第十一話 上水道復旧作戦
施設管理官に正式任命されてから、一週間が経った。
桐生は、本格的に都市のインフラ再建に取り組んでいた。
最優先事項は、上水道だった。
貯水槽の清掃は完了したが、配管の老朽化は深刻だ。
都市全体の配管の約三割が、交換が必要な状態にある。
すべてを一度に交換することは、予算的にも人員的にも不可能だ。
桐生は、優先順位を決めた。
まず、漏水のひどい箇所から。
次に、主要な幹線から。
最後に、末端の支線を。
段階的に、計画的に、進めていく。
その日の朝——。
桐生は、ハインリッヒとメイラを連れて、上水道の点検に出かけた。
「今日は、北区画の配管を確認する。先週の報告で、『水の出が悪い』という声が多かった場所だ」
「北区画……確かに、あの辺りは古い配管が多いですね」
ハインリッヒが、地図を広げながら言った。
「創設当時のものが、まだ使われている箇所もあります」
「二百年前のか」
「はい。当時の技術では、これが精一杯だったようです」
桐生は、スキルを発動させながら歩いた。
北区画に入ると、すぐに反応があった。
黄色、黄色、赤——。
あちこちに、異常の予兆が点在している。
「ここだ」
桐生は、道端の配管点検口を指差した。
「この下に、漏水がある」
「確認します」
ハインリッヒが、点検口の蓋を開けた。
中を覗くと、配管の継ぎ目から、水が滴り落ちていた。
「……本当だ。漏れています」
「周囲の土が、湿っている。かなり前から漏れていたはずだ」
桐生は、配管を観察した。
錆びて、腐食が進んでいる。
継ぎ目のシール材は、完全に劣化している。
「この部分は、交換だな。応急処置では済まない」
「わかりました。作業を手配します」
そうやって、一つ一つ、問題箇所を特定していく。
午前中だけで、十二箇所の漏水を発見した。
そのうち、五箇所は緊急の交換が必要だった。
「これだけ漏れていれば、水の出が悪いはずだ」
桐生は、記録を見ながら言った。
「供給する水の、一割以上が失われている計算になる」
「一割……それは、大きな無駄ですね」
「ああ。この漏水を止めれば、水の供給量が増える。住民の生活が楽になる」
午後からは、修繕作業に取り掛かった。
技術班の職人たちを動員し、緊急度の高い箇所から順に、配管を交換していく。
作業は、予想以上に手間がかかった。
古い配管は、地中深くに埋まっている。
掘り出すだけで、大変な作業だ。
さらに、配管のサイズが現在の規格と異なるため、接続部品を特注しなければならない。
「この調子だと、全部終わるまでに、何ヶ月もかかりますね」
ハインリッヒが、疲れた顔で言った。
「ああ。でも、やるしかない」
「……キリュウ殿は、元の世界でも、こういう仕事をしていたのですか」
「ああ。まあ、規模はもっと小さかったけどな」
「この仕事は、大変ですね。誰も感謝してくれないし」
「感謝されるためにやってるわけじゃない」
桐生は、穴の中の配管を見つめながら言った。
「蛇口をひねれば、水が出る。それが当たり前になる。それが、俺たちの仕事の成果だ。誰も気づかなくていい。当たり前でいい。そうなることが、目標なんだ」
ハインリッヒは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……そういう考え方もあるんですね」
「前任者とは、違うだろう」
「はい。前任者は、『目立つ仕事』ばかりしたがりました。派手な改修工事は積極的にやるけど、地味な保守点検は怠る。結果、設備はどんどん劣化していきました」
「よくある話だ」
「キリュウ殿は、違いますね」
「俺は、地味な仕事の方が好きなんだ。目立たなくていい。ただ、きちんと回っていればいい」
ハインリッヒは、小さく笑った。
「私も、そういうタイプです。だから、キリュウ殿の下で働けて、嬉しいです」
「そうか。なら、頼りにしてる」
「はい。任せてください」
夕方になって、その日の作業が終わった。
交換できたのは、三箇所だけ。
まだまだ、先は長い。
だが、確実に、前に進んでいる。
桐生は、夕焼けに染まる街並みを見ながら、深呼吸をした。
明日も、同じ作業が続く。
明後日も、その次も。
地味な仕事の、繰り返しだ。
だが、それでいい。
それが、施設管理の仕事だ。




