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施設管理業異世界転生『予知保全スキルで異世界のインフラを守ります ~ビルメンは世界の破滅フラグを見逃さない~』  作者: もしものべりすと


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第二十三話 ガルディア帝国

王都への旅路は、桐生に多くのことを考えさせた。


 馬車の中で、桐生はリーネから聞いた情報を整理していた。


 ガルディア帝国。


 この世界の西方に位置する大国だ。


 かつては小さな辺境伯領に過ぎなかったが、五十年前の「効率革命」以降、急速に勢力を拡大した。


 その特徴は、徹底した「効率主義」にある。


 農業、工業、軍事——すべての分野において、無駄を排除し、生産性を最大化する。


 その結果、帝国は周辺諸国を次々と併合し、今や大陸最大の軍事力を誇るに至っていた。


「帝国の何が、そこまで強いのでしょうか」


 馬車の中で、リーネが呟いた。


「効率……ですか」


「ああ。俺も考えていた」


 桐生は、窓の外を見ながら答えた。


「効率化自体は、悪いことじゃない。無駄を省くのは、大切なことだ。だが……」


「だが?」


「効率化の『目的』が問題だ。何のために効率化するのか。誰のための効率化なのか」


 桐生は、かつての職場を思い出していた。


 黒崎が推し進めた「効率化」。


 それは、現場の安全を犠牲にした、数字のための効率化だった。


 点検回数を減らす。部品交換を先延ばしにする。人員を削減する。


 短期的にはコストが下がる。


 だが、長期的には——。


 設備が劣化し、事故が起き、人が死ぬ。


「効率化は、手段であって目的じゃない。それを忘れると、取り返しのつかないことになる」


「……深いお言葉ですね」


「深くない。俺は、それを身をもって経験しただけだ」


 馬車は、王都に向かって進み続けた。


 その頃——。


 大陸の西方、ガルディア帝国の帝都では、一人の男が玉座の間に立っていた。


 男の名は、ゼルク。


 帝国軍の参謀総長にして、皇帝の右腕とも呼ばれる男だ。


 年齢は四十代前半。


 鋭い目つき、引き締まった顔立ち、知性を感じさせる額。


 そして、どこか冷酷な雰囲気を漂わせていた。


「ゼルクよ、東方の報告を聞かせよ」


 玉座に座る皇帝が、低い声で言った。


「はい、陛下」


 ゼルクは、恭しく頭を下げた。


「視察団からの報告によると、辺境の城塞都市バルトハイムに、興味深い人物がいるようです」


「興味深い人物?」


「施設管理官と呼ばれる男です。名は、キリュウ。この男が導入した手法により、バルトハイムのインフラは短期間で劇的に改善されたとのこと」


「ほう……」


 皇帝は、身を乗り出した。


「それは、我が帝国にとって脅威となるか?」


「現時点では、小さな脅威に過ぎません。ただし……」


 ゼルクは、言葉を選んだ。


「この男の手法が王国全土に広まれば、状況は変わります。インフラの安定は、国力の基盤です。王国が強くなれば、我々の東方進出に支障が出ます」


「ならば、潰すか」


「いえ。今の段階で手を出せば、王国との関係が悪化します。まだ、その時期ではありません」


 ゼルクは、薄く笑った。


「しかし、監視は続けるべきです。この『キリュウ』という男……私は、少々興味があります」


「興味?」


「はい。報告によると、彼の手法は、我が帝国の効率化とは異なるアプローチのようです。『予防保全』と呼ばれる考え方。壊れる前に直す、という発想」


「壊れる前に直す……無駄ではないのか」


「普通に考えれば、そうです。壊れていないものを直す必要はない。しかし……」


 ゼルクは、窓の外を見た。


「長期的に見れば、予防にかけるコストは、事後修理のコストよりも低い。彼の主張は、理論的には正しいのです」


「ならば、なぜ我が帝国は、その手法を採用しない?」


「理由は二つ。一つは、予防の効果は目に見えないこと。『何も起きなかった』ことを成果として評価するのは、困難です。人々は、目に見える成果を求めます」


「なるほど」


「もう一つは、予防には長期的な視点が必要なこと。我が帝国は、短期的な成果を重視します。今期の数字、今年の業績。それが評価基準です」


 ゼルクの目に、冷たい光が宿った。


「私は、それで良いと考えています。長期的な視点など、幻想に過ぎません。人は、今を生きているのです。今の成果を最大化すること。それが、合理的な生き方です」


「お前の言葉には、いつも説得力がある」


 皇帝は、満足そうに頷いた。


「引き続き、監視を続けよ。そして、好機があれば——」


「承知しております、陛下」


 ゼルクは、深く頭を下げた。


 その夜——。


 ゼルクは、自室で一人、書類を眺めていた。


 視察団からの詳細な報告書。


 その中に、「キリュウ」という男の人相書きがあった。


 ゼルクは、その絵を見つめた。


 三十代前半。真面目そうな顔立ち。どこにでもいそうな、平凡な男。


 だが——。


 ゼルクの目に、奇妙な感情が浮かんだ。


 懐かしさ。


 そして、苛立ち。


「……まさか、な」


 ゼルクは、絵を机の上に置いた。


 彼には、記憶がある。


 この世界に来る前の、別の世界での記憶。


 ビルの屋上で、空調設備の点検をしていた若い男。


 いつも地味な作業服を着て、黙々と働いていた男。


 自分が何度も企画を却下した男。


 そして——。


 自分の判断が原因で、死んだ男。


「桐生……誠一」


 ゼルクは、その名を呟いた。


 かつての世界で、彼の名は黒崎剛だった。


 設備管理会社のPM担当として、効率化を推し進めていた。


 そして、桐生という現場作業員の進言を無視し続けた。


 結果、設備は爆発し、桐生は死んだ。


 黒崎自身も、その事故の余波で命を落とした。


 だが、黒崎は後悔などしていなかった。


 自分の判断は、当時の情報に基づけば、合理的だった。


 桐生の進言には、数値的な根拠がなかった。


 「勘」で緊急停止など、認められるわけがない。


 自分は、正しいことをした。


 そう信じていた。


「それが、こんな世界で再会するとは……」


 ゼルクは、窓の外を見た。


 帝都の夜景が、広がっている。


 この世界に来てから、二年が経った。


 最初は混乱したが、すぐに順応した。


 自分に与えられたスキル【最適解析】は、あらゆる状況の「最適解」を計算する能力だった。


 どの派閥につけば最も出世できるか。


 どの作戦を提案すれば皇帝に評価されるか。


 どのタイミングで敵を裏切れば最大の利益を得られるか。


 すべてが、数値として見えた。


 そのスキルを駆使して、ゼルクは無名の流れ者から帝国軍の参謀総長にまで上り詰めた。


 わずか二年で。


「俺のやり方は、正しかった」


 ゼルクは、自分に言い聞かせた。


「効率を追求し、無駄を省く。それが、最も合理的な生き方だ。桐生のような『予防』だの『長期的視点』だのは、綺麗事に過ぎない」


 だが——。


 心のどこかに、小さな棘が刺さっていた。


 桐生が死んだ夜のことを、今でも時々思い出す。


 炎の中で、逃げ遅れた清掃員を庇って立つ姿。


 なぜ、あんなことをしたのか。


 自分一人で逃げれば、助かったかもしれないのに。


 非効率だ。


 馬鹿げている。


 そう思いながらも、ゼルクは桐生の姿を忘れられなかった。


「今度こそ、決着をつけてやる」


 ゼルクは、拳を握りしめた。


「俺のやり方が正しいことを、証明してやる」


 帝都の夜空に、冷たい月が浮かんでいた。

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