第二十二話 敵国の影
翌朝——。
桐生とリーネは、謁見の間に向かった。
長い廊下を歩きながら、桐生は周囲を観察していた。
壁には、歴代の王の肖像画が飾られている。
床は、磨き上げられた大理石。
天井には、精緻なフレスコ画。
すべてが、豪華絢爛だ。
だが、桐生の目は、別のところに向いていた。
壁の一部に、微かな染みがある。
雨漏りの跡だ。
窓枠の一部が、わずかに歪んでいる。
建物の沈下の兆候かもしれない。
この王宮も、外見ほど完璧ではない。
どこも、同じだ。
謁見の間に入ると、そこには大勢の貴族たちがいた。
正面の玉座には、国王が座っている。
五十代半ば、威厳のある風貌だ。
桐生とリーネは、所定の位置まで進み、跪いた。
「バルトハイム領主代理、リーネ・フォン・アルテシア、参上いたしました」
「施設管理官、桐生誠一、参上いたしました」
国王が、ゆっくりと口を開いた。
「面を上げよ」
桐生は、顔を上げた。
国王の目が、自分を見つめている。
鋭い、品定めするような視線だ。
「バルトハイムの施設管理官、桐生誠一。お前の噂は、よく聞いている」
「恐れ入ります」
「魔導炉の暴走を、二度も防いだそうだな。上水道を復旧させ、予防保全という新しい手法を導入したとか」
「はい。微力ながら、尽力いたしました」
「謙遜するな。辺境の小さな都市が、短期間で見違えるように変わった。それは、大きな功績だ」
国王は、身を乗り出した。
「お前の手法を、王国全体に広めたいと考えている。そのために、お前の協力が必要だ」
桐生は、少し驚いた。
予想はしていたが、こんなに直接的に言われるとは。
「陛下のお言葉、光栄に存じます。ただ、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「なぜ、インフラの問題に、これほど注目されているのですか?」
謁見の間に、ざわめきが広がった。
国王に質問を返すなど、無礼だと思われたのかもしれない。
だが、桐生は知りたかった。
なぜ、今、この問題が重要なのか。
国王は、しばらく沈黙した。
そして、重々しく答えた。
「西方の脅威だ」
「西方……ガルディア帝国ですか」
「そうだ。帝国は、近年、急速に力をつけている。その要因の一つが、インフラの整備だ」
桐生は、耳を傾けた。
「帝国は、『効率』を極限まで追求している。道路、水道、通信、すべてが整備されている。それが、軍事力の基盤になっている」
「なるほど……」
「我が国は、帝国に比べて遅れを取っている。このままでは、国力の差が広がる一方だ。だから、インフラの整備が急務なのだ」
桐生は、状況を理解した。
単なる内政の問題ではない。
国防に関わる問題なのだ。
「陛下のご意向、承知いたしました。私にできることがあれば、喜んで協力いたします」
「よく言った。詳細は、追って伝える。今日のところは、ここまでだ」
謁見は、これで終わった。
だが——。
桐生は、違和感を覚えていた。
謁見の間を出る際、貴族たちの中に、自分を見つめる視線を感じた。
敵意を含んだ、冷たい視線。
誰だ?
桐生は、振り返ったが、視線の主は特定できなかった。
その夜——。
桐生は、部屋で考え込んでいた。
国王の話は、理解できる。
インフラの整備が、国防に関わる問題だというのは、もっともだ。
だが、あの視線が気になる。
誰かが、自分を敵視している。
その理由は、わからない。
ノックの音がした。
「入れ」
入ってきたのは、リーネだった。
「キリュウ殿、今日の謁見、お疲れ様でした」
「ああ。あなたこそ」
「一つ、お伝えしたいことがあります」
リーネの表情が、真剣だった。
「何ですか」
「謁見の間で、気になる人物を見かけました」
「気になる人物?」
「帝国の外交使節団です。正式な使節として、王都に滞在しています。その中に、私が以前見たことのある顔が……」
リーネは、言葉を選びながら続けた。
「あの視察団の中に紛れていた、スパイと思われる人物と、似た顔の者がいました」
桐生は、目を細めた。
「確かですか」
「確証はありません。ただ、似ていると感じただけです。でも……」
「注意が必要だ、ということですね」
「はい。帝国は、私たちの動きを監視しているかもしれません。キリュウ殿の手法が、王国に広まれば、帝国にとっては脅威になる」
桐生は、窓の外を見た。
夜の王都。
無数の灯りが、闇の中に浮かんでいる。
その中に、敵がいる。
自分を監視し、機会を窺っている敵が。
「気をつけよう。俺たちは、王都では外様だ。何が起きても、おかしくない」
「はい。私も、警戒を続けます」
リーネが去った後、桐生は一人で考えていた。
帝国の影。
自分の手法が広まることを、帝国は望んでいない。
なら、妨害してくる可能性がある。
どんな形で、いつ来るか、わからない。
だが——。
それでも、自分の仕事を続けるしかない。
逃げることは、できない。
桐生は、拳を握りしめた。
この世界でも、戦いは続く。
形は違っても、本質は同じだ。
守るべきものを守り、やるべきことをやる。
それが、自分の生き方だ。




