第九話 信頼の芽生え
魔導炉の一件から、桐生に対する信頼は、さらに高まった。
技術者たちは、桐生の判断を尊重するようになった。
「キリュウ殿が言うなら、間違いない」
「キリュウ殿に確認してもらえば、安心だ」
そんな声が、聞こえるようになった。
ある日の夕方——。
桐生は、リーネから呼び出された。
執務室に行くと、彼女はいつもの椅子ではなく、窓辺に立っていた。
夕焼けを眺めている。
「お呼びですか」
「はい。少し、お話ししたいことがあって」
リーネは、振り返らずに言った。
「二ヶ月前、あなたが来てから、この都市は変わりました」
「まだ、道半ばです」
「それでも、変わりました。魔導炉の事故を二度も防いでいただきました。上水道を浄化していただきました。城壁を補強していただきました。住民たちの表情が、明るくなりました」
リーネは、ようやく振り返った。
その目には、涙が光っていた。
「父が亡くなった時、私は絶望していました。この都市を、一人でどうやって守ればいいのか。若い私に、何ができるのか。毎日が、不安でした」
「……」
「でも、あなたが来てくれた。私の代わりに、都市を守ってくれた。私に、やり方を教えてくれた。今、私は、前よりも自信を持てるようになりました。それは、あなたのおかげです」
桐生は、何と言えばいいか分からなかった。
感謝されることに、慣れていなかった。
「俺は、自分の仕事をしているだけです」
「それは、謙遜です」
リーネは、小さく笑った。
「自分の仕事をするだけ——それが、どれほど難しいことか。私は、父を見てきたから、わかります。父も、『自分の仕事をするだけ』と言っていました。でも、その仕事を、本当にやり遂げる人は、少ないのです」
桐生は、黙って聞いていた。
「あなたは、やり遂げる人です。どんな地味な仕事でも、どんな危険な仕事でも、逃げずにやり遂げる。そういう人を、私は信頼します」
「……ありがとうございます」
桐生は、素直に言った。
「信頼してもらえるのは、嬉しいです」
「私も、嬉しいです」
リーネは、微笑んだ。
その笑顔は、今まで見た中で、一番自然なものだった。
「これからも、よろしくお願いします。施設管理官殿」
「ああ。よろしく、リーネ様」
二人は、そこで握手を交わした。
それは、単なる形式的な挨拶ではなかった。
信頼という名の、絆の証だった。
その夜——。
桐生は、自室で報告書を書いていた。
今日の点検結果、明日の作業予定、来週の修繕計画。
書くことは、山ほどある。
だが、桐生の心は、軽かった。
信頼されている。
必要とされている。
元の世界では、得られなかったもの。
この世界では、それがある。
ペンを走らせながら、桐生は思った。
ここに来て、良かった。
元の世界で死んだことは、不本意だった。
黒崎の無責任な判断が、許せなかった。
だが、その結果、ここに来ることができた。
新しい世界で、新しい仕事を、新しい仲間と。
それは、悪いことではない。
むしろ——。
いや、感傷に浸っている場合ではない。
まだ、やることは山積みだ。
桐生は、頭を振って、報告書の続きを書き始めた。
だが、その時——。
スキルが、反応した。
遠くから、何かが来る。
大きな「異常」が。
前よりも、近づいている。
前よりも、鮮明になっている。
桐生は、窓の外を見た。
西の空に、赤い光が瞬いていた。
夕焼けではない。
何か、別のものだ。
何かが、起きようとしている。
桐生は、それを確信した。




