第四十一話 予知保全、最終発動
桐生が目を覚ましたのは、三日後のことだった。
バルトハイムの城に運ばれ、治療を受けていたらしい。
「お目覚めですか、キリュウ殿」
ベッドの横に、メイラが座っていた。
「メイラ……俺は、どのくらい眠っていた」
「三日間です。魔力の枯渇で、危険な状態でした」
「そうか……リーネ様は?」
「ご無事です。傷は深かったですが、治療が間に合いました。今は、隣の部屋で休んでいます」
桐生は、安堵の息を吐いた。
「良かった……」
「キリュウ殿、ありがとうございました」
メイラが、深く頭を下げた。
「世界を、救ってくださいました」
「いや、俺だけの力じゃない。みんなの協力があったから」
「それでも、キリュウ殿がいなければ、何もできませんでした」
メイラの目に、涙が浮かんでいた。
「私たちは、キリュウ殿に救われました。バルトハイムも、この世界も」
桐生は、何も言わなかった。
ただ、窓の外を見つめた。
青い空が、広がっている。
もう、赤い色は見えなかった。
数日後——。
桐生は、起き上がれるようになった。
リーネも、回復していた。
二人は、城の中庭で再会した。
「キリュウ殿……お元気そうで、何よりです」
リーネは、微笑んだ。
まだ包帯が巻かれているが、顔色は良い。
「リーネ様こそ。あの時は、心配しました」
「私は、大丈夫です。キリュウ殿を守れて、良かった」
「俺を守るために、自分が傷つくなんて……」
「後悔は、していません」
リーネは、きっぱりと言った。
「キリュウ殿は、世界の希望でした。私の命と引き換えにしても、守る価値がありました」
「リーネ様……」
「でも、生き残れて良かったです。キリュウ殿と、また話ができますから」
リーネは、穏やかに笑った。
桐生も、小さく笑った。
「ありがとうございます。俺も、リーネ様と話せて嬉しいです」
二人は、しばらく中庭を歩いた。
花が咲き、鳥が歌い、風が吹いている。
平和な光景だった。
「キリュウ殿、これからどうされますか」
リーネが、尋ねた。
「これから……」
桐生は、考えた。
大災厄は回避された。
世界は、救われた。
だが、まだやるべきことは残っている。
「まだ、中の異常が132箇所、小の異常が521箇所残っています。それを、一つずつ処理していく必要があります」
「それは、大変な作業ですね」
「ええ。でも、急ぐ必要はありません。CBM方式に移行したので、状態を監視しながら、必要な時に対処すればいい」
桐生は、空を見上げた。
「俺は、『世界施設管理官』になりました。これからは、世界全体のインフラを管理していくことになります」
「世界全体を……」
「はい。バルトハイムだけでなく、王国全土、いや、帝国も含めて。この世界全体を、『壊れる前に直す』のが、俺の仕事です」
桐生の目には、静かな決意が宿っていた。
「大きな仕事ですが、やりがいはあります。元の世界では、ビル一つの管理が精一杯でした。でも、今は——世界全体を守れる」
「キリュウ殿なら、できます」
リーネが、力強く言った。
「私も、できる限りの協力をします。王国全土に、キリュウ殿の手法を広めましょう。『予防保全』の考え方を、すべての領地に」
「ありがとうございます」
桐生は、リーネに深く頭を下げた。
「リーネ様の協力があれば、百人力です」
「いいえ、私こそ、キリュウ殿に救われました。これからは、恩返しをさせてください」
二人は、笑顔を交わした。
新しい旅が、始まろうとしていた。
その後——。
桐生は、世界各地の異常箇所を巡回し始めた。
ガルドの護衛部隊と、メイラの衛生班を引き連れて。
中の異常を、一つずつ処理していく。
それは、地道な作業だった。
派手な戦いはない。
ただ、黙々と点検し、修繕する。
設備管理者の、本来の仕事だ。
ある日——。
桐生は、帝国領内の異常箇所を処理していた。
戦争は終わり、王国と帝国の間には、停戦協定が結ばれていた。
黒崎の失脚後、帝国内部で権力闘争が起き、戦争どころではなくなったのだ。
桐生は、その隙に、帝国領内の異常も処理することにした。
敵国だろうと、世界の一部だ。
放置すれば、いずれ問題が広がる。
「キリュウ殿、この辺りの異常は、処理完了です」
ハインリッヒが、報告した。
「ありがとう。次は、北の山岳地帯だ」
「承知しました」
桐生は、異常マップを確認した。
中の異常は、残り89箇所。
小の異常は、残り412箇所。
まだまだ、先は長い。
だが、焦る必要はない。
一つずつ、確実に処理していけばいい。
それが、予防保全のやり方だ。
「桐生」
後ろから、声がかかった。
振り返ると——。
黒崎が、立っていた。
捕虜として拘束されていたが、今は桐生の監視下で、同行していた。
「黒崎……」
「処理、順調か」
「ああ。お前のおかげで、帝国領内もスムーズに進んでいる」
黒崎は、帝国の地理や政情に詳しかった。
その知識を活かして、桐生の作業を手伝っていた。
最初は、桐生の監視下で働くことに抵抗していた。
だが、今は——。
「……俺にできることは、これくらいだ」
黒崎は、呟いた。
「俺は、間違っていた。お前の『予防』を否定し、『効率』だけを追求した。その結果、多くの人を傷つけた」
「……」
「償いきれないことはわかっている。でも、少しでも——」
「いいんだ」
桐生は、黒崎の言葉を遮った。
「過去は、変えられない。でも、未来は変えられる。お前が本当に反省しているなら、これからの行動で示せ」
「桐生……」
「俺は、お前を許したわけじゃない。でも、協力は受け入れる。世界を守るためには、お前の力も必要だ」
桐生は、黒崎の目を見た。
「お前の『最適解析』は、使い方次第で役に立つ。効率を追求することが、悪いわけじゃない。問題は、何のために効率を追求するか、だ」
「何のために……」
「人を守るためなら、効率は武器になる。人を傷つけるためなら、凶器になる。お前は、これまで凶器として使ってきた。これからは、武器として使え」
黒崎は、しばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……わかった」
二人は、次の作業に向かった。
かつての敵同士が、肩を並べて歩いている。
奇妙な光景だったが——。
桐生には、それが正しいことのように思えた。
世界を守るために、できることをする。
それが、施設管理者の仕事だ。
敵も味方も、関係ない。




