留学令嬢は、第四王子を殴って帰国した。
なんでもあり。
「あ〜あ、王子のこと殴っちゃったよ…、不本意だ」
私の呟きが漏れて、すぐ近くにいた数少ない王子の側近たちがビクリと体を震わせるのだった。
私は隣国から留学していたただの生徒のはずだった。
それがどういうわけか、同級生の第四王子殿下に一目惚れされた。
誠に不名誉である。
ボンクラ王子に恋をされて嬉しい人間がどこにいるんだ。
というか、私は祖国に愛しい婚約者がいるというのに。
で、どこから聞きつけたのか、王家が私個人に接触してきた。
『第四王子の監視役をしてほしい』と。
そんなこと他国の人間に頼むなや…と思ったが、どうやら正式に祖国に依頼して了承を得たものだったもんで、私に拒否権はなかった。
というわけで、脳みそなし男に言い寄られる日々が続いていたんだけれど…。
ダメだった。
ひと月が限界だった。
いつものようにうまいこと物理的距離を取っていたというのに、今日はしつこくて、私の肩に手をかけてきたのだ。
私としても不覚だった。
あんなやつに触らせるなんて。
私に触れていいのは、大事な婚約者だけだ。
だから、こう、つい手が出てしまって、第四王子の顔面に拳が入っていた。
で、そのまま後ろに倒れて、気絶しちまった。
あーあ、やらかしたなぁ。
「ヘブリーン嬢。此度の件、感謝する」
「…いえ、私こそ、ご子息を殴ってしまい申し訳ありませんでした」
「よい、あやつはもうだめだったのだ。意中の相手にやられて、少しは大人しくなるといいのだがなぁ」
…それは、無理だと思います陛下。
私は第四王子をぶん殴ったあと、依頼を受けた時のように城に呼び出されていた。
私が、常日頃あげていた報告書は採用されたらしい。
自分の立場に胡座をかいているだけならよかったのだろう。
私は隣国から来た令嬢だったから、手を出されなかっただけだ。
それぐらいの常識があるなら、他にも適用してほしかったがな。
下位貴族の令嬢たちは、とにかく彼の目につかないように、誰もおしゃれをしていなかった。
下位貴族の子息たちも、彼の視界に入らないように頑張っていた。
見つかったら最後、憂さ晴らしに殴られてしまうからだ。
酷い時は、身につけている金品まで奪われてしまうのだから、逃げ惑うしかない。
ビクビク怯えていて、可哀想だった。
といった感じで、第四王子さえいなければ学園はまともなのだろうというくらい酷かった。
私はなぜ大丈夫だったのか、って?
そんなの大丈夫に決まっている。
だって、私の方が強いからな。
私の留学の目的は、この国の騎士たちが強いからだった。
女性騎士も輩出しているほどのもので、ご令嬢でも騎士科の女たちはみんな強かった。
間違って第四王子に狙われても、私と同じように護身術を駆使してことごとく躱していた。
強くなればなるほど、第四王子の眼中にも入らない。
そんな彼女らを見て、騎士科に編入した人たちがどれだけいたことか。
将来、騎士たちでいっぱいになるのではなかろうか。
それを危惧しての私への依頼だった。
第四王子のせいで、下位貴族のほとんどは騎士科に編入してしまった。
だから、王子への最終判断を下すために、この国の人間ではない人の目も借りたかったのだろう。
騎士だけ増えても、国としては困るからな。
屈強な連中ばかり増えるというのは、私としてはとてもよい光景に思うがな。
そんなわけで、私はその騎士科に入るために、留学に来ていたのだった。
隣国の人間をひょいひょい招くわけにもいかないからこそ、留学する際に受けた試験は、この国の辺境騎士になるための試験と同じものだった。
それに合格したからこそ、私に王家直々の依頼が来てしまったといってもいい。
だがしかし、騎士科の授業は実にためになるものだった。
婚約者を置いてでも、留学してきてよかったと思っているくらいなので、受け入れてくれたこの国にも陛下にもとても感謝している。
その礼になったというのなら、監視役も悪くはなかったのかもな。
「こちらこそ、大変お世話になりました」
「ヘブリーン嬢が帰ってしまうと、騎士科も静かになりそうだのう」
「はははっ、彼らならもう大丈夫ですよ。私と同じくらい強いので。それに愛しい人を国で待たせているので」
「そうか。此度は本当にありがとう。君宛に正式に報奨金を出すので、結婚祝いとして受け取ってくれ」
「お気遣い感謝致します」
興味はないが、第四王子は謹慎処分のあと、廃嫡と退学が決まったらしい。
自業自得なことで。
私が殴ったことは不問にされた、有難いことである。
留学を終え、国境まで来たところで、見覚えのある家紋の馬車が待っていた。
「ヘブリーン、おかえり」
「ジョン!来てくれたのかっ!」
私は馬車から降りてきた婚約者が目に入って、駆け寄って、彼に抱きついた。
返事をするように、ジョンは私を受け止めた。
「ジョン、聞いてくれ。私は護身術がもっと上手くなったんだ!これで君に勝てる日が近づいたかもしれないぞ!」
「そうなの?じゃあ、帰ったらお手合わせ願おうかな」
「ああっ!留学の成果を見せてやるからな!」
「それは楽しみだね。とにかくおかえり、会いたかったよ」
そう言って、ジョンは私の額にキスをした。
そうだとも、私に触れていいのは彼だけだ。
ついでに言うと、私の好みは自分よりも強くて屈強な男だ。
自分より弱いものにしか殴りにかかれない第四王子など、はじめから願い下げなのである。
了
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