっていて、二つ入っていました。カシャカシャとアルミをはがして一つ取り出し、パクリと一口食べました。冷えていましたが、食べていると体の中から元気が湧き出るようで、体がだんだん暖まりました。一口目では具に到達しませんでしたが、赤い梅干しが見えました。つよしの大好物です。

 つよしはモグモグと一つ目のおにぎりを食べ終えました。喉が渇いて、おばあちゃんが持たせてくれた水筒に入った麦茶を飲もうと、水筒のコップを外しました。

 その時のことです。つよしはまた急に誰かに見られているような気がしました。辺りをキョロキョロ見渡すと、正面の木を見てドキッとしました。

 木の影に隠れるように、一人の少年が立っていたのです。サラサラした髪が肩ほどまで伸びていましたが、キリリとした目と眉を見てなんとなく男の子だという事がつよしにも分かりました。神社にいる人が着ているような、真っ白な袴のようなものを着ていて、その少年はジッとこちらを見ていましいた。年はつよしと同じくらいに見えます。

 つよしは固まってしまいました。手に持った水筒のコップがポロリと落ちます。

 その少年はつよしが自分に気付いた事に気付き、茂みをかき分けて近づいてきました。

 (どうしよう、どうしよう!)

 つよしはその場を走って逃げたかったのですが、体は硬直してしまって動きませんでした。

 少年は目の前まで駆けてきて、くぼみに体を滑り込ませるように入ってきました。くぼみは、つよしくらいの子であれば三人くらいは入れそうな大きさでした。

 少年はつよしと同じように体育座りをして、正面の雨の様子を見ているようでした。つよしはというと、少年のことを観察していました。最初こそ驚いたけど、よくよく見ると普通の少年でした。長い髪についた水滴がポトッと落ちました。

 (むらの子かな……? じんじゃの子……?)

 つよしは村に住む神社の子が森の中で遊んでいて、雨が降ってきてしまったので雨宿りの場所を探していたのかな、と思いました。そしてずっと続く沈黙に耐えられなくて、話しかけてみることにしました。

 「あ、雨……すごいね」

 少年は反応しませんでした。

 (聞こえなかったのかな……)

 落としてしまったコップを拾って、さっき飲めなかった麦茶を飲もうとしました。

 麦茶を注いだコップに口をつけ、顔を上げて麦茶を口の中に入れる時、視界の端に先ほどのまで正面を見つめていた少年が、こちらをジッと見つめているのが見えました。

 「ん!」

 つよしはびっくりしてむせてしまいました。ケホケホと咳をしながら少年を見てみると、つよしの持っている水筒を見ているようでした。

 「の、のみたいの?」

 恐る恐る少年に聞くと少年は頷きこそしませんでしたが、喉がコクリと動いたのが見えたので、きっと喉が渇いているんだろうと思いました。

 つよしはコップに麦茶を注ぐと少年に渡しました。少年は一度こちらをチラッと見た後、麦茶を一息に飲み干しました。

 つよしがもう一つのおにぎりを食べようと思い、アルミをはがしてかぶりつこうとすると、また少年はジッとこちらを見つめました。キリッとつり上がった目で、その目で見つめられると弱ってしまいました。つよしはなんとなく、そうなることが予想できたので、つよし自身まだお腹は空いていましたが、

 「食べる?」

 と聞いて、おにぎりを差し出しました。

 少年は両手でそれを受け取って、またこちらをチラッと見てからおにぎりを食べ始めました。

 つよしは麦茶をもう一杯飲みながら外を眺めました。雨はさっきよりずっと弱まっていました。

 少年が村への戻り方を知っているかもしれないと思い、つよしは少しホッとしました。

 おにぎりを食べ終えた少年は包まれていたアルミホイルをクシャクシャと丸めて小さな玉を作り、ポンとほおって空中でキャッチしました。そしてこちらを見た少年は初めて笑顔を見せました。

 少年が姿勢を低くしてくぼみを出ます。するともう雨は上がっていました。

 つられてつよしもくぼみを出ました。上を見ると晴れた青い空が見えます。少年が森のある方向を指差しました。

 (むらにもどるのかな?)

 そちらの方に歩き始めた少年に、つよしはついて行こうとしましたが、くじいていた足が痛み、「いたっ」と言ってうずくまりました。

 すると少年はうずくまるつよしに歩み寄って、つよしが押さえている足首に両手をかざすように近づけました。

 つよしはびっくりして少年を見ると、少年はすぐに立ち上がって先ほど指差した方に歩き始めました。つよしも立ち上がって追いかけると、なんと不思議なことに足の痛みは消えてしまっていました。少年が歩き始めてしまったので驚く暇もなく、つよしは後を追いかけます。

 誰も通った形跡のない道ですが、木や岩などの障害物を上手くよけながら、少年は森の中を歩きます。歩くスピードは早歩きくらいでしたが、つよしは少年の通った所をなぞるように歩けば良いだけなので、大変ではありませんでした。

 森の出口に向かって歩いているつもりだったつよしでしたが、歩いているところがだんだん険しくなってきている事に気がつきました。茂みはより深く、岩はよりゴツゴツとしていきます。

 (どこにむかってるんだろう……近道なのかな?)

 つよしはだんだん不安になってきました。道がより険しくなるだけでなく、なんと少年の歩くスピードもどんどん早くなりました。つよしと少年の距離が少しづつ、離れてゆきます。

 「ちょっと……まって!!」

 つよしは叫びましたが、少年の歩くスピードは変わりません。すると少年は目の前に現れた茂みに突っ込みました。太い枝の絡み合った、壁のような茂みでした。

 茂みの中を覗くと、少年が慣れたように枝をよけ、奥に向かう様子が見えました。どちらにせよここまで来てしまったからには、少年について行くしかありません。つよしは覚悟を決め、息を整えて茂みに入りました。

 茂みの中は絡み合った枝が行く手を遮るように生えていて、手をのばしてかき分けようとすると、トゲトゲした枝が手を傷付けました。それでも、奥に進むしかありません。

 少年の姿は見えなくなりました。どうやら茂みを抜けたようです。つよしも必死に枝をかき分けて、手も足も傷だらけになりながら進みました。

 もうどれくらい茂みの中にいたでしょう。つよしは茂みの中で、疲れと痛みで頭がボーッとし始めていました。

 その時です。突然茂みを抜けて、広い空間に出ました。

 そこは光で一杯に包まれていて、ずっと暗い茂みの中にいたつよしは眩しくて目をつむりました。そして勢いよくその空間に飛び出たせいで、前のめりに倒れこんでしまいました。

 でもそこはフカフカとした葉っぱのクッションで出来た地面だったので、つよしは倒れても痛くありませんでした。そしてーー。地に両手を突いて起き上がったつよしは信じられないような光景を目にするのです。

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