表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

第三話 おまけ



〈おまけ・その後の成佳さん〉



『ありがとう!』

 その言葉を最後に通話は切れた。清井成佳は不可解な美貴理の行動に眉根を寄せた。

 突然『ウサギの着ぐるみの女を知らないか?』と尋ねてきて、こちらの都合などお構いなしで勝手に納得してしまった。なんて傍若無人な奴だ。

 憤慨すると同時に、頭の片隅で不安に思う。

 あの相当に切羽詰まった口調、なにか不穏当な事情があるに違いないだろう。

 タクがいるのだから心配するだけ無駄な気もするが、それでも油断ならないのが駄目人間が駄目である所以だ。厄介なことに巻き込まれていなければいいのだが……

「って、なんであたしがミキの心配なんてしなくちゃいけないのさ」

 窓の外の豪雨を眺めながら、ふと我に返る。

 この場にいない相手のことを一方的に考えても単なる骨折り損だ。

 気晴らしに漫画でも読もうと本棚に向かうが、

「ハガレン貸しっぱなしなんだよなぁ……」

 どこまでも美貴理が自分の行動を阻害する。今度会ったら一発ぶん殴ってやろうと心に決める成佳であった。

 仕方なく別のシリーズを漁るが、どれも中途半端な巻数が抜けている。その犯人は推測するまでもない。あの小生意気なニート娘だ。

 想起すれば、貸したのが高校時代にまで遡るものが大半である。よくこれまで堪忍袋の緒が切れなかったものだ。

「あ、あのアマあぁぁ!」

 憤怒に任せて奥歯を軋ませ、しかしすぐ冷静に。

 ――さっきから脳内は美貴理のことばかり。外は雨風激しいとはいえ、成佳も華の女子大生である。もっと有意義な休日の過ごし方はなかっただろうか。

「……遊びたくても、誘う相手がいないんだよ、ちくしょうめ」

 哀しき暴露である。

 成佳の通う大学に、彼女の友人と呼べる人間は存在しない。

 中学・高校と同様に、大学デビューに失敗した者を待つのは嫉妬や怨嗟蔓延る負の連鎖である。

 まず仲間ができない。すると話し相手がいないので、面白みのない講義が休みがちになる。大学に赴かなければ友達ができない。そしてサボり癖が助長されていく……具体的な内容は生々しいので割愛しよう。

 とにかく惨たらしい悪循環に陥っていた。

 高校時代の身内で進学したのは成佳のみ。就職組にはべらぼうに羨ましがられたが、蓋を開ければ針の筵、地獄の窯の中で無為な毎日を送っているのだ。まあ、世知辛い世の中の予行演習という意味では、着実に経験を積んでいるのだが。

「これじゃミキにでかい口叩けないよなぁ」

 嘆息混じりに呟くのは、やはり美貴理のこと。

 決して言葉にはしないが、コンビニ事件の際に美貴理から約半年ぶりの連絡がきたとき、成佳は嬉しかったのだ。

 常に美貴理が成佳を頼っているように映るこの関係だが、実際は成佳も美貴理に依存していたのかもしれない。

 屋根を打つ雨音が成佳を感傷的な気分にする。

 今、きっと美貴理は大変な状況に立たされているのだろう。電話の様子から予想するのは容易い。

「頑張れよ、ミキ……」

 自分には離れた場所から応援することしかできない、直接美貴理の力になることは叶わない。

 だから――。成佳は誓う。


 ――すべてが解決したとき、ひと言だけあいつを褒めてあげよう。


「ま、とりあえず今はあいつのことは忘れよっか」

 部屋の窓から曇天を見上げる。

 もう昔とは違う、美貴理の隣にはタクがいるのだ。自立した我が子を見守る父親の気持ちで、どっしりと構えているべきだろう。

 気分転換のため、成佳は棚からゲーム機を取り出した。ひとりで暇を潰すのに、彼女の部屋には漫画とこれくらいしか娯楽はないのだ。

 配線コードを確かめ、電源をつけ、ディスクを入れ――



 メモリーカードが刺さっていません。



「クソミキぃぃぃぃぃ‼」


 激しい雨音すら掻き消す魔物の慟哭が、狭い部屋にこだました。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ