家に帰ろう
同居生活が確定した俺たちは、公園から徒歩五分ほどの距離にある俺の家に向かっていた。
「ねぇ、蓮くんの家ってどんな感じなの?」
俺の横を歩くかなえは、よほどワクワクしているのか、幼い子供のような眼差しを俺に向けながら訊ねてきた。
「普通の家だよ。多少汚いが」
「そういうこと聞いてるんじゃないの!マンションとか一軒家とかってことを聞いてるんだけど!どういう家なの!?」
そう言いながら、かなえは頬をぷくっとさせて再び訊ねてきた。
「一軒家だよ。父さんと妹は海外にいて、今は俺だけで住んでる」
「え? お母さんとは住んでないの?」
「母さんは俺が小学生の時に病気で死んだよ。だから今は一人暮らしなんだ」
「そうなんだ......。なんかごめんね。無神経な質問しちゃって」
訊ねてきた手前、申し訳なさそうな顔でかなえは答えた。
「別に謝まるところじゃないだろ。今の会話の流れでそんな展開になるなんて誰も予想出来ないって」
俺のフォローも虚しく、かなえは黙り込んでしまった。気まずい沈黙が、夕方の空気みたいにじんわりと広がっていく。
あぁ。また掛ける言葉を間違えたか。どうしたもんか......。
「そんな悲しそうな顔するなって。別に一人が寂しいわけじゃねーよ。一人暮らしはいいぞ~! どんな自堕落な生活をしてても誰からも文句言われないし、なんか自立してる感じもするし!」
俺がとっさに考えた追撃のフォローはかすりもせず、まだ黙ったままだった。
「だけど、本音を言うとさ、誰かと一緒に生活するって久々で、少しワクワクしてる自分もいる気がするんだ。三か月くらい前まで父さんと妹と住んでて、一緒にいる時間は少なかったけど、たまに家族でくだらない話をしながら一緒に夜ご飯食べたりしてさ、なんか、あの空間ってすごく安心できるんだよ」
俺がそういうと、かなえは顔を上げて俺の方を見つめてきた。
「まぁ、だからさ。これから......よろしくな......」
その言葉を聞いたかなえは、さっきまでの暗い表情は一気に消え去り、満面の笑みだった。
「うん! よろしくね!蓮くん!」
笑いながら言うかなえの声に、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
……なんだよ、急にそんな顔すんなっての。
かなえの満面の笑みに、俺は思わず視線をそらした。
幽霊のくせに、妙に人間らしくて、調子狂うんだよな。ちなみに、これは決して幽霊差別では無いぞ。
「で! 蓮くんちまであと何分くらい?」
かなえは切り替えが早すぎるほど早かった。
「あ、あぁ。もうすぐだよ。あの角を曲がったとこ」
俺たちの横を家族連れが通りすぎ、犬の散歩をしている人がいて、街灯がぽつぽつと点き始める。
かなえはそんな夕暮れの住宅街を、まるで初めて見る世界のようにきょろきょろと眺めていた。
「ねぇ蓮くん、今日からここが“わたしの帰る場所”になるんだね」
「……まぁ、仮な」
「また“仮”ってつけた〜!」
口を尖らせながらも、どこか楽しそうだった。
角を曲がると、俺の家が見えてきた。
「あ、あそこが俺ん家」
「えっ……でっか!」
「いや、普通の家だって」
俺の家は二階建ての一軒家で、部屋数もそこそこ多いし、小さな庭と駐車場もある。まぁ普通に生活する分には十分すぎる造りだ。ちなみに、駐車場に置いてある車は埃が被っていてかなり汚い。この車のせいで家の景観がマイナス査定されている気もするが、乗らない車を掃除する気にはならん。
「ふふん……なんか、いいね」
かなえは腕を組んで満足げに家を見上げた。
白ワンピとカーディガンの少女が夕焼けの前に立つ姿は、どこか幻想的で、妙に絵になっていた。
「テンション上がってるところ申し訳ないが、かなり汚いから引くなよ」
「いやいや~、汚いって言ってもそんなにでしょ?」
「はぁ、まあいい。じゃ、入るぞ」
俺は鍵を差し込み、軽く深呼吸してドアを引いた。
直後――
「……うっ、わ......」
かなえの声色が、さっきまでの明るさとはまるで別物になっていた。
玄関にぐちゃぐちゃに散乱する靴。
玄関を上がると、出し損ねた可燃ごみと不燃ごみがそれぞれ三連続でお出迎えをしてくれる。
かなえ、こんなもんじゃないぞ。この状況でなぜ俺は自慢げなのかは分からん。
俺はかなえの方を見ると、見たことがないほど顔が青ざめていた。幽霊だろうか。いや、違うな。これはドン引きしてるときのやつだ。
「......ねぇ蓮くん」
「......はい」
「ここで……人は……生きられるの?」
「特殊な訓練を受けていれば生きられるぞ。お前も受けてみるか? カミヤ式メソッドを」
「受けんわ!」




