顧問にならないか?
職員室の扉を開けると、独特のざわめきが広がっていた。
キーボードを叩く音、プリンターの駆動音、どこかで誰かが咳払いをする気配や教師たちが談笑している。
直哉は一瞬だけ怯んだが、すぐに意を決したように一歩前へ出た。
「すみませーん!一年の岡崎と神谷です!相沢先生はいらっしゃいますか?」
直哉の声が職員室中に響き渡り、少しの間静寂に包まれた。数人の教師がちらりとこちらを見る中、窓際の席で椅子を斜めにしていた人物がゆっくりと顔を上げた。
相沢真帆、俺たちの歴史担当だ。
肩までの黒髪を適当に一つに束ねて、白衣の代わりなのか分からないカーディガンを羽織っている。姿勢はピシッとしているが、机には資料とペットボトルと謎のメモ用紙が散乱していた。
「......なに?」
第一声からやる気が見当たらない。これはかなりの強敵だぞ、直哉。
「相沢先生! ちょっとお時間いいですか!?」
「めんどくさい。また今後にしろ」
即答だった。あまりにも迷いが無さすぎて、直哉はたじろいでしまっている。
「え、あ、あの......!」
「放課後でしょ。帰りたいんだけど。それに岡崎が私に用があるなんて、どうせ大した用じゃないだろうしな」
「うぇ、俺そんな風に思われてたのかよ......。そんなことより、さ、三分! 三分で終わりますから!」
直哉が必死に食い下がる。
その思いが届いたのか、相沢先生は露骨にため息をつき、椅子の背にもたれかかった。
「......で、何?」
「俺たち、同好会を作ろうと思ってて!」
「へぇ」
すげぇ、まったく興味なさそうな相槌だ。これほど無関心な返しは初めて聞いたぞ。
「言っておくが、私はキミらが立ち上げる同好会の顧問はやらんぞ」
あれ、もう試合終了しちまったぞ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ相沢先生!」
直哉が慌てて声を上げる。
「言ってもないことに返事するの、社会的にどうかと思うんですけど!」
「思わない。むしろ先に断ってくのが親切だと思っている」
すごい、容赦がなさすぎる。
「あの~、俺たち、別に相沢先生に迷惑かけるつもりはなくてですね......」
「同好会の顧問という時点で迷惑だ」
「そこまで言います!?」
直哉が大げさに肩を落とす中、相沢先生はさらに追い打ちをかけてきた。
「それに岡崎、今日の英単語テストの結果はどうだったんだ?」
「げっ.....なぜそれを......?」
直哉の声が露骨に裏返る。
「さきほどキミのクラスで英語を担当している西沢先生と話してな。あるクラスにとんでもないやつがいると言っていた。たしか、名前は”岡崎”とか言っていたが」
「えーっと、それは俺じゃない”岡崎”ですね!ほんとにあいつはバカで敵いませんよ!」
「そうか。キミの学年に岡崎は一人しかいなかったような気がしたが」
「......」
直哉の口がゆっくりと閉じ、数秒経った後、再びベラベラと話し出した。
「いやほら、今回のは難しかったっていうか!英語がさ、急に本気出してきたっていうか!」
「英語は毎回本気だ」
相沢先生は淡々と突き放す。
「敵対的なのは英語じゃなくて、キミの学習態度だろ」
「......」
直哉が胸を押さえて膝を折りかける。精神的なダメージがでかすぎる。
「......で」
相沢先生の視線が、今度は俺の方に向いた。
「神谷もこのアホと同好会を立ち上げるつもりなのか?」
「えーっと。まぁ、そんなところですね」
「まぁ、聞くだけ聞いておいてやるが、何の同好会を立ち上げるつもりなんだ?」
相沢先生の視線が、俺と直哉の間をゆっくりと往復する。
「オカルト同好会です!」
間髪入れずに直哉が答えた。
「心霊現象とか怪談とか!あと都市伝説も!そういうのを真面目に研究する感じで!」
勢いだけはある。中身はともかく。
「......ふーん」
相沢先生はペンを指で転がしながら、相変わらず興味がなさそうに相槌を打つ。
「で?」
「で、って......それだけですけど?」
「活動内容はそれだけか」
「あ、えーっと......」
直哉の口が止まる。さっきまでの威勢はどこへやら、視線が宙を彷徨い始めた。
「放課後に集まって、校内とか校外で噂されてる怪奇現象を調査して......その......」
「それで?」
「......怖いやつを、こう......」
「どうするの?」
「......友達にします?」
沈黙。職員室のざわめきが、逆にやけに大きく聞こえてくる。
「......岡崎」
「......はい」
少しの間を置いて、相沢先生が口を開いた。
「それ、活動報告書に書くつもりか?」
「いや、書き方は工夫しますよ!」
「根本が工夫できていない」
それは本当におっしゃる通りだ。どんなバカでもこのレベルの活動報告書を通す訳がない。
「そもそも」
そう言いながら相沢先生は椅子に深く座り直し、腕を組んだ。
「オカルトをやりたい理由は何だ。暇つぶしか?話のネタか?」
直哉が言葉を詰まらせる。
「......それとも」
相沢先生の視線が俺に向いた。
「神谷。キミはどうなんだ」
急に話を振られ、心臓が少しだけ跳ねた。
「先ほどからキミの様子を見ていると、岡崎ほど浮かれていないな。このアホの付き合いで来ているようにも見える」
図星だった、とは言えない。
「正直に言ってみろ。キミはどうしたいんだ?」
相沢先生は淡々とした口調のまま続ける。
「分かりもしないことに首を突っ込む理由はなんだ?」
相沢先生の問いは、俺を責めるようでも、試すようなものでもなかった。
でも、ただ事実確認をしているだけでも無さそうな、そんな声色だった。
「......正直、まだよく分かってません」
直哉が一瞬、こちらを見る。
「校内の心霊現象とか研究するとか、怪奇現象を実際に見てみるとか、今の俺には、はっきりした答えはないです」
というより、昨日の時点でとんでもない心霊現象に遭遇し、その幽霊が俺の家に居候しているとは流石に言えない。でも、このオカルト同好会を通してかなえの過去が少しでも分かるのなら......。
「それなら......」
「......でも」
話を締めくくろうとする相沢先生を遮って俺は言葉を続けた。
「知りたくなりました。分からないまま放っておくのは嫌だと思ったんです」
「ほう?神谷、何がキミをそう思わせた?」
俺の言葉が何か引っかかったのか、興味深そうに訊ねてきた。
「それは......今は言えないですけど、この同好会で何かを掴めたら、いずれ話したいと思ってます」
再び俺たちと相沢先生との間に短い沈黙が流れる。
相沢先生はしばらく俺を見つめたあと、椅子の背にもたれかかった。
「......はぁ。キミは面倒な答え方するね」
やっぱりダメか、と思った瞬間。
「でも」
相沢真帆は、ほんのわずかに口元を緩めた。
「少し興味が湧いた。その話に乗ってやらんでもない」
「え、それって......!」
直哉が思わず声を上げる。
「ただし、条件付きだ」
相沢先生は人差し指を二本立てた。
「一つは、神谷、キミが知りたいものを高校生活の間に必ず掴め。たまには私も相談に乗ってやる。そしてもう一つ、神谷は岡崎の勉強面をサポートしてやってくれ。学業不振の人間が同好会にいると知れたら、職員会議で真っ先に目を付けられる」
「え!?俺、同好会だけじゃなくて家庭教師まで手に入れたのか!?」
「喜んでる場合か」
俺が即座にツッコミを入れると、直哉はきょとんとした顔で首を傾げた。
「え? だってさ、相沢先生公認で神谷に教えてもらえるってことだろ?これ、普通に得じゃね?」
「そう思える神経が羨ましいよ」
「まぁ、神谷の負担は少し大きくなってしまうが、それでも良ければ私は顧問を引き受けよう」
相沢先生は、まるで事務的な確認をするようにそう言った。
横では目をキラキラさせた直哉がずっと俺の方を見つめている。
もう引き下がれない......。一瞬だけ間をおいて、俺はスパっと答えた。
「大丈夫です。こちらこそお願いします」
相沢先生は、少しだけ目を細めた。
「そう。じゃあ決まりだ」
それだけ言って、椅子から立ち上がる。
「後悔しても知らないからね」
「それは......今さらな気もします」
「確かに」
相沢先生は小さく鼻で笑った。
「よし。今日はもう帰りなさい。書類の話は明日ね」
完全に話は終わり、という雰囲気だった。
♦
職員室を出た瞬間、直哉が俺の肩を叩く。
「いやー、持つべきものはデキる友達だな!」
「その“持つ”の中身が俺なのは納得いかない。俺からしたら利用されているとしか思えんぞ」
「安心しろって!俺、伸び代の塊だから!」
「お前、俺の話聞いてたか......?てか、その伸び代は今まで何してたんだよ」
「温存」
「使え」
直哉がケラケラ笑う横で、俺は小さく息を吐いた。
同好会が始まるというより、
何かに巻き込まれた、という感覚の方が近い。
でも、
「.......まぁ、悪くないか」
「ん? 今なんか言った?」




