006.ギフト
「で、ではボ、私からお願いします!」
いち早く名乗り出たのはレオンハルトで、セイレン司教も微笑ましそうに皺を深める。
「承知しました。では失礼ですが左胸あたりに触れさせて頂きたく」
「は、はい!」
緊張感マックスといったレオンハルトに、セイレン司教は安心させるように微笑んでから、そっと右手を左胸ーー心臓近くへと当てた。
余談だが、後で聞いた話だと女性相手の場合は基本女性の鑑定者が行い、予定がどうしても合わない場合は心臓ではなく頭に手を置くのだとか。
「ーー………おぉ、発現しておりますな。レオンハルト様、貴方のギフトは『炎熱付与』でございます」
おー、いかにもな戦闘系ギフトじゃん。
確か属性付与はギリギリ魔法系の分類だっけ?いや付与系だっけ?
なんか錬金術系や付与術系やら似てたり被ってないかと言いたいものだったりと色々あるから分かんないわ。ローズマリーか家令なら分かるかな?
「あ、ありがとうございます!」
「ほっほっほ、いえいえ」
満面の笑みのレオンハルトにつられるように笑うセイレン司教は、思わずおじいちゃーん!と駆け寄りたくなるくらい親近感が湧く。
さすが司教というべきか、つい絆されそうな雰囲気があるな。
「ではお次はルイ様ですかな」
「っはい。よろしくお願いします」
ぼんやりセイレン司教を見てたのでうっかり噛みそうになったが、どうにか耐えた。
そっと触れる骨ばった手から、魔力がふわりと自分の身体をすり抜けるように放たれたのが分かった。
「………?こ、これは……?失礼、もう一度…」
え、うそん。まだ発現してないだろうと余裕こいてた。
まさかもう発現してたのか?となると空間魔法なんて意味不明なのを持ってるのがバレてしまう。
もう内心バックバクだが、ここで逃げるのもおかしい。
内心でオッサンに祈りを捧げながら「バレないでくれぇええ!」と叫んでいると、ついにセイレン司教の手がそっと離れた。
「ふむ……ルイ様のギフトですが、まずは『超感覚』ですな」
…………ん?あ、あれ?空間魔法じゃなくて?
えっ、ちょ、はぁあああ?!おいおい待てよオッサン!お前失敗してんじゃねぇか!なーにが『空間魔法いっちょお待ち』だ!
「……失礼、セイレン司教殿。まず、というのは?」
「はい。恐らくですが、未発現のスキルがもう一つあるのではないかと」
「……なんだと…?」
あ、なんだ、そゆこと?
なんだよビックリさせやがって。紛らわしい事すんなよなオッサン。……うん、疑ってごめんオッサン。
内心胸を撫で下ろす俺だったが、父上やセイレン司教の視線は何故か異様に厳しい。
それを不思議に思ってると、セイレン司教が重々しく口を開く。
「……万が一の事もあります。至らぬ身ではありますが、せめて良き未来がありますよう祈らせてください」
「…………ありがとう、ございます……セイレン司教」
え、何すかこの空気。お通夜?
ちょ、へいへいお父様ぁ?よく分からんけど2つ持ってたらラッキーなんじゃないんですかぁ?おら喜べよー?
ほらレオンハルトだって困ってんぞ?謎の空気にオロオロしてるじゃんか。
とか内心でふざけてる内に、セイレン司教の祈りが終わってた。
組んでた手を解き、目を開けて、俺を慈しむように見やる。よく分からんが、お礼はしておこう。形だけでもきちんとね、うん。
「……ありがとうございました、セイレン司教様」
「ええ。きっとまたお会いして、もう一つのギフトをお伝えできる事を祈っております」
「あの、父上。何故私は祈られたのでしょうか?」
それからしばし父上について数人の大人ーー恐らくこの土地の代官達ーーと話すのを眺めていた。
そしてその帰り道の馬車に乗って第一声がこれね。
いや聞き方が身も蓋もないのは分かってるけどね。他に思い浮かばなかったんだよ。
「……聞きたいか」
いや聞きてぇよ。訳も分からずお通夜の雰囲気からの祈られコンボ決められてんだぞこっちは。
「はい。何かまずかったでしょうか?」
ほら横でレオンハルトも不思議そうにしてるし。
本当ならギフト発現を喜んで欲しいだろうに、こんな空気じゃレオンハルトも切り出しにくいでしょうが。まだ10歳にならないガキなんだぞこの子は。
「……実はな、ギフトの重複授与者の多くは何かしらの欠陥を抱える事が多いのだ」
「……血管?」
いや欠陥か。おい聞いてねぇぞオッサン。
父上いわく、授かるスキルが本人の魂の許容量を超えてしまう事が極稀にあるらしい。
そしてその最たる例が重複授与だという。
魂に許容量を超えた負荷がかかる事で、何かしらの異常をきたす事があるとの事。
そもそも魂とは、魔力や肉体や精神といったその人の根源である。
その根源たる魂に異常があれば、当然肉体や精神、魔力にも影響が出る。
つまりは、欠陥が出るという事だ。
「……どのような影響が出るかは人それぞれだから、どうなるかも分からん。だが、もう一つのギフトが発現した時にルイの魂の許容量を大きく超えてしまった場合……なにかしらの欠陥が出る可能性がある」
例えば単純な肉体的異常だったり、人が変わったようになる精神的な影響だったり、魔力がほとんど生成されなくなる事もあるのだとか。ひどいものだと二度と意識を取り戻さない事もあるそう。
どのような影響が出るかは、いざそうなってみないと分からないらしい。
「……すまないな、怖がらせてしまっただろう」
「あ、いえ。それは大丈夫です。父上、私は絶対に健康のまま第二のギフトを発現させますよ」
あっさりと言ってのけた事に驚いたのか、珍しく父上が目を丸くしている。
レオンハルトはまだよく分かってなさそうな感じだが、場の空気が緩んだ事は分かったのか少し表情を緩ませていた。
「お前がそこまで言い切るとはな……何か根拠はあるのか?」
「まぁ、はい。あくまで感覚的なものですが、私に害をなす事はないかと。あ、『超感覚』のおかげかも知れませんね」
適当な理由をつけて笑っておく。
いやだってなぁ。超越者と思われるあのオッサン直々のプレゼントだし、俺を潰す意味がないどころか、依頼達成が困難になるデメリットしかない。
まぁ確かに『ルイ・ノブル・ダハーカ』としてのギフトが『超感覚』で、『五十嵐類』のギフトが『空間魔法』という可能性はある。
だとしても、依頼までして送り出した俺に、オッサンがーー超越者がそんな凡ミスを見逃すとは思えない。
「……ふ、そうか。ならばいい、安心したよ」
「ご心配ありがとうございます。それよりほら、レオンハルト。随分強そうなギフトをもらえたじゃないか」
「えっ、あぁ、うん!強そうな名前だった!」
「はははっ、実際強いんだろうなぁ。炎熱付与とかいかにもだし。ねぇ父上?」
「あぁ、非常に強力な戦闘向きのスキルだな。珍しくもあり、持つ者は名を残す者も多い。よくやったな」
「は、はいっ!えへへ、やりました父上!」
おー、なんか予想以上の当たりだったぽいね。
父上にやっと褒めてもらえたのが余程嬉しかったのか、レオンハルトはそりゃもうニッコニコだ。会話を誘導した甲斐があるね。
「ちなみに『超感覚』はどういった評価をされがちなんですか?」
つい気になって聞いてみると、父上は少し考えるように口を閉じる。
「……ふむ、補助寄りのギフトだ。五感の強化が主な性質で感覚器官に作用する分、繊細な制御が必要とされるから扱いは難しい分類に入る。本人の資質に左右されがちなギフトだな。非常に優秀な隠密や護衛になる者もいる」
「ふむふむ、分かりました。ありがとうございます」
いわく、肉体の強化と違って雑に魔力を込めて適当に強化すると、むしろ感覚が狂ったり、最悪の場合は機能不全を起こす可能性すらあるとか。
まぁ筋肉と眼球、どちらが繊細に扱うべきかなんて想像するまでもなく分かりきってるし、そういうもんだろう。
あと『炎熱付与』は対象に炎や熱、もしくは両方を付与できるもの。余程精密に操れたら、燃やす事なく自分の肉体にも付与できるらしい。
どっちも文字通りって感じの能力だな。
ちなみに当然といえば当然だが、同じギフトも熟練度で効果に差が出る。
レオンハルトの嬉しそうな顔を見るに、きっとこれからギフトを鍛えまくるんだろう。頑張れ!