第三十八話 黒崎の暴走
神殿の入り口に、帝国軍の旗が翻っていた。
その数、およそ五百。
完全に包囲されていた。
「なぜ、帝国軍がここに……」
リーネが、不安そうに言った。
「黒崎だ」
桐生は、断言した。
「黒崎も、大災厄のことに気づいていた。そして、この神殿の存在も知っていた」
「なぜ、そんなことが——」
「俺と同じスキルを持っているからだ。いや、正確には、俺と対になるスキルを」
桐生は、神殿の外を見つめた。
「黒崎のスキル【最適解析】は、『最適解』を計算する能力だ。大災厄という『問題』に対する『最適解』を、彼も計算しているはずだ」
「その最適解とは……」
「おそらく、『大災厄を利用する』ことだ」
桐生の言葉に、リーネが息を呑んだ。
「利用する……?」
「ああ。大災厄で旧秩序を破壊し、その後に自分の理想の秩序を構築する。黒崎なら、そう考えるだろう」
桐生は、拳を握りしめた。
「黒崎は、大災厄を『止める』気はない。むしろ、『制御』しようとしている。自分に都合の良い形で、世界をリセットするために」
その時——。
神殿の入り口から、一人の男が歩いてきた。
黒崎だった。
帝国軍の軍服を着た彼は、悠然とした足取りで桐生たちに近づいてきた。
「久しぶりだな、桐生」
黒崎は、薄く笑った。
「まさか、お前も同じ結論に達するとは思わなかったよ」
「黒崎……何を企んでいる」
「企む? 人聞きの悪いことを言うな。俺は、世界を『最適化』しようとしているだけだ」
黒崎は、神殿の中を見回した。
その目が、制御装置に留まった。
「なるほど、これが世界の『制御装置』か。面白い。お前がすでに操作したようだな」
「ああ。大災厄を止めるために、設定を変更した」
「止める?」
黒崎は、鼻で笑った。
「馬鹿なことを。大災厄を『止める』だと? それは、最悪の選択だ」
「何だと?」
「考えてもみろ。この世界は、非効率の塊だ。古い慣習、無駄な伝統、非合理的な制度——すべてが、効率を阻害している」
黒崎の目が、狂気じみた光を帯びた。
「大災厄は、それらを一掃するチャンスだ。一度すべてを破壊し、ゼロから作り直す。そうすれば、理想的な世界を構築できる」
「理想的な世界……お前の言う『理想』とは、何だ」
「効率が最大化された世界だ。無駄がない。非合理がない。すべてが計算通りに動く。そんな世界だ」
桐生は、黒崎を睨みつけた。
「そんな世界に、人間は住めない」
「住めない? なぜだ」
「人間は、無駄の塊だからだ。感情がある。迷いがある。効率だけを追求すれば、人間性は失われる」
「人間性?」
黒崎は、冷笑した。
「そんなものは、幻想だ。人間も、結局は『機械』に過ぎない。入力に対して、出力を返す。それだけの存在だ」
「違う」
桐生は、声を強めた。
「人間は、機械じゃない。予測できない行動をする。非効率な選択をする。だから、面白いんだ。だから、価値があるんだ」
「価値? 非効率に価値があるだと?」
「ああ。お前は、効率ばかり追求するから、それがわからない」
桐生は、一歩前に出た。
「元の世界でも、お前はそうだった。数字しか見ていなかった。現場の声を聞かなかった。その結果、何が起きた? 設備は爆発し、人が死んだ。俺も死んだ」
「それは——」
「お前のやり方は、間違っている。効率を追求するあまり、大切なものを見失っている。人の命、人の心、人の可能性——そういうものを、お前は『コスト』として切り捨てている」
桐生の声に、怒りが滲んだ。
「大災厄を利用して世界を作り直す? 冗談じゃない。それは、何十億という命を犠牲にすることだ。お前は、そんなことを『最適解』だと言うのか」
「犠牲は、必要なコストだ」
黒崎は、平然と答えた。
「短期的には犠牲が出る。だが、長期的には、より多くの人間が幸福になれる。トータルで見れば、プラスだ」
「トータル……」
桐生は、絶句した。
この男は、本気で言っている。
何十億の命を、「コスト」として計算している。
元の世界でも、この男はそうだった。
現場の安全より、数字を優先した。
その結果、人が死んだ。
そして、この世界でも——。
同じことをしようとしている。
「お前を、止める」
桐生は、決意を固めた。
「この世界を、お前の好きにはさせない」
「止める? どうやって?」
黒崎は、後ろを振り返った。
神殿の入り口には、五百の帝国軍が待機している。
「お前たちは、たった数十人だ。俺たちに勝てると思うか?」
「勝てるかどうかは、やってみないとわからない」
桐生は、ガルドに目配せした。
ガルドは、頷いた。
「キリュウ殿、私たちが時間を稼ぎます。その間に、制御装置を確保してください」
「ガルド……」
「大丈夫です。私たちは、精鋭中の精鋭です。五百程度、持ちこたえてみせます」
ガルドは、剣を抜いた。
「リーネ様も、キリュウ殿と共に。お二人が、世界の希望です」
「ガルド……ありがとう」
リーネが、涙を浮かべながら言った。
「必ず、戻ってきて」
「はい。必ず」
ガルドは、部下たちを率いて、神殿の入り口に向かった。
黒崎は、それを見て笑った。
「愚かな。数十人で五百人に挑むとは」
「愚かじゃない」
桐生は、制御装置に向かいながら言った。
「彼らは、仲間だ。俺を信じて、時間を稼いでくれている。その信頼を、俺は裏切らない」
「信頼……くだらない」
「くだらなくない。お前には、理解できないだろうがな」
桐生は、制御装置に手を当てた。
システムが、起動した。
「『世界施設管理官・セイイチ・キリュウ。何をしますか?』」
「大災厄の完全停止。そして、黒崎を——」
その時——。
黒崎が、動いた。
驚くべき速さで、桐生に近づいてくる。
「させるか!」
黒崎の手から、黒い光が放たれた。
それは、彼のスキル【最適解析】の別の側面——「最適な攻撃方法」を計算し、実行する能力だった。
「くっ……!」
桐生は、とっさに身をかわした。
黒い光が、すぐ横を通り過ぎる。
だが、制御装置への操作は中断されてしまった。
「桐生、お前の『予防』は、俺の『効率』に勝てない」
黒崎が、追撃を仕掛けてくる。
「お前は、いつもそうだった。『予防が大事』『長期的視点が重要』——綺麗事ばかり並べて、何もできない」
「黙れ」
桐生は、黒崎の攻撃をかわしながら言った。
「俺は、お前のせいで死んだ。お前の『効率主義』のせいで」
「俺のせい? 違うな。お前が、『根拠のない進言』をしたから却下されたんだ。数字で証明できないものは、信用できない」
「数字で測れないものにも、価値はある」
桐生とリーネは、制御装置を挟んで、黒崎と対峙した。
決戦の時が、迫っていた。




