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第1話:オアシス

空想科学祭FINAL参加作品です

 夜明け前、冷え切った大地が、温かみを待ち焦がれている。だが、ようやく顔を見せた太陽は、ほんの一瞬、闇を赤く染めかたと思うと、すぐに深い青空から容赦のない光を放射する。ここでは太陽は戒めであり、水が慈悲であった。その水をたたえていたはずの水源は、年々小さくなり、もう数年で完全に干上がってしまうと思われていた。


 土色の家屋の入り口から、頭に布を巻いた老人が顔を出し、周囲を見回した。いつものように高い太陽が路を焼いている。老人は口に布を当てた。そうしなければ、呼吸するたびに、体の水分が逃げていくのだ。

 周囲では強い風が吹き、細かな砂が少しずつ動いていく。それは、何百年と繰り返された風の働きであった。そうやって、いつの間にか巨大な砂丘が大地を駆け抜けていく。後から後から、やってくる砂丘には終わりがなかったが、このオアシスは何百年とそれに耐えてきた。それゆえに彼の部族の拠り所となり、聖地となった。だが、部族はオアシスの水脈と引き換えに富と繁栄を手にした。十年程前に、数十キロ先の地下深くに油が見つかったのだ。超深々度掘削技術により、この小さな王国は富める国に仲間入りし、その富で水を買い、街を作った。

 老人が探していた孫娘は、泉のほとりで泥遊びをしていた。黒地に赤の縁取りがついた民族衣装をまとっている。ゆったりとした袖をまくっているものの、衣装のあちこちに泥が付いている。老人はため息をついた。

「ミーシャ、泥遊びはやめなさい!」

「えーっ! せっかく、もちもちの泥があるのに~」

「泥じゃない! 聖なる清らかな水だ!」

「でも~」

「でもも、何もない! いいから泥を落としなさい!」

「は~い」

老人は、久しぶりに故国にもどってきた母子を、このオアシスに案内した。雨の国で生まれた孫娘に、砂漠の厳しさと、オアシスの優しさを教えたいと思ったのだ。母親の方は空調の利いた室内で、仕事に没頭している。孫娘には、このオアシスがなくなる前に、それを心に留めておいてほしいと願っていた。

 老人は、くりくりとした目を見つめながら、少女の手を拭いた。

「いいかい、ミーシャ。おじいちゃんが大事な話をするからよくお聞き」

「大事な話?」

「オアシスの話だ」

「あ、それっ、ミーシャは知っているよ」

「知っている?」

「オアシスの名のもとにってやつでしょう。オアシスにやってきた人には、やさしくしなくちゃいけない。どんなに仲が悪くてもオアシスではけんかをしてはいけないって話でしょう? ママが教えてくれたわ」

「なんじゃ、知っておるのか。ならば、昔話をしてやろう」

「女神様の話でしょう? 昔、ボロボロのおばあさんがオアシスにやってきて、水を恵んでくれって言った話でしょう?」

「ボロボロじゃなくて、襤褸をまとったおばあさんなんじゃが…… 続きを知っておるのか?」

「知っているわよ。村人は誰も相手をしなかったけれど、一人の男の子がかわいそうに思って、柄杓でくんだ水とナツメヤシの実をおばあさんに渡したの。でも、そのおばあさんは、本当は女神さまだったの。柄杓は、剣に変わり、実は、食べると賢くなる種に変わった」

「よく知っておるのう。では、その少年はどうなったか知っておろうな」

「もちろん。その子は王様になったわ。おじいちゃんのおじいちゃんだっけ?」

「いや、おじいちゃんのおじいちゃんの、さらにおじいちゃんの…… 大昔のおじいちゃんじゃ」

「それじゃ、恐竜もいたかしら?」

「さすがに、恐竜はいなかったよ」

「じゃ、王様は安心ね」

「ミーシャは知らんのか? 王様が強かったことを」

「お姫様をドラゴンから救った話でしょう? ママから何度も聞いたわ」

老人は舌を巻いた。七歳でこれだけ知っていれば、十分だと。そして、母親をばかにしていたことを反省した。

 老人は、ふと気がついた。彼しか教えられないことがあることに。

「ミーシャ、王様のように強くなりたくないか? 王様は孫に、孫はその孫に、というように強くなる方法を教えた。わしも、わしの爺さんから教えてもらった」

「ミーシャは、強いから、クラスの男の子よりも強いから、教えてもらわなくてもいいわ」

そういって、少女はニコリとほほ笑んだ。

「じゃが、本物の王子様を救うには、もっと強くないとだめだ」

と老人は微笑み返した。そして、泉に手を浸した。濡れた手で自らの額に触れ、さらに少女の額に滴をつけた。

「オアシスの名のもとに、我は誓う。汝に勇気と慈悲の心を授けることを」


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