第三十九話 最後の巡回
神殿の中で、桐生と黒崎の対峙が続いていた。
外では、ガルドたちが帝国軍と戦っている。
剣戟の音、怒号、悲鳴——戦いの音が、神殿の中にも響いてくる。
「キリュウ殿、私が黒崎を抑えます。その間に、制御装置を」
リーネが、前に出た。
「リーネ様、危険です」
「大丈夫です。私も、少しは戦えます」
リーネは、腰の剣を抜いた。
その剣は、領主家に代々伝わる魔剣だった。
刀身から、青白い光が発せられている。
「黒崎、あなたの相手は私です」
リーネが、黒崎に斬りかかった。
「愚かな」
黒崎は、リーネの剣をかわした。
だが、リーネは諦めなかった。
何度も、何度も、斬りかかる。
その間に——。
桐生は、制御装置に手を当てた。
「システム、大災厄を完全に停止する方法を教えろ」
「『大災厄を完全に停止するには、世界各地の異常箇所を全て処理する必要があります。現在、大の異常が47箇所残っています』」
「47箇所……今すぐ処理することはできないか」
「『遠隔処理が可能です。ただし、管理者の魔力を大量に消費します。全てを一度に処理した場合、管理者の生命に危険が及ぶ可能性があります』」
桐生は、息を呑んだ。
一度に処理すれば、自分が死ぬかもしれない。
だが——。
「やるしかない」
桐生は、決断した。
リーネが黒崎を抑えてくれている今しか、チャンスはない。
「システム、遠隔処理を開始する。全ての大の異常を、今すぐ処理しろ」
「『遠隔処理を開始します。警告:管理者の魔力が枯渇する可能性があります。続行しますか?』」
「続行する」
桐生の体から、光が放たれた。
それは、世界中に広がっていく。
大陸の東、西、南、北——47箇所の異常ポイントに、光が到達する。
そして——。
異常が、一つずつ解消されていく。
詰まった魔力の配管が、解放される。
歪んだ大地が、修正される。
裂けかけた空が、繋ぎ合わされる。
「これが……俺の仕事だ」
桐生は、全身から魔力を放出しながら呟いた。
「壊れる前に、直す。世界が相手でも、それは変わらない」
だが、代償は大きかった。
体中から、力が抜けていく。
視界が、霞んでいく。
意識が、遠のいていく。
「キリュウ殿!」
リーネの叫び声が、遠くに聞こえた。
「くそ……まだ、終わっていない……」
桐生は、最後の力を振り絞った。
47箇所の処理が、完了する。
システムの表示が、変わった。
「『大の異常:0箇所。中の異常:132箇所。小の異常:521箇所。大災厄の危険性:大幅に低下。定期リセットは不要と判断。CBM方式への移行が完了しました』」
「……やった」
桐生は、笑みを浮かべた。
大災厄は、回避された。
世界は、救われた。
だが——。
「桐生!」
黒崎の声が、響いた。
桐生は、振り返った。
黒崎が、リーネを押しのけて、こちらに向かってくる。
その手には、黒い剣が握られている。
「お前の『予防』が勝ったと思うか? 馬鹿め! 大災厄がなくなっても、俺は止まらない!」
「黒崎……」
「俺は、この世界を『最適化』する。大災厄がなくても、自分の手で旧秩序を破壊してやる!」
黒崎の剣が、桐生に向かって振り下ろされた。
桐生には、もう避ける力がなかった。
魔力を使い果たした体は、動かなかった。
これで、終わりか——。
そう思った瞬間——。
リーネが、桐生の前に立った。
「リーネ様!」
黒崎の剣が、リーネの体を貫いた。
「あ……」
リーネは、血を吐きながら、振り返った。
「キリュウ殿……世界を、守ってください……」
「リーネ様!」
桐生は、崩れ落ちるリーネを抱きとめた。
「なぜ……なぜ、庇ったんですか……」
「あなたは……世界の希望だから……私の命よりも、価値がある……」
「そんなことは——」
「キリュウ殿」
リーネは、微笑んだ。
「私は、あなたを信じています。だから……必ず、勝ってください……」
リーネの目が、ゆっくりと閉じていく。
桐生は、リーネを抱きしめながら、叫んだ。
「リーネ様! リーネ様!」
だが、返事はなかった。
黒崎は、その光景を見ながら、笑った。
「愚かな女だ。非効率な選択をしたな」
桐生の中で、何かが燃え上がった。
怒り。
悲しみ。
そして——決意。
「黒崎……」
桐生は、立ち上がった。
魔力は枯渇している。
体は、限界を超えている。
だが——。
「お前を……止める」
桐生の目に、新たな光が宿った。




