部室探訪
同好会申請が通った後、指定された部室の様子を見に行くため、部室棟を訪れていた。
部室棟は校舎の隅にぽつんと建っていて、日当たりがよほど悪いのか、午後三時だというのにどこか影が濃い。
「二階の一番奥、だっけか」
直哉が手にした鍵をくるくる回しながら言う。
俺たちの部室は、部室棟二階の最深部にある教室だった。ちなみに、この部室棟では、一階は運動部、二階は文化部というように割り振られていて、俺たちが使う部室の隣の部屋は文芸部が使用しているらしい。初日から近隣トラブルは避けたいところだ。何か菓子折りでも買っておけばよかったな。
職員室から歩いて五分ほどで目的の教室の前に着いたのだが、二階の部屋のうち、その教室だけ、どこか時間の流れから取り残されているようだった。
プレートにはかすれた文字で、かつての部名らしきものが書かれていたが、ほとんどはがれていて判読できない。
「......ここか。なんか雰囲気あるな」
「雰囲気っていうか、単に放置されてただけだろ」
そう言いながらも、俺は無意識に扉の縁に手を伸ばしていた。
木製の扉はところどころ塗装が剥げていて、触れるとざらついた感触が指に残る。
ドアノブも埃が積っていて、ヒョウ柄のように錆ついていた。
直哉は埃や錆を気にすることなく、持っていた鍵を穴に差し込んで解錠して扉を開ける。
ギィィ......と、長年誰にも触れられていなかったことを主張するような音が廊下に響いた。
その教室の光景を見て、なぜ相沢先生が手際よく教室を確保できたのかが分かった気がした。
誰も使いたがらないからだ。
床は、埃が“積もっている”というより“層になっている”と言った方が正しい。
一歩踏み入れただけで、白い粉塵がふわりと舞い上がる。
机は隅に寄せられているが、その上には段ボールが無造作に積み上げられている。
ガムテープは変色し、端はめくれ上がり、何が入っているのかすら分からない。
壁際には壊れたパイプ椅子が寄りかかっていて、黒板には消しきれなかったチョークの跡がまだらに残り、カーテンは変色して硬化していた。
そして、むわっとした匂い。古い木材と湿気と紙が混ざった、喉の奥に張り付くような空気。これが身体にも精神にも徐々にダメージを与えてくる感じがした。
「......」
「......」
「......最高じゃん」
最初に沈黙を破ったのは直哉だった。
「どこがだよ」
「見ろよ、この荒廃感。入った瞬間に“何かいる”感じ。こりゃ満点だろ」
「いや、何が? あるのは汚れた段ボールと埃だけだろ」
直哉が冗談なのか本気なのか分からない感想を述べる中、俺は理人の方を見る。
すると、理人は部屋の奥をじっと見つめていた。
「......最低でも数年放置されてた感じかな~」
「分かるのか?」
「埃の層の厚みと、カーテンの変色具合で推測したんだよ。いろんな心霊スポットを周ってると大体分かるようになってくるかな。これから蓮も分かるようになってくるよ」
理人はどこか誇らしげに言ったが、正直まったく羨ましくない。
将来、不動産鑑定士になる予定もないし、建物の老朽化具合を一瞬で見極められてもな......。
そんなことを思いつつ、俺は一歩踏み込み、床を見下ろした。
素直な感想は一つ。
「......えーっと、今日やる?」
少しの沈黙の後、俺の言葉を聞いた直哉がゆっくりと床を見る。
理人も、天井の蜘蛛の巣を見上げる。
そして数秒後。
「......一旦、持ち帰るか」
珍しく、直哉が冷静な判断を下した。
「そうだね。僕たちも道具とか用意してないし。軍手とマスクは必須だね」
理人が淡々と補足する。
「掃除機もいる」
「あとゴミ袋」
「消臭剤も」
「あと覚悟」
まぁ、ぶっちゃけ最後のものが一番必要な気がする。
俺たちは、部屋をもう一度見渡した。
薄暗い空間。動かない空気。誰にも使われなかった時間。
ここが、俺たちの拠点になる。そう考えると、少しだけ不思議な気分になる。
「まぁ、明日から本気出すってことで」
それを言うやつは基本的に信用しないようにしている。直哉はブラックリスト候補だな。
というか、かなえにここの掃除を任せたい......。




