第三十四話 古文書の発見
古文書の調査は、困難を極めた。
千年前の記録は、大部分が損傷しており、解読が難しい。
言語も現代とは異なり、専門家でなければ読めない箇所も多かった。
だが、桐生は諦めなかった。
リーネが呼び寄せた書庫の専門家——老学者のベルンハルトと協力して、地道に調査を続けた。
「キリュウ殿、こちらを見てください」
調査開始から一週間後、ベルンハルトが興奮した様子で桐生を呼んだ。
「何か見つかりましたか」
「はい。これを」
ベルンハルトが差し出したのは、一冊の古い手記だった。
革表紙は朽ちかけ、ページの端は茶色く変色している。
だが、中の文字は比較的鮮明に残っていた。
「これは、千年前の施設管理官の手記です」
「施設管理官?」
桐生は、目を見開いた。
「はい。千年前にも、この都市には施設管理官がいたようです。そして、その人物は——大災厄を経験し、生き延びた」
桐生は、手記を受け取った。
古代文字で書かれているが、ベルンハルトが横から訳してくれた。
「『我は、バルトハイムの施設管理官なり。大災厄の日、我が目にしたものを記す。後世の者よ、この記録を忘れるな』」
桐生は、ページをめくった。
そこには、千年前の大災厄の様子が、詳細に記されていた。
「『空が裂けた。まるで、古い布が破れるように。そこから、濁った魔力が噴き出した。それは、毒の霧のように大地を覆い、触れたものすべてを腐らせた』」
「『人々は逃げ惑った。だが、逃げ場などなかった。魔素の汚染は、世界全体に広がった。山も、川も、森も、すべてが汚染された。生き残ったのは、ごくわずかだった』」
「『我は、地下の避難壕に逃げ込んだ者の一人だった。三ヶ月間、地下で過ごした。地上に出た時、世界は変わり果てていた。人口は半減し、都市は廃墟と化していた』」
桐生は、読み進めながら、背筋が冷えていくのを感じた。
これは、フィクションではない。
千年前に、実際に起きた災害の記録だ。
そして、同じことが——今、再び起きようとしている。
「続きがあります」
ベルンハルトが、ページを指差した。
「『大災厄の後、我は調査を行った。なぜ、このようなことが起きたのか。そして、再び起きないようにする方法はないのか』」
「『調査の結果、我は一つの真実にたどり着いた。この世界は、神々が作りし『装置』である。生命を育み、維持するための、巨大な『設備』である』」
桐生は、息を呑んだ。
「世界が……設備?」
「『だが、どんな設備も、永遠には持たない。千年の時を経て、『詰まり』が生じる。それが、大災厄の原因である。神々は、この『詰まり』を解消するために、定期的に世界を『洗浄』する設計にした。それが、大災厄の正体である』」
「『つまり、大災厄は『故障』ではない。『定期メンテナンス』である。神々にとっては、予定された作業なのだ。だが、その『メンテナンス』によって、我ら人間は死ぬ。それは、神々にとっては些細なことなのかもしれないが、我らにとっては許容できない』」
桐生は、しばらく言葉を失った。
世界が、神々が作った「設備」。
大災厄が、「定期メンテナンス」。
あまりにも壮大な話だ。
だが——。
「……なるほど。そういうことか」
桐生は、呟いた。
「キリュウ殿?」
「元の世界で言えば、『TBM』ですね」
「TBM?」
「Time Based Maintenance——時間基準保全。一定の期間が経過したら、状態に関係なくメンテナンスを行う方式です。例えば、『三年ごとにオーバーホール』とか」
桐生は、手記を見つめた。
「神々は、世界を『千年ごとにメンテナンス』する設計にした。それが、大災厄。でも、それは古い方式だ」
「古い方式……」
「はい。今は、もっと効率的な方式がある。『CBM』——Condition Based Maintenance。状態基準保全です」
桐生の目に、光が宿った。
「状態を監視して、『必要な時だけ』メンテナンスを行う。壊れそうな兆候が出たら、その部分だけ直す。定期的に全体を壊す必要はない」
「それが、キリュウ殿のスキル……」
「そうです。俺のスキル【予知保全】は、まさにCBMのためのスキルだ。状態を監視し、異常を察知し、壊れる前に対処する」
桐生は、立ち上がった。
「神々のTBM方式なら、大災厄は避けられない。でも、俺のCBM方式なら——」
「大災厄を、回避できる……」
「その可能性がある。少なくとも、試す価値はある」
桐生は、手記の続きを読んだ。
「『我は、大災厄を防ぐ方法を探した。だが、見つからなかった。我のスキルでは、世界全体の『異常』を察知することができなかったからだ。我は、この手記を残すことしかできなかった。後世の者よ、もし世界全体の『異常』を察知できるスキルを持つ者が現れたなら、その者に託す。大災厄を防ぐ方法を、見つけてくれ』」
桐生は、手記を閉じた。
「千年前の施設管理官は、俺と同じことを考えていた。でも、彼にはできなかった。スキルが、世界規模に対応していなかったから」
「でも、キリュウ殿のスキルは——」
「ああ。俺のスキルは、世界全体の異常を察知できる。なぜかはわからない。でも、できる」
桐生は、窓の外を見た。
「千年前の施設管理官が、俺に託したんだ。大災厄を防ぐ方法を見つけろ、と」
「キリュウ殿……」
「俺は、その期待に応える。世界を、守ってみせる」
桐生の声には、静かな決意が込められていた。
その後も、調査は続いた。
手記には、さらに重要な情報が記されていた。
「『大災厄の中心地は、大陸の中央にある古代神殿である。神々が世界を設計した時、その神殿が『制御装置』として作られた。大災厄は、その神殿から始まる』」
「『もし、大災厄を防ぐ方法があるとすれば、神殿に行き、『制御装置』を操作することだろう。だが、我にはその力がなかった。後世の者に、この情報を託す』」
桐生は、地図を広げた。
「大陸の中央……ここですね」
リーネが、地図上の一点を指差した。
そこは、王国と帝国の国境付近——現在、戦火が最も激しい地域だった。
「最悪の場所だな」
桐生は、苦い顔をした。
「はい。戦争の真っ只中です。そこに行くのは、非常に危険です」
「でも、行くしかない」
桐生は、地図を見つめた。
「大災厄を防ぐためには、神殿に行って、『制御装置』を調べる必要がある。危険でも、やるしかない」
「私も、同行します」
リーネが、きっぱりと言った。
「リーネ様?」
「これは、私の領地だけの問題ではありません。世界全体の問題です。領主代理として、私には責任があります」
「でも、危険です。領主代理が戦場に行くなど——」
「キリュウ殿」
リーネは、桐生の目を見た。
「あなたは、いつも一人で責任を背負おうとします。でも、一人ではできないこともあります。私を、頼ってください」
桐生は、しばらくリーネを見つめた。
そして、小さく笑った。
「……わかりました。ありがとうございます」
「いいえ。当然のことです」
リーネも、微笑んだ。
「では、準備を始めましょう。古代神殿への遠征——世界の命運がかかった旅になります」
桐生は、頷いた。
世界を守るための旅が、始まろうとしていた。




