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施設管理業異世界転生『予知保全スキルで異世界のインフラを守ります ~ビルメンは世界の破滅フラグを見逃さない~』  作者: もしものべりすと


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第十五話 冷却塔の悪夢

施設管理官として五ヶ月目。


 季節は、春から夏へと移り変わっていた。


 気温が上がるにつれて、新たな問題が浮上してきた。


 それは、城の冷却設備だった。


 バルトハイムの城には、魔導炉から発生する余剰熱を放出するための「冷却塔」が設置されていた。


 元の世界で言えば、ビルの屋上にある冷却塔と同じ原理だ。


 水を循環させ、蒸発熱で冷却を行う。


 冬の間は、稼働を停止していた。


 外気温が低いため、自然放熱で十分だったからだ。


 だが、夏になると、冷却塔を再稼働させる必要がある。


 その準備のために、桐生は冷却塔の点検に向かった。


 城の屋上に設置された冷却塔は、高さ五メートルほどの円筒形の構造物だった。


 内部には、水を散布するための充填材が詰まっている。


 外壁には、空気を取り込むためのルーバー(羽板)が並んでいる。


 桐生は、スキルを発動させながら、冷却塔に近づいた。


 赤。


 強烈な反応だった。


 何かが、おかしい。


 桐生は、冷却塔の点検口を開けた。


 中を覗いた瞬間、桐生は顔を顰めた。


 悪臭がする。


 水が腐ったような、どろりとした匂い。


 そして、視覚でも確認できた。


 充填材の表面に、緑色のスライムが付着している。


 薄暗い冷却塔の内部で、そのスライムは不気味に光っていた。


「これは……」


 桐生は、すぐにハインリッヒを呼んだ。


「この緑色のものは、何だ」


「魔素汚泥です」


 ハインリッヒは、眉を顰めながら答えた。


「魔導炉から放出される魔力の一部が、水に溶け込んで生成される物質です。冷却水の中で、徐々に蓄積していきます」


「これが、冬の間ずっと放置されていたのか」


「おそらく。前任者は、冬季の間、冷却塔のメンテナンスを行っていなかったようです」


 桐生は、スライムをよく観察した。


 単なる汚れではない。


 何か、生きているような感触がある。


「このスライム、人体に影響は」


「あります」


 ハインリッヒの表情が、暗くなった。


「魔素汚泥が空気中に飛散すると、それを吸い込んだ人間は『魔素病』を発症します。症状は、発熱、倦怠感、呼吸困難。重症化すると、肺が侵されて死に至ることもあります」


 桐生は、元の世界のレジオネラ症を思い出した。


 冷却塔の水中で繁殖したレジオネラ菌が、エアロゾル(微細な水滴)となって飛散し、それを吸い込んだ人が肺炎を起こす。


 原理は、同じだ。


 冷却塔が、病原体の培養器になっている。


「このまま再稼働したら、どうなる」


「冷却塔のファンが回転し、水滴が空気中に飛散します。その水滴に魔素汚泥が含まれていれば……」


「城の周辺に、魔素病が蔓延する」


「はい」


 桐生は、冷却塔を見上げた。


 この構造物が、都市を脅かす「爆弾」になりかけていた。


「すぐに清掃を行う。再稼働は、清掃が完了するまで延期だ」


「わかりました。ただ、問題があります」


「何だ」


「夏場は、魔導炉の冷却が必要です。冷却塔を止めたまま魔導炉を稼働させると、炉の温度が上がりすぎて、暴走する危険があります」


 桐生は、腕を組んで考えた。


 冷却塔を動かせば、魔素病のリスク。


 冷却塔を止めれば、魔導炉の暴走リスク。


 どちらを取るか。


 だが、選択肢は一つしかない。


「冷却塔の清掃を最優先で行う。その間、魔導炉の出力を下げて、発熱量を抑える」


「出力を下げると、都市への魔力供給が減ります。照明や暖房が——」


「夏だから、暖房は不要だ。照明は、日中は消す。夜間だけにする。それで、何とかなるか」


「……ギリギリですが、可能かもしれません」


「よし。それで行く」


 清掃作業は、過酷なものだった。


 冷却塔の内部は、高温多湿で、視界が悪い。


 その中で、充填材に付着した魔素汚泥を、一つ一つ除去していく。


 桐生自身も、防護服を着て、作業に参加した。


「キリュウ殿、危険です。私たちがやりますから——」


「俺も一緒にやる。この仕事は、人数が多い方が早く終わる」


 桐生は、ブラシを手に取り、充填材をこすり始めた。


 緑色のスライムが、次々と剥がれ落ちていく。


 悪臭が鼻を突く。


 汗が、防護服の中で蒸れる。


 だが、桐生は手を止めなかった。


 この作業が終われば、都市の安全が守られる。


 そのためなら、どんな汚い仕事でもやる。


 それが、施設管理者だ。


 三日間の作業の末、冷却塔の清掃が完了した。


 充填材は新品のように清潔になり、水槽の水もすべて入れ替えられた。


 さらに、再発防止のために、定期的な薬剤投入のスケジュールを組んだ。


 魔素汚泥の発生を抑える薬剤を、週に一回投入する。


 これで、冬の間に蓄積することを防げる。


「今後は、季節を問わず、冷却塔の点検を継続する」


 桐生は、技術班に指示を出した。


「月に一回は、内部の状態を確認しろ。スライムの兆候が見られたら、すぐに対処する」


「わかりました」


「これは、命に関わる問題だ。絶対に怠るな」


「はい!」


 冷却塔が再稼働し、魔導炉の出力も元に戻った。


 都市の生活は、通常通りに戻った。


 住民たちは、何も知らない。


 自分たちの頭上で、どれほどの危険が回避されたか。


 それでいい、と桐生は思った。


 何も起きなかった。


 それが、成果だ。

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