第二十一話 王都からの使者
馬車は、王都へ向かって進んでいた。
バルトハイムから王都まで、十日間の旅。
桐生にとっては、この世界に来て以来、初めての長距離移動だった。
車窓から見える風景は、日々変化していった。
辺境の森林地帯から、なだらかな丘陵地帯へ。
小さな村々を通り過ぎ、やがて、大きな町が増えてきた。
道路も、徐々に整備されていった。
石畳の道が現れ、すれ違う馬車も増えてきた。
「王都に近づいてきましたね」
リーネが、窓の外を見ながら言った。
「ああ。だいぶ、様子が違う」
「辺境とは、何もかもが違います。人口も、経済も、政治も、すべてが集中している」
桐生は、頷いた。
この世界の中心地。
そこに、これから足を踏み入れる。
旅の途中、桐生はスキルを発動させてみた。
通過する町や村の設備状況を、ざっと確認する。
結果は——。
バルトハイムと、大差なかった。
いや、場所によっては、バルトハイムよりも酷い状態のところもあった。
老朽化した水道管、放置された排水溝、崩れかけた橋——。
どこも、同じような問題を抱えている。
「この国全体が、インフラの問題を抱えているんだな」
桐生は、呟いた。
「そうですね。長年の放置が、積もり積もって……」
「バルトハイムだけの問題じゃなかった」
「はい。だから、王宮も、キリュウ殿に注目しているのです。バルトハイムでの成功が、他の地域にも適用できるかもしれない、と」
桐生は、責任の重さを感じた。
自分の手法が、王国全体に広まる可能性がある。
それは、大きなチャンスだ。
だが、同時に、大きなリスクでもある。
間違った方法を広めれば、被害も王国全体に及ぶ。
慎重に、正確に、伝えなければならない。
十日目の夕方——。
ついに、王都が見えてきた。
丘の上から見下ろすと、巨大な城壁に囲まれた都市が広がっていた。
バルトハイムの、何倍もの規模だ。
無数の建物が密集し、塔が空に向かってそびえている。
中心には、王宮と思われる巨大な城がある。
その壮麗さは、桐生の目を奪った。
「これが……王都か」
「はい。この国の心臓部です」
馬車は、城門をくぐり、王都に入った。
街路は広く、石畳は整備されている。
行き交う人々は、バルトハイムよりも洗練された服装をしている。
商店が立ち並び、活気に満ちている。
だが、桐生の目は、別のものを見ていた。
スキルが、反応している。
黄色、黄色、赤——。
あちこちに、設備の異常が検知される。
華やかな表面の下に、問題が隠れている。
「……ここも、同じだな」
「何がですか?」
「インフラの問題。王都も、例外じゃない」
リーネは、複雑な表情をした。
「見た目は華やかでも、中身は……」
「ああ。でも、それは、俺たちの仕事がある、ということでもある」
馬車は、王宮に向かって進んだ。
王宮は、丘の上に建っていた。
巨大な石造りの城壁、きらびやかな塔、広大な庭園——。
その壮麗さは、バルトハイムの城とは比較にならなかった。
門をくぐると、大勢の侍従や衛兵が出迎えた。
「バルトハイム領主代理、リーネ・フォン・アルテシア様、施設管理官、桐生誠一殿、お待ちしておりました」
侍従長が、恭しく挨拶した。
「本日は、旅の疲れをお取りいただき、明日、国王陛下に謁見していただきます」
「わかりました。お手配、ありがとうございます」
リーネが答えた。
桐生たちは、王宮内の客室に案内された。
豪華な部屋だ。
天蓋付きのベッド、彫刻が施された家具、窓からは庭園が見渡せる。
だが、桐生は、それらにはあまり興味を示さなかった。
むしろ、部屋の設備に目が行く。
暖炉の状態、窓枠の建て付け、床板のきしみ——。
職業病だな、と自嘲した。
その夜——。
桐生は、なかなか眠れなかった。
明日の謁見のことが、頭から離れない。
国王に、何を話せばいいのか。
どう振る舞えばいいのか。
政治の世界は、わからないことだらけだ。
だが——。
自分にできることは、一つだけだ。
正直に、誠実に、自分の仕事について語ること。
それだけは、誰にも負けない自信がある。
桐生は、目を閉じた。
明日に備えて、少しでも休もう。
そう思いながら、桐生は浅い眠りについた。




