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008.義母の心

 色々考えた結果、俺の結論はこうだ。


「その内、家を出る。その前にリーリエの意図を把握して、解決ないし利用する」


 解決とは文字通りだ。わだかまりがあるなら解決して家族仲良く暮らしてくれ、というもの。

 では利用の方はというと、リーリエが俺を排したい場合、いっそそれに乗って追い出されるのもアリかなと思う訳です。


 だって何かしらの理由付けがないと、跡継ぎ最有力候補の第一子が勝手に失踪するのはよろしくない。

 ましてや仮にも王国の四大侯爵家のひとつだし。


「あとはどう探るかか……」


 こういう時、父上の察知系ギフトが羨ましい。

 まぁ俺の空間魔法が十全に扱えたら『万斛把握』どころじゃない性能はありそうだけど、現状は無いものねだりでしかない。

 いや『超感覚』も一応察知系になるのか?補助系とか言ってたけど、考えてみたら実質察知系では?


 まぁ扱えてないギフトは置いとくとして、現状探りを入れるなら選択肢は四つ。

 父上か、家令か、ローズマリーか、本人であるリーリエだ。


 まず父上とリーリエは遠慮したい。

 前者は教えてくれる気がしないし、探り合いとなれば勝てる気がしない。

 後者は言うまでもなく最終手段だしね。というかただ探りに行ったら単なる猪突猛進そのものだ。


 ではローズマリー。

 手掛かりを持つ可能性は高いように思えるし、成功率も高いだろう。あのよそよそしい態度から見るに、恐らく何かしら情報を持ってるはず。

 ただ、仮にも妹が傷つく可能性の高い話を、本人にさせるのはなぁ……。


 となると、残るは家令だ。

 父上が信頼している彼はグレイ・グラーツという名前で、年齢は父上の少し上くらいだと思う。

 ピシッとオールバックにした茶髪と、メガネの奥でキリッと光る茶色の目がトレードマークの、いかにも優秀な感じ。

 実際なかなか家に帰ってこれない父上に代わって領主の仕事を実質担っている代官でもある。敏腕なのは間違いない。


 そうなると、そこまで深く我が家に食い込んでいる彼なら色々と情報を持ってそうではある。

 あとこれは予想でしかないけど、多分何かしらの情報収集する術も持ってそうだし。


「…ものは試しか」


 おそらく成功率は低い。けど、失敗した時のリスクも少ないと思う。

 間違いなくグレイは義母より父上の味方だ。で、父上は別に俺やローズマリーを嫌ってはいない、はず。無表情で分かりにくいけど、きっとそう。

 となると、仮に俺の思惑がバレても義母にチクッたりしないし、父上が報告を聞いても即追放まではいかないはずだ。

 

 ……せっかくだし、俺の魔術訓練の一環も兼ねて、潜入捜査でもしてみるか。


「ふぅ……『力よ』」


 っし、出来た。これぞ本で読んだ略式詠唱。

 ざっくり言えば、ローズマリーが言ってた魔術発現のキーのひとつである『確固たる意思とイメージ』と『詠唱』を半々で行うというもの。

 足りない意思とイメージを少ない詠唱で補う感じ。


 どうもこの方法、発現後の操作もいくらか難しくなるみたいでね。多分発現そのものが下手なせいで操作も引きずられて困難になってるぽい。

 ただ難しい分、魔力操作の練習にはもってこいだ。


「ふぅ……さてまずは…」


 家令の弱みでも握りたいなぁ。


 なんか部屋に面白いものでも置いてたりしないだろうか。エグいエロ本とか。

 これで汚職の証拠でも出てきたら笑えないが、グレイに限ってそれはないだろう。もしそうならとっくに父上の『万斛把握』によって暴かれている。


「っしゃ行くぜぇ!」


 つまり安心して探れる訳よ!

 鉄板のベッド下のお宝とかないかなー?


 通常時の数倍の速度で、人目を縫うように隠れながら駆け抜けていく。

 そして本邸から少し離れた使用人棟の一室、他の部屋より大きな間取りとなっているグレイの部屋へと到着。

 この時間、グレイは本邸の執務室にいるはずだし、あとは鍵さえ開ければこっちのもんだ。


 ピッキングはマンガで見たくらいしか知らないが、この世界の技術水準からしてそう複雑なものでもない。実際、俺の部屋の鍵で練習したら開けれたしね。

 くっくっく、グレイさんよぉ。そのスカした面を歪ませてやんよ!っしゃ開いたぜオラァ!


「いらっしゃいませ、ルイ様」


「あ、お邪魔しまーす」







「はぁ。ここ数年は大人しくなったと思っていたのですがね。いきなり悪質な方向に振り切れましたな」


「出来心だったんです。後悔してます。反省はしてません」


 いやはや、気付いたら正座してますよね。

 グレイも合わせてくれてるのか正座で向かい合ってるあたり、微妙にノリが良いというか。


「素直でよろしい。では反省させる為にお仕置きをしましょうか」


「反省しますッ!」


「全く信用できませんが良いでしょう。あ、実はお宝を読みたいだけだったりしましたか?」


「なきにもしもあらずですッ!」


 いやしかしなんでバレたかなぁ。なんなら仮にバレても良いようにわざわざ身体強化までしてダッシュで来たのに。


「お伝えしてませんでしたが、私のスキルも風魔法系統なのですよ。『対象察知』といいまして、簡単に言えば定めた存在の場所を把握するマーキング魔法です」


「あー……え、それって家族全員にですか?」


「もちろん。貴方がたこそが守るべき宝ですから。きちんと把握しておくのは当然です」


 いや簡単に言うけど、それ魔力量と操作能力やばくない?とんでもねぇおっさんだなこの人。


「これも訓練も賜物です。ルイ様も訓練次第で素晴らしい力を手にするでしょう」


「いやあの、ちょいちょい心を読んで返事するのやめてくれない?」


 さっきから怖いよこの人。

 実はさっきの『対象察知』は嘘で『読心』とかじゃないだろうか。


「正真正銘、『対象察知』ですよ。例えば現在ローズマリー様とフラムリリー様は広間でお勉強をなさってますが、フラムリリー様が退屈なのかフラフラと広間から出ていった所です」


 フラムリリーは集中力がなぁ。ローズマリーもあまり意思表示や指摘をしないから多分指摘しないんだろうなぁ。


「ローズマリー様の遠慮がちな点は私共としても少し悩みではありますなぁ。よくメイドからこっちが恐縮してしまう、見ていて寂しい、と相談されてます」


 あー、使用人相手ってそんな感じなのか。てっきり距離があるかと思ったけど、意外と気にかけてくれてるんだな、

 うーん、ここまでくるとやっぱり何かしら原因があるんだろうな。


「ローズマリー様には酷ですが、やはり1人だけ血が繋がってないという事が気後れする要因なのでしょう」


「そ、それぇェエ!」


 あ、声ひっくり返っちゃった。


「ってそれマジですかグレイさんや!もうさっきからずっと口に出さずとも成立してた会話よりも重要なのが出てきちゃいましたよ!」


「あ、もうお説教は終わりなので敬語じゃなくて構いませんよ?」


「呑気ッ!いやもう素で敬語使いたい風格あるよグレイは!」


 もう手のひらの上でコロコロされてるわ俺。大人って怖いなぁ。


「……私としては下手にルイ様が探り回って刺激してしまうよりは、いっそお伝えしてしまう方が良いかと判断しましてな。それに最近のルイ様はどこか大人びた風格を滲ませております。悪いようにはなさらないでしょう?」


 その癖ガキみたいな悪戯しやがって、みたいな視線は非常に刺さる。反省しますぅ。


 しかし、グレイもかなり葛藤した事だろう。なんせ話すのが俺だしね。たった今アホな事した俺だしね。

 でも、だからこそ。

 この話を聞くのであれば、その気持ちには応える義務がある。


「……分かった。その判断が間違ってないと思えるよう尽力する事を約束する」


「ふふ……ありがとうございます。では、私の知る限りでしかございませんがーー」


 という前置きは何だったのかというくらいの詳細な説明がつらつらと続いた。

 

 いわく、レオンハルトとフラムリリーはちゃんと父上とリーリエの子。

 そしてローズマリーは父上の従兄弟の子らしい。


 父上の父、先代侯爵家当主。俺の祖父だな。

 その祖父の妹にあたる、父の叔母で俺のお婆ちゃん。

 その孫がローズマリー。つまり、ローズマリーは俺のはとこにあたる。


 ローズマリーの実母は産後に体調を崩して亡くなったらしい。

 ローズマリーの実父は気落ちしながらもローズマリーの為にと奮起したが、そう間を置くことなく魔物との戦いで戦死してしまったそうだ。


 そこで父上が引き取ることにしたのだが、妻のローザンヌが俺を産んでから体調が優れないまま長くベッドの上にいた。

 そこで心労を与えぬようにとローザンヌの専属侍女に預ける形となったらしい。まぁ身近な専属侍女だけあって、ローザンヌはすぐ気付いたそうだが。

 

 そしてその専属侍女というのがーー


「義母のリーリエ……?」


 自分が思ってるより弱々しい問いに、グレイは頷く。


 待て待て、思ったよりややこしい上に重たそうだぞこの話……。


「なんで専属侍女が父上と浮気してんだよ……!」


「あぁ、それはローザンヌ様が勧めたからです」


「おっと?」


 一気にバカらしい話になってきたぞ?


「え、何考えてんの母上」


「ローザンヌ様にとって最も近しく尊敬できる女性がリーリエ様だったようでして。元より体が弱く多くを産めない、産めても永くはないと御自覚なさっていたローザンヌ様が、妊娠が発覚したと同時に旦那様にそれはもうゴリ押ししておりました」


 えぇー……母上ェ?


「ちなみにその時ローザンヌ様一筋だった旦那様はちょっと泣きました」


 は、母上ぇッ!!


「ローザンヌ様が息を引き取った際に、リーリエ様は酷く衰弱しておりましたな。リーリエ様はとてもローザンヌ様を敬愛しておりましたので」


 大好きだった主人であるローザンヌが亡くなった悲しみ、そのローザンヌの後に自分が収まっていいのかという葛藤。

 そして、やり場のない感情がーー俺やローズマリーに向いてしまう。


「これはあくまで事実ではないと先に断言しますが……ローザンヌ様がお亡くなりになった原因、そして衰弱を早めた要因が」


「俺とローズマリーだと思ってる……って事か」


 重々しく頷くグレイ。

 言うまでもなく体調を崩した原因そのものの俺。

 そして恐らく……引き取るはずだったローズマリーを、自分のせいで引き取れないという自責の念が衰弱の要因、とか思ってるのかな。


「……マジかぁ」


 ローズマリーの事はまだどうにかなりそうだ。もはやこじつけに近いし。

 ただ俺は完全にアウトだな。

 いや、ぶっちゃけ言ってほぼ会話もしないし、睨んでくる相手に恨まれようと割とどうでもいい。

 しかし、俺が母上の死因の原因というのは……堪えるな。


「先程申したように、それは事実ではありません」


「いや、気持ちは嬉しいが俺の方は誤解も何もないだろ」

 

「いえ。ローザンヌ様がお亡くなりになった原因は、とある魔物との戦いによる影響です」


 ……どういう事だ?


「ローザンヌ様はルイ様が生まれてからしっかりと体調を整えていらっしゃいました。ですが、その当時ローザンヌ様の故郷であるロットランド伯爵領にて暴れていた魔物がいましてな。それを追い返した際に魔力を限界以上に酷使なさり、それが祟って衰弱なさってしまったのです」


 ん?あれ?本当に?

 でもそれならなぜそれをリーリエが知らないんだ?


「リーリエ様もそれはご存知です。ですが、それとは別に、という事なのかもしれませんな。勿論最も恨んでいるのはその魔物でしょうが、近くにおらず、しかも強力すぎて手の出しようもない存在ですので……言い方は悪いですが、手近で感情の向けやすい矛先がお二人となったのかと」


「なるほど…………はぁ〜〜」


 なんか、ドッと力が抜けたな…。


「あえて聞く。俺を慰める虚偽ではないな?」


「はい、それは誓って」


「……だとしても、気持ちが晴れる話ではないけどな」


 結局義母に恨まれてるって話ではあるしな。


「申し訳ございません。出過ぎた真似を」


「いやいい。教えてくれて助かった。ありがとう」


「……とんでもございません」


 むしろこっちが申し訳ない。

 これは俺が悪戯に刺激してはダメな案件だった。

 勿論傷つけたかった訳ではないが、ローズマリーの事ばかり考えて動けばリーリエを傷つけた可能性は高い。

 それを事前に止めてくれたグレイには感謝しかない。


「あっ、ちなみにその魔物はもう討伐されたのか?」


「いえ。討伐はされてませんし、今後も永遠にされないでしょうな」


 なんせ、と続けながら、グレイは俺の知る限りで初めて見せる、忌々しげな表情で告げる。


「その魔物とは、最強の一角でしてな。『古代獣王』の名を冠する神獣、ベヒモウスなのですから」



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