五通目
手紙を読み返すたびに、全く違う人間がそこにいるような気がします。
そんな書き方、私から本当に出たのかと言う気持ちにもなるし、それだけ息のできない環境でどうして今生きてる状況に繋げたのか、など聞きたいことは山ほどあります。
毎日違う自分がいます、それはすごく当たり前だけどそれにすごく振り回されています。
いつまで待てば良いのか分からない待ち時間のような、みんな何となく分かっているけど棘のない言葉選びに時間がかかり、地獄みたいな時間が粘度を持ってゆっくり流れるような、そんな地獄と同じような掴みどころのない苦痛が嫌なのです。
きっと今、というかこの手紙を出す時はいつもメンタルが沈んでいる時なのでしょう、でもやけにこういう時に書く文には言いたいことがギュッと詰まっていて、やや満足している奇妙な自分がいて不快です。
私はどうしていきたいのかさっぱり分からない、私はいつも私に置いていかれる、どうしてかも分からない。
助けてと言ったら、その瞬間に電話に出たりメッセージに応答してほしいのです。相手の予定は、偶然何もないのが大変好ましいですが、その偶然は私が引き寄せられるものじゃないので、大変難しい。水を掴むようなものです。
でも時間が経った後では遅くて、やはりその瞬間に気づいて欲しくて、気づかれなかったら気づいてもらえない苦しさで追い討ちで、八方塞がりのように見えるから、私がどうやって今息をする未来に繋いだのかただそれが知りたい。
母親に顔が似ていると言われることが大変不快です。
さらに親御さんに似て仕事出来ね〜なんて言われた暁には、この用意周到さ、周りも拾っていくぜの精神は自ら身につけたもので母親から譲り受けたものではない、と激しく抗議したくなるのです。ですが言ってる側に悪気はないのです。私が吠えるだけ無駄で、新たに傷や溝を作る可能性があって、黙るが吉なのです。
私はたいそう母親を嫌っておきながら、母親とずいぶん仲良さげに振る舞うことが出来ます。抱きつくことだって、愛おしげに名前を呼ぶことだって出来ます。でもやり方は分かりません。どうして出来たのか分からない、なので時折反転して、憎くて仕方なかったことを思い出します。
今回のトリガーは、母親に顔が似ている、親子共々うんぬんなどまとめ上げられたことに由来していて、理由の分からない、いつもの地獄とはまた違いますが。
急に憎たらしかった事を思い出すのです。
足音や、少しが雑に物音を立てるとか、咳払いや、目線が一瞬交差する瞬間とか、もうとにかく全て嫌で憎たらしいのです。
施設に行けばよかったと本当に心の底から後悔しますが、自分が受けている行為が虐待に該当すると、そうはっきり認識する前に事は終わり、そのあとは毒親と呼ばれる部類の行為が多く、証拠もうまく集められなくて逃げ場として選べませんでした。
あの時の絶望を味わっておきながら今生きてるのは何のお笑いでしょうか?一体なぜですか?
時折反転して、憎たらしかった事を再認識する理由の一つに、私しか覚えていないという事がすごく大きいのだと認識しています。
先ほどの通り、証拠は集められませんで、虐待を受けたという事実が私の中に存在しているだけなのです。髪の毛を引っ張られてる瞬間の動画など撮れていません、スマホもガラケーも持たされていませんからね。
蹴られてる時なんて遠くから画角を決めて収めないと撮れないし、平手打ちされる瞬間は体が強張り動けないから、これも動画を撮れません。残ったあざや赤みを写真に撮る事もできません、端末がそもそもない、スマホを得た後も中身チェックをされるから撮ったらバレる、など逃げ道なんてありませんでした。
死にたいと元凶に直接伝えた事もありますが叱咤されて終わっただけでした。そしてそれも証拠はないのです。
私だけが、私だけが痛かった事も怖かった事も知っているのです。
証拠なんてなくても、助けてほしいと叫んだ回数だけきつかった事を私が覚えているのです。
私の記憶力は著しく悪く、覚えておきたかった事も忘れて、忘れた事すら忘れて、もう頼りにならないのです。
それでもギリギリ覚えている、小さかった私のSOSを時々「忘れてるんじゃないでしょうね」と言わんばかりに思い出し、母親が憎くてたまらなくなっているのかもしれません。
とにかく私が全てを忘れてしまえば、小さい頃の一番見方が欲しかった時期の、あの時の私の味方になってくれる人間がいなくなり、ただ意味もわからず母親が憎い子供になるのです。
それだけは、嫌なのです。忘れないでいてほしい。
忘れないでいてくれるだけで、私は1人で声を押し殺して泣いた日も1人じゃなかったことにできるような気がするのです。




