第五話 スキル【予知保全】
バルトハイムに来て、二週間が経った。
魔導炉の修理が完了し、都市に魔力供給が再開された。
照明が灯り、暖房が動き、浄水設備が稼働する。
当たり前の日常が、戻ってきた。
住民たちは、それを喜んだ。
だが、桐生は分かっていた。
これは、始まりに過ぎない。
その日、桐生は自分のスキルについて、詳しく調べていた。
ステータス画面を呼び出し、スキルの説明を読み込む。
【予知保全(CBM)】〈固有〉
・設備の状態を常時感知し、故障の予兆を察知する。
・効果範囲:半径100メートル
・感知精度:異常発生の24時間前
・レベルアップにより、範囲と精度が向上する可能性あり。
効果範囲は半径百メートル。
感知精度は、異常発生の二十四時間前。
つまり、このスキルの範囲内にいれば、設備が壊れる一日前に、それを察知できる。
これは、非常に強力な能力だ。
元の世界では、どれほど経験を積んでも、故障の予兆を確実に捉えることはできなかった。
勘と経験で「何かおかしい」と感じることはあっても、それを数値で証明することはできなかった。
だから、黒崎のような人間に「根拠がない」と退けられた。
だが、このスキルがあれば違う。
「壊れる」と言えば、本当に壊れる。
予言が当たるのだ。
これなら、誰も無視できない。
ただし、問題もある。
効果範囲が百メートルというのは、狭い。
この都市全体を監視するには、まったく足りない。
都市の端から端まで、直線距離で数キロメートルはある。
すべてを監視するには、自分が歩き回るしかない。
そして、感知精度が二十四時間前というのも、微妙だ。
設備によっては、修理に数日かかるものもある。
二十四時間で対応が間に合わない場合、スキルで察知しても、手遅れになる可能性がある。
レベルアップで範囲と精度が向上する、とある。
だが、どうすればレベルが上がるのかは、書かれていない。
試行錯誤が必要だ。
桐生は、実験を始めた。
まず、魔導炉の前に行き、スキルを意識的に発動させてみる。
目を閉じ、意識を集中する。
すると——。
視界の中に、色が浮かび上がった。
緑。
魔導炉は、正常だ。
修理が完了し、問題なく稼働している。
次に、上水道の貯水槽。
黄色。
まだ完全ではない。
清掃は行ったが、配管の一部に劣化がある。
近いうちに、交換が必要だ。
その次に、下水道。
緑。
魔獣の死骸を撤去してからは、問題なく流れている。
桐生は、都市のあちこちを歩き回り、スキルで状態を確認していった。
緑、黄色、赤——。
信号機のように、設備の状態が色で表示される。
これは、使いやすい。
言葉で説明するよりも、色で示す方が直感的だ。
報告書にも、この色分けを取り入れよう。
緑は正常、黄色は要注意、赤は緊急対応必要。
誰でも一目で分かる。
そうやって歩き回っているうちに、あることに気づいた。
スキルを使い続けていると、だんだん「見える」範囲が広くなっている気がする。
最初は、本当に目の前のものしか分からなかった。
だが、今は、少し離れた場所の設備まで、ぼんやりと感知できる。
練習すれば、範囲が広がるのかもしれない。
桐生は、その日から、毎日スキルの訓練を始めた。
朝の点検巡回で、意識的にスキルを発動させる。
最初は疲れる。頭の中が、情報でいっぱいになる感覚。
だが、続けているうちに、だんだん楽になってきた。
情報を取捨選択できるようになった。
必要な情報だけを、ピックアップできるようになった。
そして、三日後——。
スキルの表示が、変わった。
【予知保全(CBM)】〈固有〉 Lv.2
・設備の状態を常時感知し、故障の予兆を察知する。
・効果範囲:半径150メートル
・感知精度:異常発生の36時間前
レベルが上がった。
範囲が百メートルから百五十メートルに。
精度が二十四時間前から三十六時間前に。
桐生は、思わず笑みを浮かべた。
やはり、使えば使うほど、成長するのだ。
筋トレと同じだ。
負荷をかければ、筋肉は強くなる。
スキルも、使えば使うほど、強くなる。
なら、もっと使おう。
もっと訓練しよう。
この都市全体を、一瞥で監視できるようになるまで。
その日の夜、桐生はリーネにスキルのことを打ち明けた。
今まで「勘」と誤魔化してきたが、これ以上隠しておく理由もない。
協力してもらうためには、情報を共有する必要がある。
「予知保全……」
リーネは、その言葉を噛みしめるように呟いた。
「設備の故障を、事前に察知できる能力……」
「そうです。今は半径百五十メートル、三十六時間前まで。訓練すれば、もっと範囲と精度が上がると思います」
「なるほど……だから、魔導炉の異常に気づけたのですね」
「ああ。あの時、スキルが『赤』と警告していた。だから、緊急停止を決断できた」
リーネは、しばらく考え込んでいた。
そして、言った。
「その能力を、この都市のために使ってくださいますか」
「もちろん。そのために召喚されたんでしょう」
「ありがとうございます。ですが、一つお願いがあります」
「何を」
「そのスキルのことは、他の者には秘密にしてください」
桐生は、眉を上げた。
「なぜ」
「予言の力を持つ者は、この世界では特別視されます。敬われることもありますが、恐れられることもあります。妬まれることもあります」
「政治的な問題が生じる、と」
「はい。今はまだ、あなたの立場は不安定です。私は信頼していますが、他の貴族や商人たちは、どう思うか分かりません。もう少し実績を積んで、信頼を勝ち取ってから、公にした方が良いと思います」
桐生は、頷いた。
リーネの言うことは、もっともだ。
元の世界でも、能力だけでは認められない。
実績がなければ、信頼は得られない。
まずは結果を出す。
その後で、種明かしをすればいい。
「わかりました。当分は、『勘が鋭い』で通します」
「お願いします。そして……」
リーネは、少し言い淀んだ。
「何か、私にできることがあれば、おっしゃってください。あなたの力を、最大限発揮できるように、私は協力します」
「……ありがとうございます」
桐生は、素直に感謝した。
この少女は、自分を信じてくれている。
自分の能力を、認めてくれている。
元の世界では、得られなかったものだ。
その信頼に、応えなければならない。
翌日から、桐生は本格的に都市の再建に取り組み始めた。
優先順位を決め、作業計画を立て、人員を配置する。
まずは、「赤」の箇所から。
城壁の亀裂、水道管の破損、排水溝の詰まり。
放置すれば、すぐに問題が起きる場所を、優先的に修繕する。
次に、「黄色」の箇所。
今すぐではないが、いずれ問題になる場所を、計画的に補修していく。
そして、「緑」の箇所。
正常だが、定期的な点検が必要な場所を、巡回ルートに組み込む。
桐生は、すべてを文書化した。
点検表、作業報告書、修繕計画書、巡回スケジュール。
誰が見ても分かるように、情報を整理する。
それが、仕事を属人化させないためのコツだ。
自分がいなくなっても、仕事が回るようにする。
それが、本当のプロの仕事だ。
ハインリッヒを始めとする技術者たちは、最初は戸惑っていた。
こんな細かい記録を取る必要があるのか。
こんな面倒な手順を踏む必要があるのか。
だが、桐生が理由を説明すると、彼らは納得した。
「記録がなければ、何が起きたか分からない。何が起きたか分からなければ、同じ失敗を繰り返す。失敗を繰り返さないために、記録を残す。それだけのことだ」
シンプルな論理だ。
だが、それを実践できている現場は、意外と少ない。
元の世界でも、この世界でも。
一ヶ月後——。
都市の状態は、目に見えて改善していた。
水道からは清潔な水が出るようになり、下水の悪臭は消え、城壁の亀裂は塞がれた。
住民たちの間で、「新しい施設管理官は優秀だ」という評判が広まり始めた。
桐生の名前を知る者も増えてきた。
だが、桐生は浮かれなかった。
まだ、始まったばかりだ。
この都市のインフラは、まだまだ問題を抱えている。
そして——。
スキルが、何かを感知し始めていた。
都市の外から。
遠くから。
まだ、ぼんやりとしか分からない。
だが、何かが近づいてきている。
大きな「異常」が。
桐生は、城壁の上から、西の空を見つめた。
そこには、ガルディア帝国がある。
敵国が。
嫌な予感がした。




