第十九話 領主会議
施設管理官として九ヶ月目。
桐生の評判は、バルトハイムの外にまで広がっていた。
「辺境に、凄腕の技術者がいる」
「魔導炉の暴走を、何度も未然に防いだ」
「都市のインフラを、驚くほど短期間で立て直した」
そんな噂が、王国中に伝わっていた。
そして、その噂を聞きつけた近隣の領主たちが、リーネに接触を求めてきた。
「領主会議を開催したい、という要請が来ています」
リーネが、桐生に報告した。
「領主会議?」
「近隣の領主たちが集まって、情報交換や協議を行う場です。年に数回、持ち回りで開催されています。今回は、バルトハイムで開催してほしい、と」
「なぜ、ここで?」
「おそらく、キリュウ殿に会いたいのでしょう」
桐生は、眉を顰めた。
「俺に?」
「はい。あなたの評判は、王国中に広まっています。多くの領主が、自分の領地のインフラ問題に悩んでいます。その解決策を、あなたに求めているのです」
桐生は、複雑な気持ちだった。
評判が広まるのは、悪いことではない。
だが、政治の場に引っ張り出されるのは、正直、気が進まない。
自分は、技術者だ。
政治家ではない。
「出席した方がいいでしょうか」
「必須ではありません。ただ、出席すれば、バルトハイムの立場が強くなります。他の領主たちに、私たちの強みを見せつける機会になります」
「……わかりました。出席します」
桐生は、渋々ながら同意した。
一週間後——。
バルトハイム城に、近隣の領主たちが集まった。
五人の領主と、その従者たち。
大広間は、華やかな衣装と、政治的な緊張感に包まれていた。
桐生は、リーネの隣に立ち、領主たちを迎えた。
「ようこそ、バルトハイムへ。お越しいただき、光栄です」
リーネが、形式的な挨拶を述べた。
領主たちは、それぞれ返礼を述べたが、その視線は明らかに桐生に向けられていた。
「あなたが、噂の施設管理官殿ですか」
一人の領主が、桐生に声をかけた。
四十代の、恰幅のいい男だ。
ノルドハイム領の領主、ヴィルヘルムと名乗った。
「桐生です。お目にかかれて光栄です」
「いやいや、光栄なのはこちらの方だ。魔導炉の暴走を二度も防いだとか。上水道を短期間で復旧させたとか。その手腕、ぜひ聞かせていただきたい」
他の領主たちも、次々と桐生に質問を投げかけてきた。
「どのような手法で、設備の異常を発見しているのですか?」
「予防保全とは、具体的にどういうことですか?」
「うちの領地でも、同じことができますか?」
桐生は、できる限り丁寧に答えた。
技術的な説明は、わかりやすく。
政治的な質問には、慎重に。
だが、領主たちの関心は高く、質問は尽きなかった。
「素晴らしい。実に素晴らしい」
ヴィルヘルムが、感心したように言った。
「キリュウ殿、ぜひ、うちの領地にも来ていただけませんか。報酬は、惜しみません」
「いや、うちに来てくれ。ノルドハイムより条件がいいぞ」
「何を言っている。うちが一番だ」
領主たちが、桐生の争奪戦を始めた。
リーネが、冷静に割って入った。
「申し訳ありませんが、キリュウ殿は、バルトハイムの施設管理官です。他の領地に行くことは、できません」
「なんと……それは残念だ」
「ただし、技術の共有は可能です」
リーネは、桐生に目配せした。
桐生は、用意していた資料を取り出した。
「これは、バルトハイムで作成した『仕様書』の概要版です。点検の手順、予防保全の考え方、緊急時の対応——基本的な内容が、ここにまとめてあります」
領主たちは、その資料を興味深そうに見つめた。
「これを見れば、各領地でも、同じような取り組みができます。もちろん、詳細は領地の状況に合わせて調整する必要がありますが、基本的な枠組みは、参考になるはずです」
「なるほど……。これは、ありがたい」
「一つ、条件があります」
桐生は、真剣な表情で言った。
「各領地で実施した結果を、共有してください。うまくいったこと、うまくいかなかったこと、すべて。その情報を集めれば、さらに改善できます」
「情報を共有する……」
「はい。一つの領地だけでは、経験が限られます。でも、複数の領地で情報を共有すれば、知識が蓄積される。全体として、レベルが上がる」
領主たちは、顔を見合わせた。
情報の共有は、政治的にはセンシティブな話だ。
自分の弱みを、他者に知られることになる。
だが——。
「……面白い提案だ」
ヴィルヘルムが、口を開いた。
「確かに、設備管理の分野なら、共有しても損はない。敵対するわけではないからな」
「私も、賛成です」
別の領主が同調した。
「インフラの問題は、どこの領地でも共通している。情報を共有すれば、お互いに得るものがある」
桐生の提案は、予想外にすんなりと受け入れられた。
領主会議の結果、「設備管理情報共有協定」が結ばれることになった。
各領地の設備管理担当者が、定期的に情報を交換する。
成功事例も、失敗事例も、すべて共有する。
それによって、王国全体のインフラ管理レベルを上げていく。
「素晴らしい成果ですね」
領主会議が終わった後、リーネが桐生に言った。
「予想外でした。政治の場で、こんなにうまくいくとは」
「キリュウ殿の提案が、良かったのです。『共有』という発想が、領主たちの警戒心を解いた」
「そうでしょうか」
「はい。普通なら、技術を独占しようとします。でも、キリュウ殿は違った。惜しみなく共有しようとした。それが、信頼につながった」
桐生は、窓の外を見た。
自分の知識が、この都市だけでなく、王国全体に広がっていく。
それは、嬉しいことだった。
だが、同時に、責任も感じた。
間違った情報を広めれば、取り返しがつかない。
だから、慎重に、正確に、伝えていかなければならない。
それが、自分に課せられた使命だ。




