十通目
私は今までたくさん変化してきてたくさん忘れてきた
書き留めて残さないと忘れちゃうし、書き漏れたことは無かったことになっちゃうのがすごく寂しい
時々走馬灯みたいに、一つの日の一つの出来事をパッと思い出すから、それに意味はないかいつも考える
走馬灯ってたくさん思い出す中から、今この状況から挽回する方法を探している、という俗説を聞いたことがある
なら今これを見た意味はなんだろう、っていつも
きっと思い出せないだけで、必要な時にちゃんと思い出すのだと思う
でもまだその積み重ねが足りなくて、ただひたすらに寂しくて不安
一つ残らず残さないと何も覚えていないような気がする
友達が話す内容に全くもって覚えてなかったことがある度に、私はまた無くしたのだと思ってしまう
そんなことないよってまだ自分に言ってあげられない
シャッターを切らない瞬間も、その場に物や人や色がある事なんてずっとずっと理解したままなのに
思い出に限ってはそう言えないのは何でだろう
きっと形がなくて目に見えなくて、掴めないからなのだろうけど
ではどうやって克服しろというのか、一生これに悩めというのか
忘れた分だけ思い出を作るなんて、一期一会のその瞬間瞬間をおざなりにするようでそれはすごくダメだと思う
ようやく大事にできるようになったのだから
けどもう私は18年も私を運営していて、いろんな問題もサプライズも感情のブレもたくさんあった
1日は24時間、それを×365日、それを18回やった
24時間×365日=8760時間、8760時間×18回=157680時間
15万7680時間分何かをしていた
その間たくさん寝たし、食べたし、まあそのトイレとか風呂とか、あと笑ったし、すごーく泣いた!
もう少しで私は19周年を迎えて、またこの運営時間に実績が追加される
イベントも種類豊富で、感情のジェットコースターなんて乗ってる人の首がもげるコースで、それを、この先もずっと何一つ忘れる事なく記憶なんてしておけない
無くしてるというより、手に抱えるには限界があって少しずつ手放している、と言われた方が優しい
写真を撮らなくても、撮った後に消しても、覚えてる事が0じゃないって、ちょっぴり泣いたあとに思い出した




