第十四話 警備巡回ルートの最適化
清掃班の改革と並行して、桐生は警備班の見直しにも着手していた。
ガルドとの最初の会話で、城壁の亀裂について報告を受けて以来、桐生は警備班との連携を重視していた。
警備班は、都市の治安を守る存在だ。
だが、それだけではない。
巡回中に、設備の異常を発見することもある。
彼らは、都市全体を見て回る「目」なのだ。
「ガルド、巡回ルートの見直しを提案したい」
ある日の定例会議で、桐生はガルドに切り出した。
「見直し、ですか」
「ああ。現在の巡回ルートを見たが、いくつか問題がある」
桐生は、地図を広げた。
「まず、同じ場所を何度も通っている。ここと、ここ。効率が悪い」
「確かに……。昔からのルートなので、そのまま踏襲していました」
「次に、死角がある。ここと、ここ。巡回ルートから外れていて、誰も見ていない」
「死角……」
「この死角で、何か問題が起きても、発見が遅れる。犯罪が起きても、異常が発生しても、気づかない」
ガルドは、地図をじっと見つめた。
「……仰る通りです。なぜ、今まで気づかなかったのか」
「昔からやっていることは、疑問を持たなくなる。それが普通だ。でも、時々は見直さないと、非効率が蓄積する」
桐生は、新しい巡回ルートの案を示した。
「これが、俺の提案だ。都市全体を、六つのゾーンに分割する。各ゾーンに、一人の巡回員を配置する。それぞれが、自分のゾーンを責任を持って見回る」
「ゾーン制……」
「利点は三つ。一つ、同じ場所を何度も通らないから、効率が良い。二つ、すべての場所を網羅するから、死角がない。三つ、各巡回員が自分の担当エリアに詳しくなるから、異常に気づきやすくなる」
ガルドは、提案を真剣に検討していた。
「問題点は、ありますか」
「あるとすれば、緊急時の対応だ。ゾーン制だと、巡回員が分散している。どこかで問題が起きた時、集結するのに時間がかかる」
「確かに……」
「だから、緊急時の連絡手段と、集結手順を、あらかじめ決めておく必要がある」
桐生は、地図の中央を指差した。
「ここを、集結地点にする。緊急時は、全員がここに向かう。そのために、各ゾーンからこの地点までの最短ルートを、全員が把握しておく」
「なるほど……。よく考えられていますね」
「施設管理も、警備も、基本は同じだ。効率と安全のバランスを取る。無駄を省きつつ、リスクには備える」
ガルドは、地図を眺めながら、深く頷いた。
「このルートで、試してみましょう。部下たちには、私から説明します」
「頼む。それと、もう一つ」
「何でしょう」
「巡回中に気づいたことは、何でも報告してくれ。犯罪だけじゃない。設備の異常、道路の穴、建物の損傷、何でもいい。巡回員は、俺の『目』だ」
ガルドの目が、鋭く光った。
「……わかりました。部下たちにも、徹底させます」
「ありがとう」
新しい巡回ルートが導入されてから、一ヶ月後——。
効果は、明らかだった。
まず、治安が向上した。
以前は、死角となっていたエリアで、小さな犯罪(窃盗、器物損壊など)が多発していた。
巡回が行き届くようになってから、それが激減した。
次に、設備の異常発見が増えた。
巡回員たちが、積極的に報告を上げてくれるようになった。
「西区画の水路に、ゴミが詰まっています」 「南区画の街灯が、三本切れています」 「東区画の橋に、ひび割れがあります」
そうした報告が、毎日のように上がってくる。
桐生は、それらを一つ一つ確認し、対処していった。
巡回員たちの目が、自分のスキルを補完してくれている。
スキルの範囲には限界がある。
だが、人の目は、都市全体に行き渡る。
「巡回員たちの士気も、上がっています」
ある日、ガルドが報告してきた。
「以前は、『また同じところを回るのか』という不満があった。今は、『自分の担当エリアを守る』という意識が芽生えている」
「責任感が出てきた、ということか」
「はい。各自が、自分のゾーンに愛着を持ち始めています。『俺のエリアで問題を起こすな』という態度で、住民とも積極的に交流しています」
「いい傾向だ」
「キリュウ殿の提案のおかげです」
「俺は、ルートを提案しただけだ。実行したのは、お前たちだ」
ガルドは、小さく笑った。
「謙遜ですね。でも、そのルートがなければ、何も変わらなかった」
「……そうかもしれない」
「キリュウ殿は、物事を『構造』で見る能力がある。私たちには、それがなかった。だから、非効率を非効率と気づけなかった」
「構造、か」
「はい。施設も、組織も、構造で成り立っている。その構造を理解し、最適化する。それがキリュウ殿の強みだと、私は思います」
桐生は、窓の外を見た。
バルトハイムの街並みが、夕焼けに染まっている。
この都市も、一つの巨大な「構造」だ。
設備、組織、人々の暮らし、すべてが絡み合っている。
その構造を理解し、維持し、改善していく。
それが、施設管理官の仕事だ。
「ガルド、引き続き頼む」
「はい。お任せください」
桐生は、また一歩、この都市の守護者としての自覚を深めた。




