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第8話:もう一つの素数共鳴器

 結城は、両手首をナイロン製の結束バンドで拘束された。結束バンドとは、電線を束ねる時に用いるもので、ニッパーか、カッターナイフでも使わない限り、切れることはない。樫村聡が前を歩き、その後ろを二人の黒服に挟まれた結城が歩いていく。

「余計なことは考えない方がいい」

ありがたいことに樫村は、結城に忠告をしてくれるらしい。

「君はもちろんのこと、我々も武器は持っていないが、その二人は体そのものが凶器だ。聞いたことはあるかな、古代バビロニア流武術。体そのものを意識的に石のように硬くできるらしい」

 もちろん、結城は知らない。飛び道具を持たないのであれば、逃げさえすればいいと結城は考えた。だが、考えることは誰でも同じだ。

「たとえ、我々から逃げ切ったとしても、この建物に窓はなく出入り口は表と裏の2か所のみ、ロボット警備兵がいる。万が一そこをすり抜けたとしても国革研の敷地境界には、高電圧を印加したフェンスが張り巡らされていて、フェンス上10mまでは、自動狙撃銃の射程範囲になっている。こいつはなかなかのもので、時々、大型の鳥が落ちているよ」

ありがたいことに、最後の自動狙撃銃は彼も調べきれなかった情報だった。そうして、もう一つありがたい知らせがあった。

「あわてなくてもいいですよ。折角、お越しいただいたのだから、実験の様子を見てもらいなさいと言うのが、戸山博士の指示ですから」

「戸山博士?」

「そう、このプロジェクトの責任者です」

「このプロジェクト」

「決まっているじゃないですか。素数共鳴器を使って、隠ぺい次元のエネルギーを取り出すのですよ。これが完成すれば、我が国のエネルギー事情は一変する。そして、この技術を独占できれば、かつての経済大国、いや帝国の復活です。そのためには、実験を成功させることはもちろんのこと、結城先生のような頭の固い反乱分子は樹海の肥やしになってもらい、沢村先生のような活きのいい頭脳は、新たなコアになってもらわないといけないのです」

樫村がさらりと述べた最後の一言は理解できなかったが、沢村みさにとって良くない話であろうこうとは想像できた。

 樫村は、話題を変えた。

「ところで、コアYのことだが、オラクルから聞いたとは思うが、あれは役に立っている。谷川博士には感謝しないと。もっと言えば、あの事故を起こしてくれた、君の友人にも感謝している」

結城は小さな唸り声を上げたが、樫村は喋るのに忙しい。

「あの事故があったから、彼女の精神は壊れた。おかげで、コアYはその数学的能力を発揮できたのだ」

結城は、樫村の言葉をそのまま鵜呑みにするつもりはなかったが、どうしても確かめておきたいことがあった。

「本当に、夢子には、感情がないのか? オラクルは感情のようなものがあると言っていたが」

「ふっ、甘いな。オラクルはそれを『興味』と言っていたが、あれは『注意』にすぎない。第一、感情など数学マシンには不必要だ。もし、感情を持っているとすれば消去しなければならない」

「感情を消去? ……そんなことができるのか?」

樫村は自問自答し始めた。

「さあ、どうかなあ。余計な記憶を消すことはできるだろう。だが、私は谷川博士のような脳神経科学の専門家ではない…… 最近、コアYの性能が落ちてきている。年のせいかと思っていたが、案外、余計な感情、余計な記憶があるせいかもしれない…… まあ、どうでもいいことだ。そろそろリプレイスしたいと思っている…… 活きの良い脳が二つほど手に入りそうだからな。いや、やはり、新しい脳をうまく起動できない可能性も考えて、コアYは残しておくべきだろうか……」

樫村の『活きの良い脳』という言葉は、結城を戦慄させた。三番倉庫で見た光景は、人間の尊厳を踏みにじる最悪の扱いだ。そして、先ほどの樫村の話と併せて考えると、活きのいい脳の一つがみさの脳であることは、明らかだった。


「そろそろ始まるころだろう」

そう言って、樫村は自分のバッジをかざして、制御室と記された部屋の扉を開けた。結城はその部屋の明るさと活気に一瞬、めまいを覚えた。教室二つ分の広さの部屋に机とコンピューターが並べられ、そろいの青い上着をはおった数十人の集団がいた。ある者は、モニターを覗き込み、ある者は壁の方を見つめている。その壁は透明で、向こう側に巨大な白いタンクが見える。部屋の中央には、立体スクリーンがあり、タンクの中に鎮座していると思われる直方体を映し出していた。三次元CAD図ではなく、多方向から見たカメラ画像をもとに再構成した立体実写画像である。結城がみさの研究室で見た素数共鳴器は金の箱だったが、この直方体の真っ黒で、各辺からはファイバー束が周囲へ伸びている。直方体の三辺の比は三つの素数オアシスでなければならないはずで、結城の目には、その比はみさの研究室のものと同じに見える。だとすると、三つ目の素数は結城が99.7%の確率で素数だと判定した数である。つまり、本物の素数ではないことになる。

 結城たちは、壁際、透明な壁とは反対の壁際をゆっくりと歩いていく。樫村は何も説明しないが、結城に実験の様子を見せたいのだろう。歩いている側の壁には、大型スクリーンがかけてある。9分割された画像が映し出されている。カメラ画像、何かのカウントダウンの数字、多種のグラフが見える。

 部屋の中央の立体スクリーンのそばには、白髪の男性が座っている。飛び交う報告と指示から、その男がこの集団の要となる人物であることは明らかだ。

「電界放出電極のエージングは終了しました。アウトガスは通常レベルです」

と若い男がマイクを使って、報告した。

「では、短パルスのビームエージングを始めてくれ。最初は、1ミリ秒、1アンペア、加速電圧は百キロボルトだ。電力回収器の方も起動してくれ」

白髪男が良く通る声で指示を出す。

「了解」

「計測班、準備OKです」

と若い女性がアピールする。

「よし、低速リアルタイムサンプリングでデータ収集開始だ。ビームダンプの温度モニターを忘れないように」

「了解しました」

 白髪男のすぐそばに座る神経質そうな若者が、立体実写画像にふれると、映し出された素数共鳴器は回転し始めた。ところどころで、回転を止めて、入念に確認をしている。それが一通り終わると、若者は白髪男に尋ねた。

「共振器制御班も準備OKです。ピエゾアレイの自動制御モードを起動しますか?」

白髪男は、部屋の隅の一段高いコーナーに座る恰幅のよい女性を振り返った。彼女は背中を見せて、誰かと話をしている。長年、一緒に仕事をしていれば、彼女が、必要な時に口を開くことは分かっていた。そして、今はまだその段階ではないことを白髪男は知っていた。

「自動制御はまだだ。どうせ短パルスだから、安定はしないだろう。定常になったら、制御をかけてくれ。ただし、共振器長は、今から、ちゃんとモニターしておいてくれ」

「了解」

 結城たちがたどり着いた部屋の隅には見知った顔があった。一人は、結城が予期していた沢村みさであった。もう一人は、合計、二回、結城を襲った黒服である。結城の家のそばで会った時も、病院で襲われた時も、今と同じ黒光りする革靴であったから、同一人物であるのは間違いない。最後の見知った顔は、結城が忘れていた人物である。百瀬明美だった。

 結城たちが着いた時、みさは恰幅のよい女性と激しい議論をしていた。彼女は、年の頃は六十、横だけでなく身長もかなりありそうな大柄な女性である。その女性はこう言っていた。

「この技術を完成させ、独占できれば、日本の産業は息を吹き返す。勤勉さ、正確さ、創意工夫、忍耐力、そう言った日本人の美徳が報われるようになる。そして、それにふさわしい地位を復活させられるのよ」

沢村みさが反論する

「だからと言って、技術を独占していいわけではない。この技術は人類のためのものよ。もし、日本が技術開発に成功したのであれば、それは、誇っていいことだし、名誉なことよ」

 二人とも、結城たちにちらりと目をやったが、議論に忙しいようである。樫村と結城は、その議論を静かに見守った。

「日本人の欠点は、謙虚さと、皮相な正義感だわ。もっと貪欲にならなければ国が滅ぶわ。ここ数十年の没落は何が理由だと思う? リソースを持たないこと。原油、レアメタル、鉱物を持たないこと。農業に適した平地の不足。漁場は隣国に荒らされたわ。そして、自虐的なまでの安全規制、環境規制。CO2規制で萎縮した工業。極めつけは、個性と自由を重視した教育。日本人の勤勉さと忍耐力は失われつつあるわ」

そういう彼女の発言には説得力と迫力があった。一方、

「それは、どうしようもないこと、時代の流れ、必然よ。そんなことに文句を言っても始まらないわ」

と言うみさの声には力が感じられない。恰幅のよい女性は、さらに声を大きくしてこう言った。

「そうかしら、甘いのは日本だけよ。他の国は違うわ。持てるリソースを最大限に生かした政治戦略で日本を圧倒した。安全規制、環境規制を無視したコスト削減。民衆を扇動した不買運動。露骨な軍事力による影響圏の拡大。圧倒的な人口を背景にした強引な商取引。シェールガスという幸運にも恵まれた国もあったし、核兵器で日本を脅した国もあった。その一方で、日本が原油を輸入していた古くからの産油国は、一致団結していた。日本はどうすべきか……」

彼女の言葉には一理あった。実際、彼女と同様に考える人々は少なくない。だが、自分の国さえ良ければいいという考え方に、結城は嫌悪を覚えた。日本人の血が半分しか流れていないみさが嫌悪を感じていることは確実だ。彼女が、次に示した救国の策は目新しいものではない。

「その答えの一つが同盟。互いの欠点を補える相補的な同盟よ」

彼女は一旦、口をつぐんで、隣に立つ黒服にちらりと視線を送った。そして、結城は彼女の口から思わぬ国名を聞いた。

「パルティア国。その民の起源は古代都市バビロンにまでさかのぼると言われている。が、長く顧みられることのなかった小国。ところが、日本が技術協力した超深々度油田の開発に成功し、状況は一変した。その激変を隣国は妬んだ。一方、日本は日本の隣国に圧倒されていた。この二国が同盟関係を結ぶのは自然だったわ。敵の敵は味方といういい例ね」

沢村みさは黙っている。彼女もパルティアの血を引いているのだ。

「協力関係は三十年以上も前から始まっているわ、いい例が、あなたの母、エリー・イシュタール博士よ。彼女は国費留学生だった。貧しかったわ。私も日本人にしては貧しかったわ……」

 彼女は、昔を思い出したのだろう。だが、イシュタール博士の名を口にする彼女の表情は、センチメンタルなものではなく、苦々しいと言った方が良かった。結城にはその感情を理解できた。嫉妬、華やかな成果を上げた者に対する嫉妬であった。

「エリーは王家の血を引く令嬢だったけれど、国は貧しかったから、日本政府から留学生に支給されるお金でやっていくしかなかった。でも、お嬢様だったわ。一方、私は、学歴のない家に生まれ、彼女以上に貧しかったし、何に対しても貪欲だった」

 みさが、尋ねた。

「もしかして、戸山先生は、母と同期だったのですか?」

「そうよ。同期であるエリーと、その娘を犠牲にしなければならないのはつらいわ」

「えっ、犠牲?」

 みさは、結城の方を振り向いた。顔に疑問符を浮かべているから、結城が説明してくれると思ったのだろう。彼女は事態の深刻さをまだ理解できないようだった。一方、百瀬は、冷静だ。結城の両手が結束バンドで固く縛られているのを見ても動じていなかった。戸山博士は、結城を見つめながら、こう言った。

「日本が優位に立つには、情報をもらしてはいけない。完璧にするには、情報源を閉じ込めるか、削除するかしかないわ。原理的には四人をこの研究所に抱え込んでもいいのだけれど……」

抱えこむというあいまいな表現を使ったが、要は幽閉である。そして、戸山博士はもっと確実な手段を選択した。

「結城先生とエリーは、古い脳、危険思想の持ち主だから、処分するしかないわ。でも沢村先生と…… 百瀬さんだったっけ? とにかく、新しい脳は、救国の手足となってほしいわ」

「古い脳? 新しい脳?」

みさは何が何だかわからないという顔をしている。百瀬が見かねて口を開いた。

「この女は、あたしたちは邪魔だから、死んでほしいと言っているのよ」

「えっ!」

 戸山博士は咳払いをした。 

「そろそろ、実験が始まるわ。ここに居てもらいたいのは山々だけれど、邪魔をされては困るわ。ハイダル、お客様を準備室にお連れして」

 ハイダルと呼ばれたのは、結城の命を狙った黒服のリーダーらしい。上等な黒のスーツを着て、黒光りする革靴をはいいる。戸山博士の合図で、結城をエスコートした他の二人の黒服は、あっという間に、みさと百瀬の手首を結束バンドで拘束した。

「ちょっと! 何をするのよ!」

とみさが叫ぶが、誰も応えない。なおもみさが

「戸山博士! 三つの目の数は素数じゃないから危険だって、言ったのに、無視するの?」

と言うと、戸山博士は冷静に答えた。

「どうせ、でまかせでしょう」

「私たちの実験装置の事故のことを話したでしょう?」

「万が一素数じゃなかったとしてもコアYが監視しているから直ぐに対応できるわ。心配しなくても、準備室には窓があるから、自分の目で確認してごらんなさい。私たちの実験がうまくいくのを指をくわえて見ていればいいわ。ハイダル、うるさいハエを追い出して」

 結城たちは、黒服三人に追い立てられた。

「このわからず屋!」

みさが身をよじって叫ぶが、幕は下ろされた。

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