第四十話 黒崎との最終決戦
桐生は、立ち上がった。
体中が、悲鳴を上げている。
魔力は枯渇し、筋肉は限界を超えている。
だが、心は折れていなかった。
「黒崎……お前を、止める」
「止める? お前にはもう、力がないだろう」
黒崎は、剣を構えた。
「魔力を使い果たした人間に、何ができる」
「力がなくても、やる」
桐生は、足元に落ちていた工具を拾った。
それは、制御装置の修理に使ったスパナだった。
「お前は、数字でしか物事を見ない。だから、わからないんだ」
「何がわからない?」
「人間の『意志』の力だ」
桐生は、スパナを握りしめた。
「俺は、施設管理者だ。壊れる前に直す——それが、俺の仕事だ。そして、今、『壊れそうなもの』がある」
「何だ」
「この世界だ。お前という『異常』によって、壊れようとしている。だから、俺が直す」
桐生は、黒崎に向かって歩き出した。
「スパナ一本で、俺に勝つつもりか?」
「勝つかどうかは、わからない。でも、やる」
桐生の目には、揺るぎない決意が宿っていた。
「それが、俺の流儀だ」
黒崎は、桐生を見つめた。
その目に、かつての部下——桐生誠一の姿を重ねた。
元の世界でも、桐生はこういう男だった。
諦めない。
どんな状況でも、最後まで粘る。
「非効率」だと、何度も思った。
だが——。
「……変わらないな、お前は」
黒崎は、呟いた。
「何が」
「その粘り強さだ。元の世界でも、俺が何度却下しても、お前は諦めなかった。同じ提案を、何度も何度も持ってきた」
「当たり前だ。俺が正しいと思っているから」
「正しい……か」
黒崎の目に、複雑な感情が浮かんだ。
「俺は、お前が嫌いだった。いつも正論を言う。でも、数字では証明できない。『勘』だとか『経験』だとか、曖昧なことを言う」
「数字では測れないものもある」
「わかっている」
黒崎は、苦笑した。
「本当は、わかっているんだ。お前の『勘』が、いつも正しかったことを」
「黒崎……」
「あの夜、お前の進言を聞いていれば、事故は防げた。お前は死ななかった。俺も死ななかった。すべてが、違っていた」
黒崎の声が、震えていた。
「でも、俺は認められなかった。自分が間違っていたことを。だから、この世界でも、同じことを繰り返している」
「……」
「効率、効率、効率——それだけを追求してきた。それが、唯一の正解だと信じて。でも、本当は——」
黒崎は、剣を下ろした。
「本当は、わかっていたんだ。俺のやり方は、どこか間違っていると」
桐生は、黒崎を見つめた。
この男も、苦しんでいたのだ。
自分の信念と、現実の乖離に。
元の世界で死んだ時から、ずっと。
「黒崎……」
「桐生、俺は——」
その時——。
外から、大きな音が響いた。
神殿の壁が、崩れ落ちる。
ガルドたちが、帝国軍を押し返してきたのだ。
「キリュウ殿!」
ガルドが、駆け込んできた。
「ご無事ですか!」
「ガルド……」
「帝国軍は、撤退しました。黒崎の指揮がなくなったことで、統率が乱れたようです」
ガルドは、黒崎を見た。
そして、剣を構えた。
「この男を、どうしますか」
桐生は、黒崎を見た。
黒崎は、うなだれていた。
剣を下ろし、戦意を失っている。
「……捕らえておいてくれ。殺す必要はない」
「しかし、この男は——」
「俺と同じ、転生者だ。そして、俺を死に追いやった張本人だ。でも——」
桐生は、息を吐いた。
「殺しても、何も解決しない。それに、この男には——聞きたいことがある」
ガルドは、頷いた。
「わかりました」
帝国軍は撤退し、神殿は王国側が確保した。
黒崎は捕虜として拘束された。
そして——。
桐生は、リーネの元に戻った。
リーネは、まだ息があった。
メイラが、応急処置を施していた。
「キリュウ殿、リーネ様は——」
「大丈夫だ」
桐生は、リーネの傷を見た。
深い傷だが、致命傷ではない。
すぐに治療すれば、助かる。
「メイラ、リーネ様を頼む。俺は……少し、休む」
「キリュウ殿?」
桐生は、その場に崩れ落ちた。
魔力の枯渇と、精神的な疲労。
限界を超えた体が、ようやく悲鳴を上げた。
「キリュウ殿!」
メイラの声が、遠くに聞こえた。
意識が、闇に沈んでいく。
最後に見たのは——。
神殿の天井から差し込む、青空の光だった。
赤い色は、もう見えなかった。
世界は——救われたのだ。




