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第二話〈冒険、はじめてのおつかい〉-3-



 そこから少し引き返すと、コンビニがあった。

 予定とは違ったが、そして騒動もいくつかあったが、無事にコンビニまで到着することができた。

 美貴理は慎重に、敏速に、真横から自動ドアの前に立った。いったいどんな危機を想定しているのか。

 タクと成佳は店の外で待っていた。本来なら美貴理が引っ張ってでも連れて行っただろうが、緊張しているのか、彼女はふたりのアイコンタクトにまったく気づかなかったのだ。

 そして単身で店内に乗り込む美貴理。

 店に他の客の姿はない。

 上半身を屈めているその姿を、レジ前にいる若い男性店員が怪しそうに見ている。万引きでも警戒しているのか、彼女の一挙手一投足すら見逃さないよう、じっくり観察していた。

 前屈みな姿勢が災いして、ドレスの裾はまたも危うかった。

 店員も眼福に預かろうと必死に顎をレジテーブルに擦りつけていたが、やはり見えないようで残念そうに顔を上げた。タクは、後であの店員を懲らしめてやると、そしてここでは二度と買い物をしないと心に決めた。

 コーヒーの置かれた棚はレジの前にある。

 しかし不慣れな美貴理は、極力他人を避けようとしているのか、一向にそれが見つからない。

 レジの方にコーヒーがあるという情報すら、彼女は知らないのだ。

 だとすれば、彼女は永遠に店内を彷徨い続けることになってしまうのだが……

 そこで美貴理は気づいた。

 店員のいるレジに早足で向かい――

「「おおっ」」

 ――そこを素通り、入口を開けた!

「おまえらあぁぁ‼」

 気休めにゴミ箱の裏に隠れていたのだが、彼女が店内を出るとすぐに見つかった。美貴理の柳眉が逆立っている。

「ついて来てよ! もうすごい怖かったんだからな!」

 なんと美貴理は泣いていた。

 拗ねたように頬を膨らませて、瞳からは涙がとめどなく流れ、なんとも庇護欲をそそる表情だ。

 タクと成佳は、彼女をきつく抱きしめたい衝動を必死に抑え、

「わかった――俺たちが悪かったから!」

「そんな瞳で見ないでミキ! 変な性癖に目覚める!」

 全力で顔を逸らして弁明する。どうやら正面から美貴理を見たら、もう耐えられないようだ。

「わ、わかってくれたなら、いいけど……」

 むしろ美貴理が若干引き気味で頷く。

 二度、三度と深呼吸をして、ようやくタクたちはいつもの冷静さを取り戻した。

「よし、なら行け美貴理! 俺たちがついてる!」

 三人で縦に並んで店内に入る。先頭はもちろん美貴理、しんがりは成佳が受け持った。

 タクの指示でコーヒーを一本手にしてレジに並ぶ。コーヒーは冷たいものだ。

 商品を受け取った店員は、タクの威嚇に怯えながらレジを打った。

「ひ、百円になります……」

 美貴理が震える手で硬貨を渡す。

「ちょうどお預かりしますありがとうございました!」と一息で言いきったその店員は、一行が店を出るのを待たずに裏方へ逃走してしまった。これだけ不審な集団なら仕方ないが。

「買えた! あたし買えたよ!」

 そう叫んで感動に打ち震える美貴理。おつかいが成功した喜びを噛み締めているのだ。

「ああ、おめでとう」

「おめでとう、ミキ!」

 ふたりは彼女に拍手喝采を浴びせた。

 三人で肩を組み、円陣の体勢を取る。

 まだ店内にいるにもかかわらず、美貴理が声を張り上げた。


「おつかい大作戦、成功だー!」


 忘れがちだが、あくまで彼女は十九歳である。



 感動の余韻もひとしおにコンビニを出る。

「それじゃあ、勝利の一杯を味わってくれ」

 親指を立てて成佳が言う。

 やたらと仰々しく頷いて、美貴理はプルトップに手をかけた。焙煎された芳香が美貴理の鼻孔をくすぐる。

 そして、ぐいぐいと一気飲み。見ていて気持ちよくなるほどの飲みっぷりだ。CMに使ってあげたい。

 冷えたコーヒーは喉を通過して、そして全身を浸透していった。まるで達成感が彼女を満たしていくように。

「うまいか?」

 タクが尋ねる。

「ああ、うまいよ。本当にうまい」

 手に持った缶をじっと見つめて美貴理は答えた。

 彼女はふと、思い出したように、

「あ。でももう眠気はとっくに抜けてたから、正直いらなかっ――」

 それ以上は言わせなかった。

 成佳が美貴理の頬を引っ掴み、彼女の口を塞ぐ。

 コンマ一秒。

「黙れ」

 幾度となく美貴理が頷くと、彼女は解放された。その顔は恐怖に引き攣っていた。

「んー、その、なんだ……」

 その様子を困惑して見ていたタクが考え込んでいた。

 そして、ひとつの提案。

「じゃあ、ついでにメシでも買っていくか」



 まあ、ここまで来た用事を作ってしまえ、ということだろう。

 本来の目的が意味を成さなくなってしまったら、これまでの苦労も水の泡だ。あまりにも虚しい。

 ならば、こじつけでも外出した目的が必要だ。

 こうして、一行の精神的大ダメージの危機は回避されたのだった。

「なんでこんなことに……。ああ、帰りたい」

「テメェのせいだろうが!」

 美貴理の愚痴に成佳が噛みつく。

 三人は公園に訪れていた。

 ――せっかくだから屋外で食事をしよう。

 それもタクが言ったことだった。

 並んでベンチに腰かけて、各々がコンビニで購入したものを膝の上に広げていた。

 タクは自分のおにぎりを口に放り込みながら、

「でも、こういうのも悪くないだろう」

 言った。

 その問いに、美貴理は辺りを見渡す。

 公園は規模が大きく、彼女たちの正面にある遊具群の他にも、小学生ほどの子どもたちが駆け回る広場と、試合中の野球場もあった。

 そして、そのすべてを夕陽が朱に染めていた。

 人々の歓声すらも、橙の炎に溶かされていく。

 ずいぶん遅い昼食になってしまったが……

 ――いい景色だ。

 美貴理は素直に、そう思った。

「……まあ、たまにはね」

 以前の自分からは想像もつかない考えが恥ずかしかったのか、瞳を逸らして呟いた。

 僅かに紅潮した両頬は、夕焼けがごまかしてくれた。

「ロマンス?」

 成佳が美貴理の表情を覗き込んだ。まぶたを細めて、口の端を吊り上げてほくそ笑んでいる。いやらしい表情だ。

「うおっ! な、なによ……」

 驚いて背中から転倒しかける。ベンチには背もたれがなかった。

 ロマンスって――

「――阿呆か」

 美貴理は溜息を吐いた。

 成佳の途方もない勘違いに呆れたのか、それとも一瞬だけ真理を突かれたように感じた自分に苛立ったのか。

「……まさか、ね」

 呟いて、彼女は考えることを放棄した。



 ★



 そして帰り道……

狂犬(マッドドッグ)!」

 またも美貴理は叫んだ。

 振り返ってみれば、あのときの子犬がなぜか今度はリードが外され、柵門を越えて美貴理にじゃれついていた。

「襲われたー! 助けてー!」

「ずいぶん犬に好かれるなぁ……」

 それをタクは微笑ましく感じながら観察していた。

 成佳は少し羨ましそうに子犬を眺めていた。

「いやああぁぁぁぁ‼」

 頬を舐められた美貴理はこの世の終わりのように絶叫する。

 やがてそこの家主が慌てて玄関から飛び出してきて――その光景に唖然としていた。

「仕方ないな……」

 ふざけている場合ではないと判断したのか、タクは子犬を美貴理から引き剥がした。

 そして、美貴理は子犬を逃がさずに遊んでくれたということで、飼い主に大層感謝を受けた。

 代償に、それ以来美貴理は犬恐怖症を患ってしまった……

 陽は沈み、今日もまた街に夜の帳が落ちていく。







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