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第13話 暴走の果て②

 その頃、カトレアはある交差点に陣取り、街を火で染め上げる光景を見下ろしている。彼女の背後には数名の私兵が控え、さらに奪った宝石や武器をどこか誇らしげに掲げていた。


「ほら、ごらんなさい。あれが私たちの『新たな世界』よ」


 その言葉に、私兵が困惑気味に(うなず)くと、カトレアは一人微笑んで続ける。


「秩序も道徳も何もかも壊れて、ただ血と破壊が渦巻いている。素晴らしいでしょう? あの王家も役に立たないのだから、誰の支配も受けない世界がここにあるわ」


 声を張り上げる必要などなかった。この辺り一帯は人々の悲鳴と炎の轟音(ごうおん)が絶えず響くが、カトレアの言葉は奇妙に通る。まるで彼女の狂気が空気を割って拡散するかのようだ。彼女は先ほどまで公爵家が維持していた名誉や政治力など顧みる気配もなく、自身の破滅をもいとわないかのようにふるまい、歯止めの効かない破壊を振りまいている。もはや、この国を壊す行為こそが、唯一の目的であるかのようだ。


 街角には斬り殺された人間の屍が重なり、血の川が石畳を流れる。炎と血、略奪と絶叫、それらが混じり合った惨景は、想像を絶するほど陰鬱だ。遠くの方で、苦しそうにのたうち回る男を発見した私兵が駆け寄り、容赦なく剣を振り下ろす。人の命が紙切れのように散り、そこに理不尽な快楽を見出す者たちがいる。その光景に、カトレアは微笑を浮かべながら静かに見守っている。


「もっと、燃えればいいのに。ここも、あそこも……すべて灰にしてしまいましょう」


 誰の命令も受けぬ彼女の唇から(あふ)れる狂言が、やがて周囲の私兵たちを()き付け、さらに暴走を加速させる。生き埋めにされたような悲鳴が瓦礫(がれき)の下から聞こえても、誰一人として救助しようとしない。貴族の娘が路上で切り倒されても、道化のように笑う者がいるだけ。街角には硝煙の匂いが混じり、視界が悪くなった場所でさらに多くの悲劇が生まれる。


 そうした地獄絵図の一方で、王宮に取り残されたレオネルは、それらの報告をかすかに耳にしながら、ただ力なく壁に寄りかかる。かつて栄華を誇った王家の証しである絢爛(けんらん)な彫刻や絨毯(じゅうたん)に、今や何の意味もない。今にも公爵家の私兵がこの王宮へも攻め入り、血で染めるだろうことは、想像に難くない。


「そこまでして……何を得ようというんだ……」


 暗い廊下に漏れる彼の声に、誰も返事をしない。王族も貴族も皆、バラバラに逃げ出しており、国家の枠組みはほぼ崩壊状態。指導者らしき者も見当たらず、兵も嘆きのまま指示待ちの姿勢に陥っている。結局は何も決まらないまま、ただ略奪と殺戮が続く噂だけが王宮をかすめていく。


「ああ……シエラ……」


 涙も乾き切った喉から、彼女の名が(つぶや)かれる。レオネルにとって、すべてを賭けても守りたかったはずの存在を失い、その意義さえも見失っている。王族としての立場などもはや残骸であり、彼は軍勢を率いる力など持たない。あの暗い地下室で最愛の人が絶命するのを見届けてしまったあの日から、彼は一種の亡霊となってしまったのかもしれない。


 その頃、カトレアは街の一角で燃え盛る建物を見上げ、うっとりとした顔で(つぶや)いていた。


「まだ足りない。もっと多くの場所を破壊して、あの王子にも思い知らせてあげなくちゃ。すべてを灰に変えてしまえばいいのよ」


 もはや彼女の言葉に正気のかけらなど見当たらない。身勝手な凶行が加速し、既に父や使用人が制止しようとしても取り合ってはくれない。戦の中で多くの命を奪った私兵たちすらも、カトレアの底なしの狂気に(おび)えながら付き従っているのだ。


「殿下、どうにか……どうにか止めてください……」


 王宮の廊下で、一人の騎士が(ふる)えながら訴える。しかしレオネルは彼の言葉を受け止める気力がない。シエラのために動くことができなかった無力な自分が、いまさら何を言えるのか。首を横に振るだけで、一言も発せずその場に崩れ落ちた。兵士が困惑のまま表情を曇らせるが、何もできない。こうして廊下には、絶望の静寂が戻るだけである。


 街の外れでは放火の火の粉が風に乗り、連鎖的に家々を燃やし続ける。焼け焦げた牛馬の死骸や、叫ぶ人々が道路を埋め尽くし、どこへ逃げても灰と血の悪臭からは逃れられない。公爵家の私兵だけでなく、暴徒と化した貧民たちまでもが、ここぞとばかりに財貨や食料を略奪しては、反対勢力を見つけるたびに殴り合い、殺し合う。


 まさに「崩壊」という言葉がふさわしい惨状の中、カトレアは蝋燭(ろうそく)の芯が燃え尽きるかのように国を焼き払う喜びを得ている。彼女がどれだけ叫ぼうとも、もう耳を貸す者はいない。むしろ、彼女の破滅願望が無数の暴徒たちを扇動し、さらなる凶行を誘発している。生きる術を失った民たちの憎悪と恐怖を利用して、世界を壊す道具として使っているのだ。


 こうして首都は瞬く間に地獄へと転落した。民衆も貴族も関係なく、権力者同士の内輪揉めと、底なしの狂気を抱えた公爵家の娘が引き起こす破壊の奔流に巻き込まれ、絶望のどん底へ落ちていく。


 この国は完全に崩れ去る――誰もが口を揃えてそう嘆き、血の匂いに引きずられた獣のように、街は死と恐怖に覆われる。レオネルにはそれを止める力も意思も、もはや残されていなかった。彼はただ茫然(ぼうぜん)と王宮の暗い廊下を彷徨(さまよ)い、(ふる)え、うずくまっているだけで、もはや国の象徴たる面影はかけらもない。


 そして夜はさらに深まり、いっそう濃い闇が空を支配する。遠くから聞こえる怒号や火薬の破裂音が、まるで死神の足音のように響き、場所によっては一面の炎が荒野を作り出している。地上に降り積もる灰が雪のように積もり、(かす)かに月光に照らされながら、屍の山を覆う。それでもカトレアの狂気は尽きることなく、さらに破滅を広げようとしている。


 心も身体も抜け殻になったレオネルが、この地獄を眺めながらただ息をする光景は、あまりにも悲惨だった。壊れゆく国を前に、わずかな責任感さえ支えにはならず、空っぽの視線を宙に向けているだけ。王家の瓦解(がかい)はついに決定的な形となり、護るべき民衆からは恨みと(あざけ)りを浴び、他国からは侵略の機会を狙われるだろう。全土が焼き尽くされ、力尽きた死骸が積み上がる未来が、もう目の前に迫っているのだ。


 こうして、かつて繁栄を謳歌していた国は息絶え絶えに(あえ)ぐ運命へと誘われ、血と炎が街を飲み込む。そこには何の希望もなく、カトレアの瞳に映るのは満たされない狂気だけ。あとに残るのは破滅した王家と、痛みに引き裂かれた民の姿――絶望を伴う夜の焔が、さらに高く燃え上がり、国全体を焼き尽くそうとしていた。誰も止められず、誰も救えないまま、破滅への道は一気に加速し、王都は血濡れの幕を下ろそうとしている。

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