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 つよしが龍の話を初めて聞いたのは六才の時。話してくれたのはお父さんでした。

 お父さんの生まれ育った場所はここ、神色山の麓の森に面した小さな村で、夏休みに家族みんなで旅行をしに来た時の事でした。


 夕食後に大きな庭で花火をした後、縁側でおばあちゃんの持ってきてくれた、ひんやりと冷えたスイカを食べている時の事でした。

 お父さんが「つよし、いい話をしてあげよう」と笑顔で言って、つよしに顔を近づけました。つよしは目をキラキラ輝かせて「なになに?」とお父さんに近づきます。

 スイカの汁で汚れたつよしの口をハンカチで拭きながら、お父さんは小声で話し出しました。

 お父さんは「家の裏に広がる森に龍が住んでいるんだ」と言う話をして、つよしを驚かせました。そして出会えるとどんな夢も叶えてくれる、と続けるとつよしは興奮したように言いました。

 「へぇー! じゃあさ、じゃあさ! かめんナイトにも、なれるかな?」

 ちなみに仮面ナイトというのは、子ども達に人気の特撮ヒーロー番組『仮面ナイト』に出てくる、ヒーローの事です。

 「あぁ。なれるんじゃないかな?」

 つよしは「うわぁ……」と感嘆の声を漏らしました。目はうっとりとしています。おそらく、仮面ナイトに変身した自分の姿を想像しているのでしょう。

 「でもつよしはすぐ泣くからなぁ。泣き虫じゃあ仮面ナイトにはなれないぞ?」

 「ぼくなきむしじゃないもん」

 つよしは口をとがらせました。そして話をそらすように聞きます。

 「おとうさんはさ、りゅうにあったこと、あるの?」

 つよしが聞きます。するとお父さんは話を始めた時より、もっと小さな声で言いました。

 「実はね……あったこと、あるんだ」

 「えぇー!!」

 つよしは喜びと驚きで飛び跳ねました。お父さんの着ているTシャツの袖を掴んだままピョンピョン飛び跳ねます。お父さんはその様子を見て嬉しそうに笑いました。

 りゅうはどんなだった?りゅうはおそらとべるの?とお父さんに質問を浴びせたつよしに、お父さんは一つ一つ、丁寧に答えます。

 思いつく質問を全てし終えたつよしは疲れてしまって、お父さんにもたれかかって、うとうとし始めました。お父さんの温かさに触れているとなんだかほっとした気持ちになって、それがまた眠りを誘います。お父さんは「寝る前にお風呂に入らなきゃな」と言ってつよしを抱きかかえてお風呂に向かいました。

 お風呂を出て布団に横になったつよしは、さっきの龍の話を思い出して夜空を飛ぶ龍の姿を想像しました。夜空と雲、星と月、優雅に飛ぶ龍。そして肝心な質問をしていないことに気が付きました。

 (おとうさんは、りゅうになにをおねがいしたんだろう……) 

 つよしは気になりましたが、もう眠かったので(あしたきこう)と思って寝ることにしました。

 でもつよしは次の日、川遊びに夢中になってしまって、お父さんにそれを聞くことを忘れてしまいました。

 そして、それを聞く機会はもう二度と来ませんでした。

 お父さんは旅行から帰ってきた一週間後に、事故にあって死んでしまったのです。

 

 その日はつよしの誕生日でした。

 つよしはその日、一日中浮かれていました。家に帰ってから行われる自分の誕生日パーティーが楽しみでしょうがなかったのです。

 学校から家に帰ると、お母さんに連れられて大きな建物に行きました。その建物の中の暗い部屋に入ると、部屋の中央に、つよしの背の高さでは届かないような高い台があって、その上に布をかけられた何かが乗っていました。

 つよしは建物に入る前からお母さんと手を繋いでいたのですが、部屋に入った途端にその手を握る力が強くなったのを感じました。お母さんの顔を見上げると、お母さんの頬を伝う涙が見えました。お母さんは声を出さずに泣いていたのです。

 部屋の中央にある台に、少しづつ近づきます。静かな部屋にはお母さんの鼻をすする音だけが響きます。つよしは少しづつ怖くなりました。あの台には何が乗っているんだろう、と。

 部屋に案内してくれた人が、布をめくってその中を見せてくれました。といってもつよしはまだ小さいので、それが見えません。するとお母さんがつよしを抱きかかえて、台の上を見せてくれました。見る直前までドキドキしていたつよしでしたが、その台に乗っていたのが、眠るように横たわるお父さんだったのでホッとしました。

 「おとうさん」

 つよしはお父さんの顔に手をのばしました。お父さんの頬に触れると、まるで金属に触れたように冷たくて、つよしは反射で手を引っ込めました。

 抱きかかえてくれているお母さんの手を触ります。温かい手でした。台の上のお父さんを見て、それがお父さんのようで、お父さんでないもののような気がしました。

 「おとうさん、なんでねてるの?」

 お母さんは答えずに、つよしを静かに抱きしめました。

 部屋の外に出ると、案内してくれた人がボロボロになった紙袋のようなものをつよしにくれました。

 中を見るとひしゃげ、汚れたラッピングされた箱が入っていました。つよしはラッピングの紙をビリビリとはがしました。中に入っていたのは、つよしがずっと欲しかった仮面ナイトの変身ベルトでした。


 つよしには“しぬ”ということがよく分かりませんでした。お父さんのお葬式の時も一度も泣きませんでした。

 お母さんに「しぬってなんなの?」と聞いてみました。するとお母さんは「そうね……」と言って、つよしの目線に合わせるようにしゃがみました。

 「お父さんはつよしが生まれてきてくれて、一緒に過ごせて、幸せだったと思うわ。お父さんの事をずっと忘れちゃだめよ。それが一番大事なの」

 そう言ってつよしの両手を、包み込むように握りました。


 何日か経って、夜寝る前に急にお父さんの事を思い出して寂しくなって、涙が止まらなくなってしまうことがありました。そんな時はお父さんが買ってくれた仮面ナイトの変身ベルトを抱きしめて眠りました。

 つよしは以前よりもっと気が弱く、泣き虫になってしまいました。


 ある日の学校での事です。七月の蒸し暑い日でした。小学二年生になったつよしは教室の自分の席で本を読んでいました。すると近くでクラスメイト達が都市伝説の話をしていました。それはほとんどが口裂け女やトイレの花子さんといった怖い話で、男の子がその話をすると女の子は怖がって「キャー!」と 声を上げました。

 本に集中していたつよしでしたが、一人の男の子が言った「“かんじきやま”ってとこにね……」という言葉に耳をとられました。

 「りゅうがすんでるんだって。テレビでやってた」

 男の子が言うと、周りの子は「えー!?」「うっそだぁ」と口々に言いました。クラスで一番体の大きい、あつし君は大きな声で「りゅうなんていないよ! パパが言ってたもん! “ソーゾージョーの生きもの”だって!」と言いました。

 つよしは“ソーゾージョー”の意味は分かりませんでしたが、お父さんの言っていた龍の話を思い出して、とっさに立ち上がり、声を出してしまいました。

 「りゅうは、いるよ」

 それが意識せずに大きな声になってしまったことに、つよし自身驚きましたが、普段あまり話さないつよしが突然話に入ってきたことに、クラスメイト達の方がより驚きました。

 あつし君はあっけに取られたような顔をしていましたが、気の強いあつし君は自分の言ったことに、つよしが歯向かって来たように感じられてムッとしました。つよしはそれを見て(しまった……)という顔をします。

 「なんだよ」

 「りゅうは、いるって、お父さんがいってた……」

 つよしの言葉はだんだん小さくなりました。あつし君はつよしに近付いて「じゃあおれのパパが言ってることがウソだってのかよ」と言いました。

 「そうじゃ、ないけど……」

 「じゃあなんだよ」

 つよしは怖くてドキドキしました。あつし君は「じゃあお前のパパがウソつきなんだな」と言って肩をドンと押しました。

 つよしは押された弾みで椅子にぶつかって、尻餅をつくように倒れました。目の辺りが熱くなって、口がふるふると震えました。

 女の子たちが「やめなよ!」と言いますが、あつし君はまだつよしのそばから離れません。つよしは「ウソじゃ、ない」と小さな声で言いますが、もうその声は震えていました。

 「じゃあお前のパパに聞いてみろよ」

 あつし君はそう言って、ニヤッと笑いました。

 「あー、そっか。お前のパパはもうしんじゃってるんだっけ」

 そう付け加えました。

 つよしはもう我慢が出来ませんでした。ふっ、と口から息が漏れると、それを合図にしたように「うぅ……」と小さな嗚咽を漏らして泣き出してしまいました。両目からはポロポロと熱い涙がこぼれました。

 あつし君とその友達はつよしを指差して笑いました。「なきむし! よわむし! 」「お前は“つよし”じゃなくって“よわし”だな!」みんなで笑いました。

 つよしは大好きだったお父さんと、そんなお父さんが思いを込めて付けてくれた“つよし”という名前までバカにされて悔しくてたまりませんでした。また何も言い返せない自分が情けなくって、泣いている自分が恥ずかしくって、たまりませんでした。


 つよしはその日、家に帰ってある決意をしました。それは自分で龍を見つけよう、というものでした。

 その年の夏も、お父さんの実家だった神色山に旅行をしに行くとお母さんから聞いていました。その時に山へ行って龍を見つけ、お父さんがウソつきでない事を証明する。つよしの思いはとても強いものでした。


 そして旅行の日。おばあちゃんの家に着いたつよしは、一日目はゆっくり体を休めました。二日目に一日使って探そうと決めていたのです。

 次の日の朝、つよしはおばあちゃんとお母さんに外に遊びに行ってくる、と言いました。するとお母さんはおにぎりを作ってくれて、おばあちゃんはお父さんが小さい時に使っていたという緑色の水筒を持たせてくれました。

 お母さんが「遠くに行っちゃダメよ」と言って、おばあちゃんが「特に山はね。迷う人がいっぱいいて危ないからね。絶対に行っちゃダメだよ」と付け加えました。つよしは「うん」と返事をしました。二人にウソをついてしまって心が痛みましたが、お父さんがウソつきでないことを証明するする方が、つよしにとって優先すべきことだったのです。


 こうして、つよしは山の入り口に着きました。去年はお父さんと二人で来た場所です。

 今は一人で立っています。つよしは目の前の、生い茂った木々によって太陽の光が遮られ暗くなった森を見て、少し怖くなりました。

 つよしは背負ったリュックを一度、下ろしました。中から取り出したのは、お父さんが手渡してくれるはずだった仮面ナイトの変身ベルトでした。

 「お父さん……」

 つよしはそのベルトを腰に巻いて、リュックを背負い直し、森に入りました。

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