六通目
なんだかひとりぼっちのような気分で、昔会ってた人にもう一度会いにきてほしくて、クソほどしょうもないことで話しかけてきて欲しいのです。本当に、誰から連絡が来たって「面白いことが起きた」と思って楽しむから、誰かに、気にかけてもらいたいのです。情けないほどに。
大切な人を、なくしてしまいました。なぜ亡くなったかは知らされていません。聞きたく無いと思って、咄嗟に耳を塞いだけれど、お葬式の日程の話をするから仕方なく、ほんの少しだけ、聞きました。やっぱり聞き間違いじゃなかった。その人は、もう二度と私の顔を見て「よく来たね!」と喜んでくれないのです、顔が動かないのです、死体だから。
もう、抱きしめてくれることも、大きくなったねと言ってくれることも、頭を撫でてくれることもありません。
死ぬというのは、いなくなるというのは、こういう事なのです。むしりとられたような気分です。
17年ほど、身近な人の亡くなる悲しさを味わう事なく済んだのは奇跡なのだと思いました。
生きてる限りいなくなってしまう物に縋るなんてまるで阿呆なのに、それでも私は寂しさを人で埋めようとするままです。
父親が死んだ時だって、物心がついていないから概念ごと理解できずに、お堂の中を駆け回る子供でしかなかったのです。痛みはなくゆっくりと時間をかけ、父親という存在は死んでいるので会うことはないのだと、そう理解しました。クラスメイトが死んだ時だって、私がベラベラと話しかけて無理やり構わせていたような気がする子だったので、涙は正直出ませんでした。その子の母親が棺桶にすがって泣く姿に、私の母親はこうはならないのだ、愛を受けて育っていたらこうなる、反応の返らない死体になっても泣いてくれるのだ、と普通とやらをみた気がして、悔しくてそこで泣きました。
でも今回の人は違うのです、とっても好きでした、血の繋がりもないのに幼少期から関わりがあり、私を可愛がってくれる人でした。ルッキズムや服や化粧全て関係なしに本気で可愛がってくれる人でした、そこに容姿なんてきっと関係なかった。もう私の顔を見て、笑顔で「おー!!よくきたな」なんて言ってくれないのです。
もう会えない手だって温かくない、名前を呼んでもくれない。
1日に、その人に会いにいきます。すごく怖いけれど、お別れの一言も言えないなんて、きっとそっちの方が酷いですね。でもどうしても願ってしまいます、それで泣いたら翌日浮腫むし、鼻詰まりで頭が痛くなるし、いい事ないのに、泣いたってあの人は息を吹き返してくれるわけでもないのに。




