音
彼女は林檎という名だった。
彼女は林檎のように甘い笑顔だった。
彼女は林檎のように真っ赤になった。
あの日。
-20××年7月12日-
「相変わらず、暑いね~」
彼女は僕にそう言った。
「うん。今年は去年より暑いらしいよ」
僕は彼女にそう言った。
目がパチリと合った。
紅い目が一瞬僕を見て、すぐ遠くを見つめた。
「…暑いね。」
そう彼女がまた、そっと呟いた。
「…うん」
消えそうな声で僕も呟いた。
吹奏楽部の合奏の音がグラウンドに響きわたり、僕の鼓膜も揺らした。
「吹奏楽部、すごい、ね。」
途切れ途切れの彼女の声も、また、僕の鼓膜を揺らした
「うん。確かに。」
林檎は元々吹奏楽部に入りたかったみたいだが、親からお金の問題で却下され、そうして今は美術部にいる。
僕は、右手に持っていた筆を再度握り直し、目の前の校舎を見つめて、まだ下書きしか描かれていない画用紙に筆を走らせた。
水が、紙に滲む。
「林檎も描きなよ。部長に怒られるよ?」
「うん…。」
ただ素っ気ない返事だけが返ってきた。まだどこか遠い所を見ている。
きっと吹奏楽部の部室だろう。
もうこれ以上、林檎に何を言っても聞こうとしない、と判断した僕は、パレットに絵の具を出した。
「いいな、」
林檎がそっと呟いた。
「え?」
聞き返しても返事は無い。
林檎はやっと、下書きを始めた。
-部活終了後-
美術部は僕と林檎と、あと、3年が僕ら含めて5人、2年は2人、1年は4人と、11人しかいない部活だ。
顧問もほとんど来ないし、副顧問は役にたつところか、部活に1度しか顔を出さなかった。
帰りはだいたい僕は一人で帰っていたのだが…
「ねぇ」
「林檎?どうしたの。」
紅い目が泳いでいる。赤茶色の綺麗な長い髪が風で乱れた。
「一緒、に…帰ら、ない…?」
また、途切れ途切れだった。顔がふと紅い気がしたが、夕焼けのせいだろうか?
「うん」
僕はそう言うしか、
無かった。