第十七話 見習いトーマ
施設管理官として半年が過ぎた頃——。
桐生の下に、一人の少年が弟子入りを志願してきた。
名前は、トーマ。
十四歳の、痩せっぽちの少年だ。
「俺に、技術を教えてください!」
トーマは、桐生の執務室に押しかけてきて、頭を下げた。
「……お前は、誰だ」
「トーマです。城下町の鍛冶屋の息子です。でも、俺は鍛冶屋にはなりたくない。キリュウ殿のような、設備を守る仕事がしたいんです」
桐生は、少年を見つめた。
目には、熱意がある。
だが、それだけでは、この仕事は務まらない。
「なぜ、この仕事がしたいんだ」
「魔導炉の話を聞きました。キリュウ殿が、爆発を防いだって。俺、思ったんです。こういう仕事があるんだって。目立たないけど、みんなの命を守る仕事が」
「……」
「俺、派手なことは苦手です。剣も使えないし、魔法の才能もない。でも、手先は器用だし、細かい作業は好きです。この仕事なら、俺にもできるかもしれないって」
桐生は、しばらく考えた。
この少年に、教えることはできる。
だが、この仕事は、楽ではない。
汚い。危険。報われない。
それでも、やりたいと言うのか。
「一つ、聞いておく」
「何ですか」
「この仕事は、感謝されない。誰も、俺たちの存在に気づかない。設備が動いているのは当たり前だと思っている。トラブルが起きれば批判されるが、何も起きなくても褒められない。それでも、やりたいか」
トーマは、一瞬、言葉に詰まった。
だが、すぐに顔を上げた。
「やりたいです」
「なぜ」
「俺の父は、鍛冶屋です。毎日、剣や農具を作っています。誰も、父に感謝しません。でも、父の作った道具がなければ、みんな困る。父は、それを知っているから、毎日黙々と働いています」
トーマの目に、涙が光った。
「俺は、父を尊敬しています。でも、俺は鍛冶屋にはなれない。才能がないって、わかってるんです。だから、別の形で、父みたいになりたい。目立たなくても、誰かの役に立つ仕事を、したいんです」
桐生は、しばらく沈黙した。
この少年の言葉には、嘘がない。
純粋な動機だ。
自分が、この世界に来た時と、どこか似ている。
「……わかった」
「え」
「見習いとして、受け入れる。ただし、条件がある」
「何でも言ってください!」
「一つ、俺の言うことには絶対に従え。危険な仕事だから、勝手な判断は許さない」
「はい」
「二つ、途中で投げ出すな。始めたからには、最低三年は続けろ」
「はい」
「三つ、失敗を恐れるな。失敗しない人間は、成長しない。失敗したら、報告しろ。隠すな」
「はい!」
トーマは、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! 絶対に、期待に応えます!」
「期待はしていない。だから、裏切りようがない。ただ、俺の仕事を手伝え。それだけだ」
「はい!」
こうして、トーマは桐生の見習いとなった。
最初の数週間、トーマは雑用ばかりだった。
道具を運ぶ。書類を整理する。点検表を配る。
地味な仕事の連続だ。
だが、トーマは文句一つ言わなかった。
むしろ、嬉々として働いていた。
「次は、何をすればいいですか?」
「この点検表を、ハインリッヒのところに届けろ」
「はい!」
元気に走り去っていく姿を見て、桐生は苦笑した。
自分にも、あんな時代があったのだろうか。
もう、覚えていない。
数週間後、桐生はトーマを点検巡回に連れて行くようになった。
「今日は、上水道の点検だ。ついてこい」
「はい」
桐生は、点検の手順を一つ一つ説明しながら、トーマに見せていった。
「まず、目視確認。配管の表面に、異常がないか見る。錆、変色、漏れ、亀裂。何でもいいから、普段と違うものを探せ」
「はい」
「次に、触診。手で触って、温度や振動を確認する。熱すぎないか、冷たすぎないか。振動が強すぎないか」
「はい」
「最後に、聴診。耳を近づけて、音を聞く。水の流れる音、空気の漏れる音、何か異常な音がしないか」
トーマは、真剣な表情で、桐生の説明を聞いていた。
そして、実際に配管に触れ、耳を近づけ、観察した。
「キリュウ殿、ここ、少し熱くないですか?」
「どれ」
桐生は、トーマが指差した場所を確認した。
確かに、周囲よりも温度が高い。
「……よく気づいた」
「何か、問題ですか」
「可能性がある。この配管は、給湯用じゃない。冷水用だ。なのに温度が高いということは、どこかで熱源に近づいているか、摩擦で発熱しているか」
桐生は、配管をたどっていった。
そして、壁の向こう側で、原因を発見した。
「ここだ。給湯管と冷水管が、接触している」
「接触……」
「熱が伝わっているんだ。給湯管の熱が、冷水管に移っている。今は大した問題じゃないが、長期間続くと、冷水管の劣化が早まる」
「どうすればいいですか」
「断熱材を挟む。熱が伝わらないようにする」
桐生は、点検表に記録を残した。
「お前が気づいたおかげで、問題を早期に発見できた」
トーマの顔が、パッと明るくなった。
「俺が、役に立ちましたか」
「ああ。いい観察力だ」
「ありがとうございます!」
桐生は、トーマの頭を軽く叩いた。
「調子に乗るな。まだまだ、学ぶことは山ほどある」
「はい! もっと、教えてください!」
トーマの成長は、目覚ましかった。
最初は、何もわからなかった少年が、少しずつ技術を身につけていく。
簡単な点検なら、一人で任せられるようになった。
報告書の書き方も、覚えた。
道具の使い方も、一通りマスターした。
「トーマは、筋がいいですね」
ハインリッヒが、桐生に言った。
「ああ。飲み込みが早い」
「キリュウ殿の教え方が、いいのでしょう」
「俺は、普通に教えているだけだ」
「それが、普通じゃないんですよ」
ハインリッヒは、苦笑した。
「前任者は、部下に何も教えませんでした。『見て覚えろ』と言うだけで。だから、誰も育たなかった」
「それは……もったいないな」
「はい。でも、キリュウ殿は違う。一つ一つ、丁寧に教えてくれる。なぜそうするのか、理由も説明してくれる。だから、部下たちも成長できる」
桐生は、窓の外を見た。
自分一人では、この都市は守れない。
だから、仲間を育てる。
次の世代を、育てる。
それが、施設管理者としての、もう一つの責任だ。
「トーマを、よく見てやってくれ」
「はい。任せてください」




