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同窓会  作者: コタロー
2/6

ゆうの夕


雲はすっかりと赤く染まり、左手に見える海も黄金色からだんだんと赤みを増していく。


和也は実家へ向かい、海沿いの道を走る車の中で思い出していた。


同窓会の連絡があったのは丁度ひと月前。

幹事の坂田武士から電話があった。


武士は少し空気が読めないというか、他人をからかって喜ぶちょっと嫌な奴なのだが、少学生からの腐れ縁が続いている。


「お前ハガキ見た?返事こねぇけど、今回も参加しねぇの?卒業して、こっち全然帰ってきてねぇだろ」武士がぶっきらぼうに聞く。


深く心に残る少女への後悔と罪悪感。苦しくて苦しくて押しつぶされそうになる心をどうにか守ってきた。


思い出から逃げる様に地元を離れ、3年がたち、ようやくその思いも、僅かではあるが薄れてきた様に感じていた。


和也が1度も帰郷していないのは、やっと薄れてきた痛みが、また再び強く甦ってくるのではないかという、恐怖にも似た感情だった。


「考えとくよ」


そう言って電話を切ろうとした和也に武士が思いもよらない名前を口にした。


「今度の同窓会、綾瀬も来るらしいぜ」


和也の鼓動は明らかに激しくなる。顔に登ってきた血は顔を痺れさせた。


心の奥深くにいるはずの綾瀬ゆうの顔が、鮮明に浮かんでくる。


綾瀬と初めて出会ったのは高校の入学式。

和也の右斜め前に彼女は居た。


同級生とは思えない、大人びた雰囲気と、整った顔。小柄な顔に少しきりっとした大きな猫の様な冷たい目。しなやかな体。

そして何よりも、夕日が映り込んだ水面の様に、キラキラと薄い赤茶色に濡れた、背の中程まである長い髪が印象的だった。


和也は一目惚れだった。


激しく打つ鼓動を祈る様に手で抑え、出来る限りの冷静を装い、笑いながら和也は言った。


「だからなんだよ」


電話で良かったと和也は思った。


「あれ?和也、綾瀬の事好きなんじゃなかったっけ?」武士がからかった様に聞く。


鼓動が更に早くなる。


「関係ねぇよ…」


後悔の景色が蘇り、胸が痛くなってくる。



「でもあいつ九州に転校しただろ?連絡ついたのかよ?」先に言った言葉を打ち消す様に慌てて言った。


「ああ、電話はわからないし、学校に問い合わせても住所わからなくてさ」

「まぁ、さすがに九州は遠いし、クラスでも浮いてたし、どうせ来ねぇと思ってたから特に探さなかったんだけど、あいつ高校卒業して、こっちの大学に入ってたらしいよ」


帰って来てた!?…

和也は驚いた。

今すぐにでも家を飛び出しそうになる。


大学の入り口で待てば会えるかもしれない。


和也はとにかく謝りたかった。今更、好きですとか、付き合ってと言うつもりはなかった。ただとにかく、あの時の言葉は本意では無い事を伝えたかった。


そして願わくばもう一度だけ、あの恥ずかしそうに小さく笑う顔を見たかった。

「おい和也、聞いてんのかよ?」と武士が呼ぶ声が聞こえる。


「あ、聞いてるよ」


「それで、クラスの女子で近藤小百合って居ただろ?近藤が同じ大学だったらしくて、声かけたら意外にすんなりOKしたらしいぜ」


意外…


確かに高校時代の綾瀬ゆうは、こういうイベントに参加するイメージは無い。


その容姿と、時として高慢と取られた何者にも媚び無い冷たい雰囲気。


この年頃は、純粋で真っ直ぐだからこそ、時として、羨望や嫉妬は何処までも無慈悲に残酷になる。


その容姿と態度からか、援交や売春、男、何の根拠も無い噂がいつもまとわりついていた。


いわゆる「不良少女」のレッテルを貼られた彼女は、クラスで浮いた存在になってしまっていた。


結局、男子に限らず女子とも一線を引き、高校2年生の冬に転校して行くまで、クラスの誰とも親しく話している姿を見た事がなかった。


だが和也には「不良少女」というレッテルにずっと違和感を感じていた。



それは高校1年の終わり、季節はちょうど今頃の事だった。


放課後、忘れ物を取りに帰った教室の窓辺に綾瀬が1人立っていた。


こんな時間に残ってるなんて珍しいな…

和也は忘れ物を探すふりをしながら、綾瀬の顔を覗き込む。


窓から入り込む夕日は、彼女の赤い髪を一層際立たせ、その火は、白く透き通った肌をほんのりと赤く染めている。


泣いてる?

一瞬そう感じる程、哀しげな表情だった。


綾瀬もこんな表情するんだな…

不謹慎にもすっかり見とれてしまった。


「なに?」


そう言いながら、振り向いた綾瀬と目が合う。いつもの冷たい口調だが、ほんのり赤い肌に浮かぶ瞳は少しだけキラキラと優しく、そして儚く見えた。


「え?」


「なに見てるの」


綾瀬が和也を睨み付ける


「あ、いや、まだ帰ってなかったんだ」


「悪い?貴方に関係無いでしょ?」


「まぁ、そうだけど…」


沈黙が続く。

和也は必死に言葉を探す。


「ゆうって名前さ…多分、漢字にしたら夕日の夕だよな」


「なにそれ?」


彼女にとって、特に印象も無かっただろう1人の男子の唐突なセリフに、怪訝そうな顔をする。


「いや、なんか夕日がすげー似合う」


「…」


「それ、私が暗いって事?確かに太陽が似合う女じゃ無いかもね」


そう言いながらも、少し照れた様な表情と口調は、いつもの冷たい「大人の女」とは違う。


なんか同じだ。

そう思った。


「いや、そういう意味じゃ無くて」

彼女の言葉をあわてて否定する。


「じゃ何?」


わざとすねて見せる様な感じで聞き返す。


同じ16才の普通の女の子だ…

和也はなんだか嬉しくなった。


「凄いキレイだから…」


そう言った和也は瞬時に後悔した。調子に乗ってしまった。何だか告白してしるみたいだと思った。


入学当初の頃は告白する男子も大勢いた。


「興味ない」


それが告白に対する彼女のいつもの答えだった。


「いや、ほら、髪が赤く光って綺麗だなって」と誤魔化す。


「ふーん、この髪、自毛なの。私この髪嫌いなんだ」

言葉とは裏腹に一瞬口元が緩んだ様にも見えた。


「ごめん」


「でも、綾瀬と今日初めて話したけどさ、綾瀬って冷たい感じがするけど、何かそうでもないなって思った」


「すぐ睨むし、言葉も冷たいけど、そんなに噂ほど怖くねぇな」


本当にそう思った。


キツイ態度も、冷たい口調にしても心がこもっていない。


いや、心がこもった冷たい言葉というのもおかしいけれど、それ程、心に刺さらない。


上手くは言えないが、友達同士がたたく軽口と言うか―それに近い感じ。


片思いの男の勝手な想いか、それとも、綾瀬の初めて見た表情がそう感じさせるのか。


とても不思議な感じだった。

「噂って?」


和也は又、余計な事を言ってしまったと後悔した。


「いや、そんな大した事じゃ無いけど…」と和也は言葉濁す。


「わかってる」

「知ってるよ噂、どういう風に言われてるか」


そう言いながら和也を見て少し笑うと、又窓の外に視線を戻した。


彼女の顔はまた少し哀しげな表情に戻ってしまっていた。


「本当なの?噂」和也は恐る恐る尋ねる。


「…そうかもね」


彼女は空を見上げたまま、表情も変えずそう答えた。


窓から入ってきた少し冷たい風が彼女の髪をなびかせる。


「あのさ、本当に綺麗だと思うよ。その髪。」


「じゃ俺帰るから」


和也は結局これ以上の緊張には耐えられず、教室を出た。


「ありがと」


教室のドアを閉める音にかき消された声は、そう聞こえた様な気がした。


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