要らないお釣り
♪ピンポーン♪
「はーい」
「胡蝶です。頼まれた物をお持ちしましたぁ!」
「え? 夢ちゃん? 何か頼んだっけ? とりあえず行きます」
琴子さんは、部屋着のまま玄関から出てきた。本当に先程まで寝ていた感じだ。
「朝、ゴミ出しの時に、お宅の旦那さんにゼリーを買ってきて貰えないだろうかって頼まれたの」
「え、そうなの!? それはどうもありがとう。片付いてないんだけど、良かったら上がって貰える?」
「はーい」
片付いていないという自己申告だったけど、先程まで寝ていたとは思えないほど、部屋は綺麗に片付いていた。出しっぱなしなのは、今食べていたらしい食べかけの朝食だけ。
「ちょっと、先に食べちゃうね」
「はーい」
ヤカンでお湯を沸かし、その間に朝食の残りを食べきっていた。
「それで、ゼリーはそこに入っているの?」
クーラーボックスを指差し、尋ねてきた。
「あのね、旦那さんが5000円渡してきてね。食べきれるならお釣りは要らないとおっしゃって、だから、ゼリーを5000円分買ってきたの」
「あはははは! そりゃ良いわ! まさか、全部ゼリーにするとは思わなかったでしょうね!」
「5000円セットって言うのがあって、18個よ。6種類が3個ずつ」
「へえ、少し安くなるのね。早速食べましょう! 夢ちゃんも好きなのを食べてね」
「ありがとう」
琴子さんは、先日私が大絶賛した、セーデルを入れてくれた。セーデルというブレンドティーは、ノーベル賞の晩餐会で提供されるお茶らしい。とても良い香りがして、優雅な気持ちにしてくれる。ガラス製のポットの中で、茶葉と一緒に入っている花びらが舞う姿も美しい。
「良い香りね!」
「夢ちゃん、このお茶好きねぇ」
「家では温かいお茶は飲まないんだけど、これだけは買おうか迷ってるの」
真冬であろうとも、普段は冷たい麦茶を飲んでいる。
「私は、ノルウェーにいる友人が日本に帰国するときに買ってきて貰っているから現地価格だけど、日本で買おうと思うと、ちょっとお高いのよね」
「そうなの。ネットで見て驚いちゃった」
ゼリーを1つずつ選び、美味しいゼリーと、良い香りのお茶で、優雅な時を過ごした。
「夢ちゃん、旦那さんにも、良くお礼を伝えてね」
「え? 蘭さんに? なんで?」
「だって、お店開くの10時なのに、夢ちゃんが来たの10時15分頃だったもの。旦那さんが乗せてくれたんでしょ?」
訪問時間から推理したらしい。琴子さん凄い!
「実はね、完全防備でカートを引いて歩いていたら、不審者と間違われて、副会長さんたちのパトロール車に声かけられたの。で、お店まで送ってくださったのよ」
「え? いったいどんな格好をしていたの?」
「キャディーさんみたいな全方位焼けない帽子と、サングラスと、パイプキャリーにクーラーボックスを載せて歩いてました」
私の日焼け対策は完璧なので!
「それは、」
琴子さんは、笑いをこらえているみたいだった。あの格好は、やっぱりダメなのかなぁ? 日に焼けなくて良いのに。日傘をさしたら、両手が塞がっちゃってむしろ危険だと思うのよね。
「そのクーラーボックスは置いていくから、空になったら返してくださいね」
「え、2週間で残り16個は、多いわよ」
「旦那さんは食べないの?」
「たぶん食べないわね。それに、買い物の手数料として、夢ちゃん、少し持って帰ってよ。旦那もそのつもりで、お釣りは要らないって言ったんだと思うわ」
鈴木夫妻の夫はそのつもりではあったが、全部ゼリーだとは考えていなかった。クッキーとかケーキとか、色々買ってくるだろうと思っていたのだ。
「そう、ならありがとう」
私はパインゼリーを1つ取り出した。すると琴子さんは6種類を1つずつ取り出し、残りを全てこちらに渡してきた。
「これ、持ち帰ってよ。お義母さんにも分けたら良いわ」
「私の方が多いよ?」
「だって、うちは食べるの私しかいないもの」
琴子さんは、言い出したら絶対譲らないので、ありがたく受けとることにした。
「どうもありがとう。物凄く得しちゃったわ」
「また、今度ケーキ食べに行きましょうね」
「はーい。無理せずお大事になさってくださいね」
「夢ちゃん、ありがとう」
「こちらこそ、ごちそうさまです」
鈴木家を後にし自宅に戻ると、1階に住んでいる義母を訪ねた。
そして今日あったことを話し、大分笑われた後、ゼリーを分けてきた。半分どうぞと促したのに、重複する種類の3つだけ選んでいた。モモ、みかん、パイン、ブドウが2つずつあったのに、手に取ってからパインをクーラーボックスに返していた。
そして夕飯の時に夫にゼリーを提供すると、6種類を見て、パインを選んでいた。さすが母親だなぁと感心した。でも良く考えると、私が全種類食べられるようにと考えてくれたのかもしれない。
尚、私と琴子さんが一緒に食べたのは、私がビワで、琴子さんがメロンだった。なので、ビワも食べて良いよーと夫に渡すと、少し驚いて受け取っていた。
「夢ちゃん、ビワ食べてみなくて良いの?」
ビワゼリーは季節限定商品なのだ。
「琴子さんと一緒に食べたの」
「成る程」
なぜうちにゼリーが大量にあるのかを説明したのだった。
因みに、この日の夜は他人の悪夢を見ることがなく、私はフルーツゼリーの中で優雅に泳いでいる夢だった。楽しかった。