第三十六話 神殿の秘密
古代神殿への旅は、困難の連続だった。
戦場を避けながら進むため、遠回りのルートを取らざるを得なかった。
山岳地帯を越え、荒野を渡り、廃墟と化した村々を通り過ぎる。
護衛のガルドが率いる精鋭部隊が、先導してくれた。
「キリュウ殿、あと半日で神殿に到着します」
旅の十日目、ガルドが報告した。
「ありがとうございます。何か異常は?」
「今のところ、ありません。ただ……」
ガルドは、眉を顰めた。
「周囲の気配が、おかしいのです。動物の姿が見えない。鳥も飛んでいない」
桐生は、スキルを発動させた。
周囲の状況が、色として見える。
大地は、薄い黄色に染まっていた。
異常が進行している証拠だ。
「……動物たちは、異常を察知して逃げたんでしょう。本能的に、危険を感じている」
「大災厄が、近いということですか」
「はい。時間がありません。急ぎましょう」
一行は、足を速めた。
やがて——。
古代神殿が、姿を現した。
それは、山の中腹に建つ巨大な石造りの建築物だった。
千年の時を経てなお、その威容は失われていなかった。
高さ数十メートルはある柱が、空に向かってそびえている。
壁面には、複雑な紋様が刻まれていた。
「これが、古代神殿……」
リーネが、息を呑んだ。
「本で読んだことはありましたが、実際に見ると、圧倒されますね」
「ああ。神々が作った『装置』の中枢だ。ここに、世界の『制御装置』がある」
桐生は、スキルを発動させながら、神殿を見つめた。
神殿全体が、真っ赤に染まっていた。
異常の最大のホットスポット。
ここが、大災厄の震源地だ。
「中に入りましょう」
桐生は、先頭に立って神殿に入った。
内部は、意外にも明るかった。
天井に開いた穴から、光が差し込んでいる。
そして、壁面には——。
「これは……」
桐生は、足を止めた。
壁面に、巨大な図が描かれていた。
それは、世界の地図のようなものだった。
大陸の形、山脈の位置、川の流れ——すべてが、正確に描かれている。
そして、その上に、複雑な線が走っていた。
「魔力の流れだ……」
桐生は、呟いた。
スキルで見えていた「世界の下層」——魔力の流れが、壁画として描かれている。
神々は、この壁画を見ながら、世界を設計したのだろう。
「キリュウ殿、奥にも何かあるようです」
ガルドが、先を指差した。
通路の奥に、さらに大きな部屋があるようだった。
桐生たちは、奥に進んだ。
そして——。
部屋の中央に、それはあった。
巨大な水晶のような球体。
直径三メートルはある、半透明の球体だ。
その中で、青白い光が脈動している。
まるで、心臓のように。
「これが……『制御装置』か」
桐生は、球体に近づいた。
スキルを発動させると、球体の構造が見えてきた。
球体の中には、複雑な回路のようなものがある。
それは、魔力を制御するための「装置」だった。
世界中の魔力の流れを、この球体が管理している。
大災厄の時、この球体が「リセット」コマンドを発する。
それによって、世界全体の魔力が一度解放され、「洗浄」される。
それが、神々が設計した「定期メンテナンス」の仕組みだった。
「なるほど……これを操作すれば、大災厄を止められる」
だが、問題があった。
球体の異常度は、最大だった。
真っ赤を通り越して、黒に近い色をしている。
これは、単なる「詰まり」ではない。
装置自体が、故障寸前だった。
「……まずいな」
桐生は、眉を顰めた。
「どうしましたか」
「この装置、壊れかけています。千年もメンテナンスしていないから、当然といえば当然ですが……」
「壊れたら、どうなるのですか」
「大災厄が、制御できなくなります。単なる『洗浄』ではなく、『完全破壊』になる可能性がある」
リーネの顔が、青ざめた。
「完全破壊……」
「はい。魔力の暴走が、止まらなくなる。世界が、丸ごと吹き飛ぶかもしれない」
桐生は、球体をじっと見つめた。
「まず、この装置を修理する必要がある。修理してから、『リセット』を止める方法を探す」
「修理……できるのですか」
「やってみないとわかりません。でも、やるしかない」
桐生は、球体に手を伸ばした。
スキルを全開にして、装置の構造を読み取る。
どこが壊れているのか。
何が原因なのか。
どうすれば直せるのか。
それを、探り出す。
数分後——。
「見つけた」
桐生は、声を上げた。
「故障箇所がわかりました。内部の『魔力変換器』が劣化している。それを交換すれば、装置は正常に動く」
「交換する部品は、ありますか」
「……それが問題です」
桐生は、苦い顔をした。
「この装置に使われている部品は、千年前の技術で作られたものです。現代では、同じものを作れない可能性が高い」
「では、どうすれば……」
「代用品を探すか、即席で作るか。どちらかです」
桐生は、考え込んだ。
千年前の部品の代用品。
どこかに、それに相当するものがあるはずだ。
世界は「設備」だ。
設備には、予備部品がある。
神々も、予備部品を用意しているはずだ。
「リーネ様、この神殿の中に、『倉庫』のような場所はありませんか」
「倉庫……ですか」
「はい。神々が、予備部品を保管している場所です」
リーネは、壁画を見渡した。
そして、一箇所を指差した。
「あそこに、『貯蔵庫』と書かれています」
桐生は、その方向に向かった。
別の部屋に入ると、そこには——。
棚が並んでいた。
棚の上には、様々な物品が置かれている。
水晶のかけら、金属の板、不思議な液体が入った瓶——。
「これだ。予備部品の倉庫だ」
桐生は、棚を調べ始めた。
スキルで、一つ一つの物品をスキャンする。
そして——。
「あった」
桐生は、一つの水晶を手に取った。
「これが、『魔力変換器』の予備だ。まだ使える」
「素晴らしい!」
リーネが、喜びの声を上げた。
「では、すぐに修理を」
「はい。ただ、時間がかかります。数時間は必要です」
「わかりました。我々が警護します。キリュウ殿は、修理に集中してください」
桐生は、頷いた。
そして、制御装置の修理に取りかかった。
世界の命運が、彼の手にかかっていた。




