第十二話 交差汚染を防げ
上水道の修繕が進む中、桐生は新たな問題を発見した。
それは、「交差汚染」のリスクだった。
ある日の点検中——。
桐生のスキルが、強い反応を示した。
場所は、城下町の東区画。
住宅が密集している地域だ。
「ここに、何かある」
桐生は、道端の点検口を開けた。
中を覗くと——。
「これは……」
ハインリッヒが、息を呑んだ。
上水道の配管と、下水道の配管が、接触していた。
本来、両者は離れて敷設されるべきものだ。
上水道は清潔な飲み水を運ぶ。
下水道は汚水を運ぶ。
この二つが接触していれば、汚染が起きる可能性がある。
「交差汚染だ」
桐生は、言った。
「上水管に亀裂が入れば、下水が混入する。あるいは、下水管の圧力が上がれば、上水管に逆流する。どちらにしても、飲み水が汚染される」
「なぜ、こんな配置に……」
「後から増設したんだろう。最初の設計では離れていたはずだが、配管を追加する時に、スペースの都合でこうなった」
「そんな杜撰な……」
「よくある話だ」
桐生は、溜息をついた。
元の世界でも、同じような問題を何度も見てきた。
最初の設計は適切でも、増改築を繰り返すうちに、問題が生じる。
その都度の担当者が、「自分の仕事」だけを考えて、全体を見ていないからだ。
「この箇所は、配管の引き直しが必要だ」
「引き直し……大工事になりますね」
「ああ。でも、やらなければ、いずれ大事故が起きる」
桐生は、地図を取り出した。
「他にも、同様の箇所がないか、調査する。まずは、全体像を把握しないと」
その日から、桐生は都市全体の配管図の作成に取り掛かった。
過去の記録を調べ、現場を確認し、一つ一つ、配管の位置を地図に書き込んでいく。
途方もない作業だった。
この都市は、二百年の歴史がある。
その間に、何度も配管が追加され、変更され、廃止されてきた。
記録が残っていない箇所も多い。
地中に埋まっている配管を、すべて把握するのは、至難の業だ。
「これは、何年もかかる仕事ですね」
ハインリッヒが、疲れた顔で言った。
「ああ。でも、やらなければならない」
「なぜ、そこまで」
「知らなければ、管理できないからだ」
桐生は、地図を指差した。
「この配管がどこを通っているか、知らなければ、トラブルが起きた時に対処できない。水が止まった時、どこを直せばいいか分からない。だから、まず『知る』ことから始める」
「……なるほど」
「配管図ができれば、次の世代に引き継げる。俺がいなくなっても、この地図があれば、誰でも管理できる」
「引き継ぎ……ですか」
「ああ。俺は、永遠にここにいるわけじゃない。いつか、この仕事を誰かに渡す日が来る。その時のために、記録を残す。それも、施設管理の仕事だ」
ハインリッヒは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「前任者には、そういう考えはありませんでした」
「だから、こうなったんだろう」
「はい。すべてを一人で抱え込んで、記録も残さず、後任に何も引き継がなかった。結果、私たちは何も分からないまま、手探りで仕事をするしかなかった」
「それは、辛かったな」
「はい。でも、今は違います」
ハインリッヒは、桐生を見た。
「キリュウ殿は、すべてを教えてくださいます。何をすべきか、なぜそうすべきか。私たちに理由を説明し、記録の残し方を教え、次の世代のことまで考えている」
「当たり前のことだ」
「いいえ。当たり前ではありません」
ハインリッヒは、首を横に振った。
「少なくとも、この都市では、当たり前ではなかった。キリュウ殿が来るまでは」
桐生は、何も言わなかった。
ただ、配管図の作成を続けた。
一本一本、配管の位置を確認し、記録していく。
地味な作業だ。
だが、これが、この都市の未来を守る。
その確信が、桐生を支えていた。
三週間後——。
交差汚染の危険がある箇所は、すべて特定された。
全部で十七箇所。
そのうち、特に危険な五箇所については、優先的に配管の引き直しを行った。
残りの十二箇所については、当面の応急処置として、上水管と下水管の間に防護壁を設置した。
完全な解決ではないが、最悪の事態は防げる。
「これで、交差汚染のリスクは大幅に下がりました」
桐生は、リーネへの報告でそう述べた。
「ただし、根本的な解決には、配管全体の再設計が必要です。それには、数年の時間と、莫大な予算がかかります」
「数年……」
「はい。でも、やる価値はあります。この都市のインフラを、百年先まで使えるものにするために」
リーネは、しばらく考え込んでいた。
そして、静かに言った。
「やりましょう」
「いいんですか」
「はい。父は、目先の利益を優先して、長期的な投資を怠りました。その結果が、今の状況です。私は、同じ過ちを繰り返したくありません」
リーネの目には、決意が宿っていた。
「百年先の人々が、この都市で安心して暮らせるように。そのための投資なら、惜しみません」
桐生は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、期待に応えます」
その日から、バルトハイムの大規模インフラ改修計画が始動した。
数年がかりの、途方もない事業だ。
だが、桐生は怯まなかった。
一歩一歩、着実に進めていく。
それが、施設管理の仕事だ。
それが、自分の生き方だ。




