第二十話 噂の広がり
領主会議から一ヶ月後——。
桐生の評判は、さらに広がっていた。
「辺境に、異世界から来た凄腕の技術者がいる」
「彼の手法を導入した領地では、設備のトラブルが激減した」
「彼が作った『仕様書』は、宝の山だ」
そんな噂が、王都にまで届いていた。
ある日、リーネが興奮した様子で桐生のところに来た。
「キリュウ殿、大変です」
「何が」
「王宮から、書状が届きました」
リーネは、封印された書状を見せた。
王国の紋章が刻まれた、高貴な封筒だ。
「中身は」
「まだ開けていません。一緒に確認しましょう」
リーネが封を切り、書状を読み上げた。
内容は、こうだった。
——バルトハイム領施設管理官、桐生誠一殿。
——貴殿の功績は、王宮にまで聞き及んでおります。
——つきましては、王都にお越しいただき、貴殿の手法について、詳しくご教授いただきたく存じます。
——国王陛下も、貴殿にお会いになることを、強く望んでおられます。
——詳細は、追って使者をお送りいたします。
「王都……国王陛下……」
リーネは、目を丸くしていた。
「キリュウ殿、これは大変なことです。国王陛下に謁見するなんて……」
桐生は、書状を黙って見つめていた。
王宮からの招聘。
国王への謁見。
予想外の展開だった。
だが——。
嬉しいというよりも、不安の方が大きかった。
政治の世界に、さらに深く関わることになる。
それは、危険を伴う。
「リーネ様、この招聘、断ることはできますか」
「断る……ですか」
「はい。俺は、技術者です。政治は、専門外です」
「お気持ちは、わかります。でも、断るのは難しいと思います。国王陛下からの招聘を断れば、不敬と見なされる可能性があります」
「……そうですか」
「それに、これは、バルトハイムにとってチャンスでもあります。国王陛下に直接アピールできる機会は、めったにありません」
桐生は、しばらく考え込んだ。
そして、深い溜息をついた。
「……わかりました。行きます」
「ありがとうございます。私も、同行します」
「リーネ様が?」
「はい。あなた一人を、王都に送り出すわけにはいきません。私が、あなたを守ります」
リーネの目には、決意が宿っていた。
桐生は、小さく笑った。
「守られる側になるとは、思いませんでした」
「お互い様です。あなたが、この都市を守ってくれています。今度は、私が、あなたを守る番です」
「……ありがとうございます」
桐生は、深く頭を下げた。
この若き領主代理は、本当に信頼に値する人物だ。
彼女のためにも、王都での謁見は、成功させなければならない。
数日後——。
王都からの使者が到着した。
使者は、謁見の詳細を伝え、旅程を確認した。
王都までは、馬車で十日ほどの道のりだ。
護衛も、王宮から派遣される。
「準備は、よろしいですか」
使者が尋ねた。
「はい。いつでも出発できます」
桐生は、旅の支度を整えた。
仕様書のコピー、点検表の見本、報告書のサンプル——王宮で説明するための資料を、すべて持参する。
出発の朝——。
城の門前に、見送りの人々が集まっていた。
ハインリッヒ、メイラ、ガルド、トーマ、そして、技術班、清掃班、警備班の面々。
「キリュウ殿、気をつけて」
ハインリッヒが言った。
「俺たちは、ここで都市を守っています。安心して、行ってきてください」
「頼んだ。何かあったら、すぐに連絡を」
「はい。任せてください」
トーマが、目に涙を浮かべていた。
「キリュウ殿……戻ってきてくれますよね」
「当たり前だ。お前の訓練、まだ終わってないだろう」
「はい……。待っています」
桐生は、トーマの頭を軽く叩いた。
「しっかりやれよ。俺がいない間、お前が頑張らないと」
「はい!」
馬車に乗り込む前、桐生はバルトハイムの街並みを振り返った。
半年以上、この都市のために働いてきた。
愛着がある。
離れるのは、寂しい。
だが、戻ってくる。
必ず、戻ってくる。
その決意を胸に、桐生は馬車に乗り込んだ。
王都への旅が、始まった。




